触れ合った手
普段、私は母が作ったお弁当を持って通っているけど、両親がいない今日は学校でパンを買って食べると決めていた。
初めてのパンだ。友達たちの話から、おすすめはメロンクリームパン、黒カレーパン、ジャーマンポテトパンなどらしい。
どんなに美味しいのかな? そんな事を考えながら、校舎の一階の片隅にあるパン売り場に向かって行った。
私のイメージではパン売り場はわんさかの人だかりで、人の山を掻き分けて、自分の欲しいパンを手に入れる。そんな感じ。
そんな私の予想を裏切って、パンが入ったケースを置いたテーブルの前には、ほんの数人が立っているだけだ。閑散。そんな言葉がぴったり。
そんな人気がないの?
そんな思いで近づいて行く。
近づいて行くと、その理由が分かった。人があまりいないのは、みんな買って行った後だったのだ。
パンが入っているケースの中には、ほとんどパンは残っていない。
確かに私は教室を出るのが少し遅れた。こんなにパンが早く売れるものとは思ってもいなかった。これでは、せっかく聞いたおすすめのパンも無さそう。
少しペースを速めてパン売り場の前に立った。
残りのパンは両手で余るくらいの数しかない。
重そうな焼きそばコロッケパン、ちょっと地味な白ごまあんぱん。
買おうと思っていたパンは無くなっていた。さて、どうしたものか。
そう思っている間にパンは他の人に取られていく。
仕方ない。私は慌てて重そうだけど、一番近い場所にあった焼きそばコロッケパンに手を出しかけた。
その時、私の視界が少し暗くなった。誰か大きな人、まあ男の人だろう。そんな人が私の横に立ったのを感じた。
パンに伸びて行く私の手。
私の視界の片隅から伸びてきて、私の視界のど真ん中を目指して進む男子の手。
そこからは一瞬、スローモーションのような感じだった。でも、私は手の動きを止める事はできなかった。
二つの手はパンの直前で、触れ合ってしまった。
その瞬間、同極性の磁石が反発しあうかのように、二つの手は進んで来た軌跡を猛スピードで引き返して行った。
家でお兄ちゃんを後ろから飛びついて抱き着いたり、前から「おにいちゃ~ん」と言って、抱き着いたりすることはあるが、他の男子と触れ合う事なんて滅多にないし、ふれあいたくもない。
時々、家でお父さんが「まどかぁ」と言って、両手を広げて私をその腕の中に、飛び込ませようとするが、当然無視である。
それだけに、これはちょっとしたハプニングであって、私を驚かせるには十分な出来事だった。