コンサート前日、智美からの電話
土曜の夜。
ソファに寝転んで、スマホを触っていると智美からの着信があった。
こんな時間に、それも電話なんて珍しい。
何かあったのかと慌てて電話に出た。
「まどかぁ」
高校に入ってからはめっきり話す時間が減った。それでも、智美の声くらい覚えている。
智美の声は全体的には低くない感じの中、少し低く歪んだトーンが混じっているのだ。
ところが、今日の智美の声はかすれ気味で、濁り切っている。
「どうしたの? 風邪?」
体調がよくない事はすぐに分かった。
だからと言って、私に電話をかけて来るとは、どうした事なんだろう?
「私、明日のコンサート行けなくなっちゃった」
「コンサート?」
「軽音部のコンサートよ」
軽音部のコンサート。
中井さんにも、軽音にも興味の無い私は、軽音部のコンサートの事なんか、チケットを売り払った時から、すっかり忘れていた。
そもそも、そんな事を考える余裕なんか、私にはなかった。
将之さんの事で、私の頭の中はずっといっぱいだったのだから。
智美は私が茶道部員だと言う情報をどこかで仕入れて、わざわざチケットを欲しいと言って来た。それくらい楽しみだったはず。
少しくらいの風邪だって、行けばいい。
「何で? あんなに楽しみにしてたじゃん」
「今でも、行きたいわよ。
でも、仕方ないのよ。体調崩しちゃって、未だに熱も下がらないのよ。
他人にうつす可能性があるから、外には出るなとお医者さんからは言われてて、親からも明日は寝ていなさいと言われているの」
「それは大変じゃない。大丈夫なの? 電話してて」
しかし、私に電話してきた理由は何なんだろうか?
もしかして、行きたかったコンサートに行けないと愚痴るための電話なのだろうか?
だとしたら、付き合ってあげるしかない。
「そっかぁ。楽しみにしていたものに、行けなくなるって、辛いよねぇ」
「それよりさ。
私の代わりに行って、中井さんの写真撮って来てくれない?」
この電話はそれが言いたかったのか?
しかし、それは「いいよ」とは簡単には言えない。
何しろ、軽音部のコンサートなんか、全く興味が無いのだから。
そこ場にいる間、言い過ぎかも知れないが、拷問に耐えているようなものだ。
そんな思いが、私の口調を低く沈んだトーンした。
「はあ? なんで、私が?」
「お願い!」
智美はよく両手を合わせ、少し頭を下げながら、そう言っていた。
そんな智美の姿が目に浮かぶ。
でも、ここで折れる訳には行かない。
「いや、私興味無いし。
写真なら他の子も撮ってるはずじゃん。それもらえばいいじゃん」
「それが、そうでもないのよ。
まどかは興味無いから、チケットもろくに見てないでしょうけど、あのチケットは座席指定で、チケットに席番がふられていたのよ。
私が市民会館のHPで調べたら、結構前の席で、しかも右側なの」
「で?」
確かにコンサートの座席の位置は気になる。それは私も理解できる。
前の方がうれしいのも分かるけど、右に何の意味があるのやら。
「中井さんを撮るのにいい場所なのよ。
これは逃せられないのよ。お願い」
「なんで、右側がいいのよ?」
「中井さんはギターなの。
ヴォーカルの山根さんの左が定位置なの。だから、会場の右側は真正面なの。
私の座席は中井さんのほぼ正面だったのよ」
興味もないコンサート。正直行く気はしない。
でも、そうまで言っている友達の願いを断る事もできやしない。
電話の相手である智美には見られていないけど、私は大きく落胆した表情でため息をついた。
「はぁぁ。
分かったわよ。行ってくるわ。
チケットは明日取りに行けばいいかな?」
「うん。お願いするわね。
あ、そうそう。カメラも渡すので、私のカメラで撮ってね」
「分かったわ」
智美の家は位置的には私の家から駅に向かう途中と言っていい場所にある。
駅につながる坂の途中で、横道に入ってしばらくした場所。
私がチケットを持っていないと言うだけでなく、そう言う面からも、私に言って来たのかも知れない。
別に興味もない中井さん。その写真を撮るために行く、別に行きたくもない軽音部のコンサート。
明日の事を考えると、将之さんの事を考えるパワーも吸い取られてしまいそうだった。




