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やさぐれミュージシャン・裏

作者: 九条 隼

『やさぐれミュージシャン』の続きの様な話です。そちらを読んでからでないと話が分からないと思います。

時間的には『やさぐれミュージシャン』の一年程度前です。



天才と言われたことは、今まで腐るほどあった。ガキの頃どころか、前世までだ。だけど、「同じ」天才……いや、俺以上の天才に会ったのは、初めてだった。



――あれは、俺がどうしようもなく音楽に冷めていた中学一年生の時のことになる。




二度目の中学生活はやはり自由で退屈で、俺は放課後何をするでもなく学校に残り教室という教室を歩き回っていた。

じきに休みになる。前までは、時間も気にせず曲を作れる、とか聞ける、とか言っていたが、今はそういう気分じゃない。


……初めてだったのだ、そういうのは。

今までの俺にとって、音楽というのは唯一無二の限り無いものだった。ずっと傍にあるもので、俺は昔からそれを追い求めるのがどうしようもなく楽しくてしょうがなかった。だけど、生まれ変わって。再び天才と言われて。神童だと騒がれて。……限界を見つけてしまって、失望した。

こんなにもくだらないものだっただろうか。こんなにも味気ないものだっただろうか。

コンサートを見に行ったって、演奏をしたって、満たされなかった。


俺はその時、まるで抜け殻のようだった。



そして、俺はその人に会ったのだ。


「よーう、暇そうじゃん。ちょっと俺と遊ばねえ?」

「……」

何処のチンピラだ、と言おうとして、俺は震えた。着崩された制服の左胸にはぼろぼろの名札がついている。色からみて、二年生。つまり俺の一つ上。そして、近藤政彦と書かれたプレートから見て、恐らく――

マサ……いや、マサヒコだ。

ああもう、なんでだ? こないだクレハにあったばかりなのに。なんだこの遭遇率は!


「無言は肯定とみなします。オラ、さっさと行くぞ暇人!」

快活そうな笑顔と、すこし幼さの残る無邪気な姿。俺の腕をつかむ力は加減をしているのであろうけど痛い位強い。

ああ、間違いない。「災厄」の、キャラクターだ。

俺のことなんて気にも留めずに機嫌よく歩くその人は、漫画でみたよりもずっと明るくて大人びている。五年も経てばそう、なのかもしれないけれど、それが俺は何故だか恐ろしかった。

マサヒコというやつは、主人公組と出会って、様々な情報を提供する。仲間になって、いざこざも一緒に乗り越えて、……そして最後に、全部ウソだったんだよと笑って裏切るような恐ろしいやつだ。大人が嫌いで、主人公の様な純粋な奴が嫌いで、仲間しか信じない様な人。

そんなやつが今、俺の腕を引いている。


ああ、死んだな……。

くそ、まだ作り途中の楽曲があったのに。ああ、今度はロック系に挑戦したかったのに。チケット買ったのに来週のライブにいけないや。そういや、大した会話もしてない両親だけど、一度も孝行なんてしてないな……。一度くらいは北海道で蟹食いたかったな。

なんて思いがよぎって、笑った。

くだんねえ願望だ。でも、やっぱり音楽に未練はあったらしい。二度も死ぬのなんて御免だ。あんな痛い目に合うのは嫌だ。また、積み上げてきたものが一瞬でなくなるような思いをするのは。


「放せよ」

「ん?」

どうせ死ぬんだったら、抵抗くらいしてやろう。


「放せってば、まだ死ねないんだって」


そいつは俺の目を覗き込んで、無表情になった。

ここここわいいいいいい! あ、無理……やっぱ死ぬわ俺……。クソッあの澄まし顔したグズの記憶が戻るように嫌がらせしてやろうと思ったのに……!


「ぎゃははははっ! え、なにお前っこ、殺されるとか、思ってたわけ!?」

「……は?」

「あっははは! んなわけないだろっ! 何知ったかしてんだか知らねえけど、ゲームやろうと思ってただけだって! 赤緑ブラザーズだよ!」

腹抱えて笑ってやがる。……ばしばし俺の背中叩いて、爆笑してやがる。

……。

なんだこいつ、むっかつく! 知ったかって、知ったかぶりってことだよな!? ふりじゃねーし、知ってるだけだし!

って、いつまでひいひい笑ってんだよ! 肩痛いわ!

「お前、あれだろ? 天才くん……だとかなんとか。んじゃ、ゲーム得意だよな?」

「……ゲームは、まあやるけど。天才とか何とかは、……作曲のことだし」

深呼吸しながら言ったアバウトな考えに、なけなしの勇気で答えた。

そいつは驚いたような顔で俺を見て、「あ? ……作曲? すんの?」なんて首をかしげた。……なんだそれ、なんか、思ったより、普通な人だ。普通の反応だ。

「んじゃさ、これ、俺らが演奏したんだけど。聞いてくんね? んで、アドバイスして」

「は? ……はあ、いいけど」

ポケットから出されたミュージックプレイヤーを受け取って、イヤホンを耳にはめる。ほんとはヘッドホンのが好きなんだけど……まあいいや。


誰が歌っているのか、まず最初に聞こえる低い声。アップテンポでノリの良い、聞きやすい曲だった。控え目にドラムやギターの音が響いて、中盤くらいでアルトの聞きやすい声が重なる。何を言っているのか、何処の国の言葉なのかは分からないけど切ない響きがあって、……。



ああ、そうだ。


これだ……!


胸が熱くなって、心臓がばくばくと音を立てた。



きっと、俺はこの音楽を探してたんだ。



一曲目が終わる。途中から息が止まっていたらしく、話そうとすると途端にむせた。気を取り直して隣にいた人に捲し立てようと目を向ければ、その人は随分先の廊下で立っていた。



「すげえだろ、うちの演奏!」

にっと笑ったその人は、片手を上げて俺に叫ぶ。





「けど、まだ足りねえんだ。作曲が偏り過ぎてつまんねえ。キーボードも、できる奴がいねえ」


こっちを見ながら、目の前の教室を開ける。

微かに、誰かの歌声がきこえてきた。

ああ、そうだ。確かにそうだ。この人たちの演奏には、まだ、何かが足りない。……完成させてやりたい。完成したこの人たちの音楽を聞きたい。そして、完成させるヤツが、俺ならば……!



「お前、やりたくなったんじゃねえの」

すっと目を細めて中学生には見えない様な笑みを浮かべたその人に、俺はしょうがないから、と答えた。




「しょうがないから、あんたらの音楽、作ってやる!」


嵌められた感はある。

天才というのを知らないまでも、もともとあの人は俺を引き入れるつもりだったというのも何となくわかる。

それでも、俺はきっとそのためにここに生まれなおしたのだ。……きっと。この人たちの音楽は、俺にしかできない……!



災厄? キャラクター?

そんなこと、どうでもいい!

この人たちの演奏の為なら、死んだっていい……!


きっと、この人たちは天才だったんだ。

俺なんかよりもずっと、音楽の天才なんだ。


ああ、こんなのは初めてだ。

音楽の天才の、作曲が出来るんだ。

天才の音楽を、作ることができる……!



「あ、言っとくけどお前年上に敬語使えるようになんなきゃ一字につき一発平手だから」

「えっ……」

ひょっとしたら、演奏する前に死ぬかもしれないけど。




ちなみに、後に紅葉クレハさんの放浪癖によって北海道に行き蟹を食いに行ったのは俺とマサ先輩の秘密である。

……いや、まあどうでもいいかもしれないけどね。




ちなみに、あのグズが記憶を取り戻したのはそれから一年後でした。



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