006:暗号と契約と
アンティークショップからそれほど離れていない下宿先のアパートに送ってもらった七海は、執事キャラになった透に車から降ろしてもらって礼を言った。
「今日は・・・いろいろとありがとうございました。お休みなさい。」
ぺこり、と頭を下げて自分の部屋のある2階への階段を登ろうとしたが、後ろから伸びた透の腕に阻止される。
結果、背中から抱きしめられる形になった七海は、突然様々な事を妄想して一気に顔が熱くなった。
さっきキスされたし、今ここって私の部屋の前だし、このまま部屋に入って・・・とか?
「ないないないないない!!」
妄想を振り払うようにぶんぶんと首をふる七海を面白そうに眺めた後、透は抱きしめた腕を緩めながら腕の中で七海をターンさせて自分の方を向かせる。
「はい、忘れ物。一目ぼれした子を、置いて帰っちゃだめでしょ?」
ぽん、と手の中に渡されたのは、あのテディベア。この子は君のボディガードだから、いつも一緒にいるようにね、と驚く七海の額にこつん、と自分の額を付けた透はもう一度ぎゅっと七海を抱き締めてから身体を放した。
「君が部屋に入るまで、ここで見てるから、安心してて。おやすみ、僕の可愛い七海ちゃん。」
「あ・・・お休み、なさい。」
ぽんぽん、と頭を撫でられて、頬に血が逆流するのを感じつつ、七海は階段を駆け上がった。
僕の・・とか・・・頭撫でるとか・・・ナシでしょ・・・あのイケメンが?何で??
一つ一つの行動を分けて考えると、意味不明な部分が多数ありすぎて理解に苦しむが、一人でいる事に慣れ始めていた七海にとって今日の出来事は衝撃的だった。一人でいる事を平気だと思う一方で、人一倍誰かに甘えたいと言う欲求は強い事も自分で理解している。
そして、今日透が与えてくれた優しさは、七海の心を溶かすには十分だった。
「カノン・・・ごめんね、置いてきぼりにしちゃって。」
可愛く笑うテディベアの額に軽くキスをする。
見た目よりも重みのあるテディベア。何人に愛されて大切にされてきたのだろうかと思うと自然と微笑みがこぼれた。
「・・・あれ・・?」
テディベア独特の縫い合わせ部分に、微かに見える異素材の糸に気付いた七海は糸くずがついているのかと引っ張ると、以外にもそれはするすると解け、中に小さな紙切れが入っていた。かなり古びた紙だ。何代か前の持ち主が隠したものなのか、それとも、恋人にこのテディベアを贈る時に入れたラブレターなのか、と七海は様々な事を思い巡らせつつ、破らないようにそっと折りたたまれた紙を開く。
「・・・暗号・・?」
見慣れぬ文字と数字の羅列。規則的に並んでいるようにも見え、不規則なようにも見える。時間が経つのも忘れて、七海はその暗号らしきメモを見つめていた。
翌日、いつも通りに大学へ行って講義を受けた七海は昨日解けなかった暗号を気にしつつ、透と約束した時間が迫っていることに気付いてため息をついた。
昨日起きた事は、いろんな意味で刺激的だった。もしかすると、昨日起きた事自体が全て夢なのではないかとさえ思える出来事だった。
それでも、と七海はテキストとノートを鞄に入れて席を立つ。
きっと、楽しい夢になるだろう。夢なら夢で、思いっきり楽しめばいい。
「あれ・・・こんなに遠かったっけ・・・」
『方向音痴は距離感と時間感覚が掴めない』の法則に従って、七海は大学から透のいる新しいアンティークショップまでにかかる時間計算を間違った結果、2時の約束にすでに30分遅れていた。
「連絡・・・って連絡先聞かなかったし・・・」
後どのくらいかかるのだろう、と昨日たどった道を思い出してみるが、もともと距離を時間換算する事が苦手な七海にとっては無駄な努力に終わる。
「一回しか行った事のない場所に、時間通りに付ける能力が欲しいなー。」
と言う呟きに変換された。
「遅い!・・・約束したのに・・・」
七海ちゃんに嫌われちゃったかな、とうるうるした瞳で拓馬に訴える透だったが、気持ち悪いとあしらわれ、落ち着かない様子で店の奥の椅子に座る。
「カイトさんが無理やりめちゃくちゃな契約させたから怖がって逃げたんじゃねーの?」
「・・・透さん、何やらかしたんスか?」
トレーニングを終えたイズキが汗を拭きながら会話に入ってきた。自分たち以外に誰もいない事をいいことに、シャツを脱いでその美しく鍛えられた上半身を晒している。
「契約しただけ・・・。」
イズキにもしたでしょ?と甘えるような視線をなげる透に冷めた視線をなげたイズキは、頭からバスタオルを被って手近にあった椅子に座った。
「押さえつけて額にキスしたってことですか?」
初対面でそんな事したらそりゃあ嫌われるでしょうね、と冷静に言葉をつづけた。
「イズキ、そんなもんじゃねーよ。マジでいきなりキスしてたからな。」
拓馬の言葉にイズキの眉がぴくりと動く。
「だ・・だって、あんまり可愛いから・・・つい・・・」
「それは、透さんが悪いっスね。」
契約したって、嫌われたんじゃ意味がない、とイズキが言いかけた時、扉に付けた鈴が可愛い音を立てて重厚な造りの扉から七海が顔を出した。
「七海ちゃんっ!!待ってたんだよ!来てくれてよかった!」
扉を開けた瞬間、店の奥に居たはずの透がまだ身体の半分が店の外にいる七海を力いっぱい抱きしめ、一瞬のうちに店内に引き入れられていた。
「て・・・てんちょ・・・!」
「カ・イ・ト。カイトって呼んでくれなきゃ放さない。」
ぎゅうぎゅうと七海の身体を抱き締める透を一瞬あぜんとして見ていた拓馬とイズキだったが、我に返って顔を見合わせた。
「・・・透さん、マジで、嫌われますよ?」
「は・・・なして・・・カ・・イト・・さ・・・」
あまりの力の強さに呼吸が止まりそうになった七海が訴えると、透は顔を輝かせた。
「はいっ!カイト放します!」
息苦しさから解放された七海は深呼吸をし、全開の笑顔のイケメンを見て昨日からの出来事が夢なのか現実なのか、また分からなくなった、と心の中で呟いた。
まだまだ全貌が見えてきていませんが・・・。
店長かわいい、と思いつつ。
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