001:アンティークショップへ
最近、大学の近くに新しいアンティークショップがオープンした。
気がついたら、ある日そこにあった、と言う表現の方が正しい気もする。
店の名前もよく読めない装飾文字で綴られた小さなつり下げ看板が一つあるだけで、オープンしているのかどうかもよくわからない。木製の大きな扉はいつも閉まっていて、その扉を開けて中に入るのは少し勇気がいりそうだ。
アンティークショップが新しい、ってなんだか不思議。アンティークはアンティークでしょ、とそう言う事を口にすると天然だの不思議ちゃんだのと不名誉なあだ名を付けられる事に最近気付いた七海はその言葉を飲み込む。
藤咲 七海はこの春大学2年に進学したばかり。中学に上がる前に両親が事故で亡くなり、祖父母の家で育てられた七海は奨学金をもらって大学に進学した。
大学進学を期に、これ以上祖父母に迷惑をかけまいと一人暮らしを始めた事もあり、アルバイトのない日は好きな事をして気ままに暮らしている。
もともと人見知りをするタイプではなく、大学の友人もたくさんできた。
両親が亡くなった時は自分の事を不幸だと思っていた時期もあったが、今は自分の力で前に進む事が出来るようになり、一人でいる事にも慣れてきた。時々心配して電話をくれる優しい祖父母がいてくれて、それで十分だと思っていた。
アンティークが大好きな七海は、アルバイトに行く前にオープンしたばかりの『新しいアンティーク』ショップに行って見ようと心に決めて、お店に足を向けた。
「わぁ・・・かわいい・・・」
アンティークショップだけに、アンティーク風に作られた店内。ショーケースの中に座っているテディベアに七海は釘付けになった。
少し背中の縫合がほつれているが、表情といい、毛並みといい、文句のつけどころのない可愛さ。
「・・・やっぱ・・・高いよね。」
アンティークでなくてもテディベアは値段が高い。その値札にため息をつく。
「君、この子が気に入ったの?」
背後から声をかけられた七海は驚きつつ振り向く。
「ずいぶん熱心に見つめていたから、よっぽど気に入ったのかと思って。」
にっこりと微笑むイケメンにイケメンの笑顔の破壊力ってすごいな、と思いながら七海は思わず顔を赤くする。
「は、はいっ!」
・・・私、声、裏返ってるし。
「可愛い子だろ?よかったら、連れて帰ってあげて。」
ショーケースの鍵をあけて、テディベアを出して手渡してくれる。
この人が、店長さんなの・・・?
「あの、でも私、こんなお金、持ってないから・・・」
見た目の印象よりも少し重くて、柔らかな毛並みが手のひらに心地いい。
「知ってるよ。学生さんだろ?そうだな・・・君この店でアルバイトしない?出世払いでどうかな。」
「え・・?」
「只今絶賛アルバイト募集中。先着一名様で条件はアンティークが好きな事。」
そう言ってウインクされる。
・・・いいいいいイケメンのウインクとか・・ヤバいっ!
「い・・・いいん・・ですか?!」
「もちろん。僕としても、ぜひお願いしたい。・・・交渉成立、ってことでいい?」
そう言って、イケメン店長は右手を差し出した。
「え・・・?」
「握手。よろしくね。」
いたずらっぽく笑う、その笑顔がまた眩しくて、思わず手を差し出していた。
「はい、交渉成立。いつから働ける?僕は今からでも構わないけど。」
バイトって、こんな簡単に始まるものだったっけ、と七海は心の中で思う。自給とか、シフトとか、履歴書とか何かもっといろいろあった気がするけど。
「あ、あの、今から今行ってるバイトが・・・」
やっとの思いでそう言うと、店長はあぁ、そりゃそうだろうね、と微笑んだ。
「じゃあ、今のアルバイトを辞めて、この店で働けるようになるまでこの子は人質に預からせてもらうね。・・・大丈夫、他の人に売ったりしないから安心してて。じゃあ、アルバイトいってらっしゃい。」
「・・・いってきます・・・・?」
イケメン店長に、戸口まで送りだされる。
数歩歩いて振り向くと、店長はまだ店先でテディベアを胸に抱いて手を振っている。
・・・何かがおかしい。何かが・・・。
反射的に手を振り返すと、イケメン店長の笑顔がはじける。
イケメンって罪だ、と七海は心の中で思う。テディベアを抱いている事も、店先でいってらっしゃいと手を振っている事も、突っ込みどころは満載なのにあの笑顔が全て打ち消してしまう。
別に今しているバイトが楽しいわけではない。飲食店のウエイトレス。まかないを食べさせてもらえる事だけが唯一今のバイトを続けている理由だ。アンティークが大好きな七海にとって、アンティークショップで働けると言うのは夢のようだった。
「とりあえず、辞めるって言おう。」
七海はそう心に決めていた。
新しい連載を始めました。
こちらの話もぜひよろしくお願い致します。
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