第6回:巨人
菊永剛と桜野勇はマンションの1室にもどっていた。2人はリビングにある椅子に座っていた。
「兄貴、何で逃げたんだ。こわかったのか」と桜野は強い口調で言った。
「ああ、こわかった。あのままあそこにいたら、死んでいたかもしれない」と菊永は静かに言った。
「兄貴」と桜野は菊永の心情を思いやるような口調で言った。
そこへ、菊永の左腕の腕輪から日巫女の声がした。
「菊永さん、桜野さん、黒い雨はまだ降り続いています。モンゴルでは家畜に甚大な被害が出ています。オオガラスを止められるのはあなた方だけです」
「兄貴、俺は行くよ」
「待て、今行ってもあいつに勝てる見込みはない」
「でもこうしている間に被害は広がっていくんだよ」
「とにかく確実に勝てる方法が見つかるまで待つんだ」
「じゃあ、いつになったらその方法が見つかるの」
「それは…」と言って、菊永は口ごもった。桜野は椅子から立ち上がって、「だったら、兄貴はここにいればいい。俺はひとりで行く」と強い口調で言うと、部屋から出て行ってしまった。
「菊永さん、なぜあなた方2人が神聖戦士に選ばれたのか、考えてみてください。ひとりでなく、なぜふたりなのか。桜野さんは様々な攻撃のできるアラに選ばれ、あなたはサキタマとクシタマという2つの玉を使うことのできるニキに選ばれた、その意味について考えてみてください」と日巫女は静かに言った。菊永はだまってしばらく考えた。そして、明るい表情になって言った、「ありがとう。俺はわかった。これで戦える」
こう言うと、菊永は椅子から立ち上がり、「変身」と言って、神聖戦士ニキに変身した。神聖戦士ニキはベランダから空高く舞い上がり、はるか北西を目指して飛んで行く。
黒い雨を降らす黒い雲はモンゴルと中国の国境を越え、万里の長城の近くまで来ていた。神聖戦士アラは万里の長城の上に立って、「ここは越えさせないぞ」と叫んだ。すると、身長がおよそ40メートルのオオガラスが彼の前に現れた。
「そんな小さな体で何ができる」
「できることをやるだけさ」とアラは言って、カラスの顔の高さまで飛び上がり、両手から炎を出してカラスに近づいて行った。カラスは左手でアラを払い、万里の長城にアラをたたきつけた。アラは長城の上に倒れ、すぐには立ち上がれない。
「カーカッカッカッカ、ほら何もできまい」
「くそー」とアラはあおむけの状態で言った。そこへニキが飛んできてアラのそばに降りた。ニキはアラのほうに右手を伸ばして、「遅れてすまん」と言った。アラはニキの右手を取って起き上がると、うれしそうな様子で、「必ず来ると思ってたよ」と言った。ニキはアラを抱き寄せる。
「サキタマ、クシタマ」とニキが言うと、緑色の玉と黄色の玉が空中に現れて1つになり黄緑色の玉になった。この玉に、ニキの体からは青い光が、アラの体からは赤い光が差した。そして、玉の色が紫に変わり、この玉から紫の光が地上に降り注いだ。すると、身長がおよそ40メートルの紫色の巨人が現れた。その姿はニキとアラに似ていた。ニキとアラは紫の光に包まれてどこか薄暗い場所へ転送された。
「ここはどこだ」とニキが言うと、ニキの腕輪から日巫女の声がして、「そこはあなた方がさきほど見た巨人の中です。この巨人は神聖巨人テントウといいます。あなた方の想いに応じて動きます」と答えた。
「わかった。これであいつと互角に戦える」とニキは自信に満ちた様子で言った。テントウを見て、オオガラスは「かかってこい」と余裕のある態度で言い、腰に下げていた剣を抜いて構えた。テントウも腰に下げていた剣を抜くとカラスに斬りかかった。両者は数回刃を交えた。テントウの中にいるニキとアラが声をそろえて「カシマギリ」と言うと、テントウの剣が金色の光に包まれ、カラスの剣をたたき斬った。そして、金色の光がカラスの体全体を包むと、カラスの体が小さくなっていって、身長が2メートルくらいになった。ニキとアラはテントウの外に出た。すると、テントウの姿が消えた。
ニキとオオガラスが向き合う。
「もうお前とは戦いたくない。黒い雨を降らすのをやめてくれ、頼む」と言って、ニキが頭を下げる。
「兄貴」とアラがつぶやく。
「な、何なんだ、君は。わかったよ。黒い雨はもう降らせない」とオオガラスが言う。
「ありがとう」とニキが言う。
ニキとアラはその場から飛び去った。そして、黒い雨は降りやんだ。