01
ひたすら階段を上っていく。
別になにかあるわけでもない、また、用があるわけでもない。
他の人なら車を利用するところをできないから階段を上っているだけだ。
「「あ」」
意外だったのは私と同じような物好きがいたことだった。
「いいか?」
「うん」
ただ遠くまで見られればそれでよかった。
これぐらいの高さがあれば同じように高い建物があったとしてもある程度は見渡すことができる。
「死にたいの?」
「は? いや、全くそんなことはないが」
地上を歩いているとたまに息苦しい感じがするからこういう風にしているだけだというのに。
「死にたいのか?」
「ううん」
なんだそれは……。
「昔、ここから飛び降りた人がいたんだよ」
「そうだったのか?」
初耳だがもったいないな、これだけ奇麗に見えるのにその人にとってはそうではなかったらしい。
「あと、ここまで来るのは私ぐらいだと思っていたから」
「そうか。まあ、言ってしまえばただの暇つぶしだ」
「よかった、だってあなたみたいに若い子が死んじゃったらもったいないから」
「ま、死ぬつもりはまだまだないな」
しばらくの間は遠いところに意識を向けていた。
ここにいればなにかが回復するとかなにかを得られるとかもないが落ち着く。
「まだ残るの?」
「いや、そろそろ帰るよ」
「そっか、じゃあまたね」
でも、彼女が何回も来るということなら考えなければならない、遠いところを見るときは一人でなければならないのだ。
ただ、違う学校の制服を着ていたから学校で遭遇してしまう、なんてことにならないのはいい。
「女子高生の飛び降り自殺が、なんてニュースにならなければいいがな」
翌日までは分からないことだから少し落ち着かなかった。
つまりこの時点で場所選びに失敗していて、逆に悪いものを翌日まで持ち込んでしまったことになる。
「けいと、遅れてしまうよ?」
「ああ、いってくる、父さんも気を付けてくれ」
「うん、あと今日は夜ご飯を作らないでいいからね、たまには食べにいこう」
「了解だ」
穴見けいと、それが私の名前だ。
現在は父と二人暮らし、母が出ていく前から買っていた割と大きい家に住み続けている。
部屋数だけはやたらとあるが荷物があまりないため、空き部屋が二部屋もあった。
「いとー」
聞きなれた声が聞こえてきて振り返ると古山琴美が走ってきているところが見えた。
「お疲れ様だ」
「まあもう冬だから運動不足にならないように走らないとね」
「冬にも喜々として走るのは琴美ぐらいだろう」
昨日のようなことはこれまで何回もしているがやはり友達と話すのは嫌いではない。
賑やかな場所が苦手でも、静かな場所が苦手でもないことは分かっている。
「いやいや、陸上部の子達なんかやばいからね? 私なんかまだ可愛い方だから」
「そうか」
「それよりいとはもっと笑いなさいよ」
「琴美が来るまでは一人でいたのだ、笑っていたら怖いだろう?」
面白くないと感じているわけでもないのだ。
とはいえ、他人と比べてフラットすぎるのは確かなことだった。
「誰か好きな人でもできれば変わっていくのかしらね」
「どうだろうな」
「否定はしないわよね、そういうところは可愛いわ」
「変なことを言っていないで早くいこう、外は寒い」
「そうね」
学校に着いて教室にいくともうそれなりの人間が登校してきていた。
その中の一人に琴美は近づく、その相手も琴美に気づくなり笑みを浮かべている。
「ははは、けいとが朝から見つめてくるものだからどきどきしちゃったよ」
「冗談はよせ、そもそも琴美大好き人間のくせによく言う」
中村暁音、彼女はとにかく琴美大好き人間だ。
家も隣同士で夜遅くに集まることも当たり前、寧ろ一緒にいないと心配になるほどの仲だった。
当然、こうなってくると関われているのは琴美のおかげだ。
「もー私が琴のことを好きなのは本当のことだけどノリが悪いなー」
「暁音、じっとしていろ」
「んー? あ、取ってくれたんだ」
「ああ、だが何故葉っぱがついているのだ?」
冬はそこそこ風も強いから乾燥しているこの葉っぱなら飛んでいきそうなものだが。
「私は家から真っすぐに歩いてきただけだけどなー」
「それより隣同士なのに何故一緒に登校しなかった?」
他の人より合わせやすい、片方が寝坊しても起こしにいくこともできる距離だ。
そういうのを繰り返して仲を深め、気が付けばいい感じになっている、なんてことになりそうなのに、琴美大好き人間なら利用して上手くやりそうなのに意外だ。
「やだなー大好きだけど毎日必ず一緒に登校する約束はしていないさ」
「そうよ、そもそも暁音は登校時間が早すぎて合わないのよ」
「大好きなら合わせればいいだろう」
「「それはそれ、これはこれだから」」
まあいいか、その気があれば私に言われなくてもやるだろうし。
それよりもだ、父が急に外で食べようなどと言ってきたことの方が気になる。
別にやたらとけちとかそういうこともないが普段なら「けいとが作ってくれたご飯で十分だよ」と重ねて躱すところなのに変だ。
「いとはいつも難しそうな顔ね」
「重いぞ」
「なにか困っていることがあるなら言ってよ」
「困っているわけではない、だが父が変なのだ」
「賢吾さんが変?」
「ああ」
これはそろそろ動くのかもしれないな。
私としてはそれで父が楽しくなるのなら歓迎できる、急に慣れない人が家族に加わっても上手くやれるはずだ。
「え、なんだそんなこと? たまには親だって外で食べたくなったというだけの話じゃない」
「まあ、それならそれでいいのだ」
なにもないならただただ楽だからそれでいい。
「んーだけど二人きりにすると無表情な娘さんと困った顔の賢吾さんが簡単に想像できるから私もいこうかな」
「琴美なら大歓迎だぞ、その場合は私が払ってやる」
「や、そんなことはしてもらえないって。いとは賢吾さんに言っておいて」
「了解だ」
流石に暁音も加わるとお小遣い的に厳しいので出したりはしなかった。
琴美もまた暁音のことを出してくることはなかったから朝はそういうことで終わった。
「琴美ちゃんがいてくれて助かるよ。けいとってほら、一人でいることが多いからさ」
家以外での私をほとんど見たことがないのにさも知っているかのように言う。
それでむかつくとかそういうことはないが自分のことを気にした方がいいとぶつけたいところだった。
私は私なりに生きているから問題はないのだ。
「少なくとも学校にいる間は一人にはさせません」
「ありがとう」
実際、これは本当のことだ。
暁音は彼女のことが大好きだが彼女はよくこちらのことを気にしてくれていて何回も来てくれる。
昼休みぐらいはと離れようとしても察知されて離れられないぐらいだった。
「いえ、それよりいいんですか?」
「ん? ああっ、大丈夫だよ、それにけいとも琴美ちゃんがいてくれた方がいいだろうからね」
父がメニューを見ている間に私にだけ聞こえる声量で「奢ってもらうつもりはなかったけどラッキーだわ」と。
「父さん、私は琴美と約束をしていたから琴美の分は私が払うぞ」
「ちょ」
「え、そんなのいいよ、琴美ちゃんも食べたい物を遠慮せずに選んでね」
「ありがとうございます。なのにあんたはもう……」
約束なのだから当然だろう。
ま、いまはさっさと頼んで食べて、退店する方がいいか。
今日は平日だというのにやたらと混んでいるから仕方がない、私は他の人のことも考えて行動できる人間のつもりだ。
「はい」
「けいと」
「駄目だ」
「わ、分かったよ」
父なんてじっと見つめておけば大体はこうなる。
「「あ」」
「「友達?」」
「いや、あそこでたまたま会っただけだ」
よかった、ちゃんと生きてくれていたようだ。
「えっと、彼氏……?」
「違う、私の父親だ、この子は友達だな」
老けている方ではないが若いとも言い切れない父なのでこれは面白かった。
ちらりと確認をしてみると二人はなんとも言えない表情で固まっていたが。
「そっか、ちゃんとそういう存在がいるんだね」
「ああ」
「あのときは急に死にたいの? なんて聞いてごめん」
「「え」」
急にこんな発言が飛び出してきたら驚くのも無理はない、当日の私もそうだった。
それにしてもなんと言えばいいのか……えっと、少し違うところを見ていたら急に消えてしまいそうな感じの少女だ。
私にとっての琴美や暁音のようにそういう存在がいてくれれば少しは安心できるのだが、どうだろうか。
「そっちも大丈夫だろう?」
「うん、ちゃんとお友達はいるからね」
「ならよかった、では――」
「連絡先を交換しようよ」
「別に構わないが」
だというのに結構大胆な人間だった。
交換を終えるとスマホを胸に抱きつつ「ありがとう」と言って笑っている。
「メッセージを送るから、たまにでいいから返してね」
「ああ、帰るときは気をつけろ」
「ありがとう、またね」
固まっていた二人に頭を下げてからたたたと走っていった。
「ちょっと、死にたいとかそんなことはないわよね?」
「当たり前だろう? あれはあの少女が勝手に言ってきただけだ」
「ならいいけど……本当に困ったらちゃんと言って」
面倒見がいいから損をすることも多くある、彼女に自分を優先しろと言ったところで聞きはしない。
でも、そういうところが好きだった。
というか、そうでもなければここまで関係が続いていないから変わってしまうと、な。
「私は琴美に隠したことはないが、父さんに隠していることならあるがな」
「え、けいとそれは――」
「さあ帰ろう、せっかく温まった体が冷えてしまう」
古山家の大事な一人娘をちゃんと帰してやらなければならないからな。
物凄く仲がいいというわけではないが関わりがあるから悲しそうな顔を見たくないのだ。
「送ってくれてありがと」
「ああ、それではな」
「ねえいと、私にもあの子の連絡先を教えて」
「許可を貰えたらな」
勝手にほいほいと教えることはできない。
だからあの少女次第だった。
「聞こえてる?」
「ああ、ちゃんと聞こえている」
「ごめん、打つのが遅いからこっちの方がよかったんだよ」
「気にしなくていい、私としても小さい画面を凝視しなくて済んでありがたいぐらいだ」
連絡先を交換できても名字や名前はまだ知らないままだ。
教えるつもりもないようで少女、彼女は話したいことを話しているだけだった。
「さっきの子、いいな」
「興味があるのか? あの子も興味があるのか連絡先を教えてほしいと言っていたぞ」
「そういうのじゃなくて、けいとと凄く仲良しだから」
「まあ、昔から一緒にいるからな」
はは、振られてしまっているぞ琴美。
「でも、あの子の近くには大きな存在がいるよね」
「ああ、いるな」
「争いになりそう」
「ならないぞ」
少なくとも私が出しゃばらなければそうはならない。
いまは止まっていても私がそれを守り続けていたら変わるときがくる。
「私は三角関係になると思うよ」
「待て、私達のことは知らないだろう?」
「でも、見えたから」
少し不味い人間と連絡先を交換してしまったのだろうか……。
「それより名字だけでも教えてくれないか?」
「カタカナでイトでいいよ」
「それって妄想でもなんでもなく私の名前から取っているよな……」
「うん、それに私の存在はけいとにとって大事じゃないから」
出会ったばかりだからそれは仕方がないだろう、あとなんて寂しいことを言うのか。
こうしてやり取りを重ねたり、一緒に過ごし続ければ彼女も変わっていくのだろうか。
「イトがそんなに寂しい発言をしないようになるまでは付き合う」
「私のことはいいのに」
「駄目だ、自信を持てるようにならないとな」
絶対にやらなければならないリストに追加された。
私は自分が言ったことはなるべく守ってきた、だから責めるなら自分を責めてほしい。
「明日、また放課後に会おう」
「それならあの子も連れてきて」
「ああ、もう一人の友達に誘われていなかったら連れていこう」
「あとけいとはちゃんと最後までいて」
「守る、誘っておきながら途中で帰ったりはしない」
お風呂に入りたいとのことで通話は終了となった。
なんとなくリビングにいってみると父がお酒を飲みながらぼうっとしていたから隣に座る。
「珍しいな」
「うん、ちょっとね」
「父さんは再婚をしたいと思わないのか?」
「そうだね、けいとには迷惑をかけてしまっているけどそういう人はいないかな」
「私は気にならないから動きたくなったら動いてくれ」
と言っても無駄だろうな。
だってこれは三ヵ月に一度はぶつけていることだ、だというのに次が出ているのはそういうことだ。
「またいなくなられたら嫌なんだよ、なによりけいとに苦労をかけることになるからね」
「私のことを考えすぎるのも問題だぞ」
「親だから当たり前だよ」
「だったらその困ったような顔はやめた方がいい」
「ははは、けいとは表情コントロールが上手だね」
私のこれはそういう風にしかできないだけだ。
私ももっと琴美や暁音みたいにどんどんと出せるようになりたい。
あ、そういう点ではイトは似ているのかもしれない。
「もう寝る」
「けいと、いつもありがとう」
「父さんもな、おやすみ」
いや、やっぱり外での他人のことよりも身内のことをなんとかしなければならない。
あとは本人にその気がないのであればエゴにしかならないからイトとは当分の間、ただ友達として会いたいと思う。
ただ? これがきっかけになって面白い方向へ変わっていきそうだからわくわくしている自分もいるのだ。
「寝る――電話か」
暁音から? これはまた珍しい。
「もしも――」
「いまからいくねー」
「あ、おい……」
ま、まあ、暁音はいつもこんな感じだから気にしなくていいか。
それでも気になるのでこちらからも動くことにする、すると一分も経過しない内に暁音が見えた。
「待っていればよかったのに」
「そういうわけにもいかないだろう。それで?」
「家出した、だからけいとが私を泊めて」
流石にこれはなあ。
とはいえ、いまから古山家までいくつもりにはなれなかったから連れていくしかなかった。




