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第26話 連れ去られたらどうなるか

 神代駐在は、山門へと続く急な石段を前にして、グランアーマードを停めた。

 車内を支配していたのは、エンジンのアイドリング音さえ聞こえないほどの、耳が痛くなるような沈黙である。

 神代はエンジンを切ると、バックミラー越しに五百旗頭いおきべと一瞬だけ目を合わせた。

 その瞳には、不敵とも、あるいはすべてを諦めたような虚無的とも取れる、危うい笑みが浮かんでいた。


「五百旗頭さん、ご明答です。……私も、ずっとそう思っているんですよ」


 神代が重厚なドアを開けると、外の湿った熱気が一気に車内に流れ込んできた。

 彼は車を降りると、石段の脇に無造作に転がっている、肌が陶器のようにひび割れた死体を見下ろした。

「即身仏になり損なった成れの果てが、そこかしこに転がっている。見てください。死体は老若男女バラバラだ。鳳党の生き残りなどではない。鳳党に呪われて異界に連れ去られた者、あるいは不幸にもここに迷い込んだ通りすがりの者たちだ。奴らに一度捕まれば、抗う術もなく、こうして『不完全な即身仏』に変えられてしまう。私はそう考えています」


「……強制的な、即身仏化か」

 誠一が、ユイを背負い直しながら苦々しく呟いた。

 医師としての知識が、死体の不自然な状態を瞬時に分析する。極限まで脱水された表面の乾燥と、内側のドロドロとした液状化。それは通常ではありえない、矛盾した腐敗のメカニズムであった。

 生きたまま肉体を封じ込められ、魂だけが腐り落ちたようなその悍ましさに、誠一は胃の奥からせり上がる不快感を感じた。


「ええ。では、なぜ奴がそんなことをするのか、わかりますか?」

 神代は一歩、また一歩と石段を登り始め、後続の父親たちの目を順に見据えた。

「奴は、そうしたいのですよ。自分が生きたまま井戸に放り込まれ、強制的に即身仏にされ、暗い泥水の中で朽ち果てた。だから、自分と同じ苦しみを、愛する妻子にも、そして他人の家族にも味わせたい。自分の傍に来て欲しいと、心の底から渇望している。……凶行の主は間違いなく、鳳党党首、その人です」


 神代の言葉が、鋭い刃となって父親たちの胸を刺した。

 背負われたみなみん、ユイ、ルリルリの三人は、死体から漂う鼻を突くような腐乱臭に、もはや悲鳴を上げることすらできない。父親の首筋に顔を埋め、ただ硬直していた。


「あなた方は、結果として家族の墓を荒らした」

 神代は、重い足取りで続く健三、義明、誠一を指し示した。

「そして私にあるのは先祖からの因縁。ここには加害者であるあいつらと、その琴線に触れてしまった我々しかいない。この『歪んだ家族の愛』を、力任せにでも解き放たない限り、この地獄を終わらせることはできないのです」


 石段の影から、また一つ、首が不自然に折れ曲がった乾燥死体が一行を見上げている。

 その虚ろな眼窩が、自分たちの身代わりを探しているように見え、義明はみなみんを抱える腕に一層の力を込めた。


「……解く方法は、一つしかない」

 最後尾から、健三が神代の隣に並んだ。

 その顔は憔悴しきっていたが、瞳には娘を助けるという不屈の光が宿っていた。

「党首の執着を、この世界から物理的に、そして霊的に切り離すことだ。娘たちの命を、あいつの寂しさを埋める道具にさせてたまるか」


 一行が山門の敷居をまたいだ瞬間、八月の朝の陽光が急激に色褪せた。境内の奥から「娘を返せ、妻を返せ」という地鳴りのような慟哭が、冷たい風となって吹き抜けた。

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