第25話 異形
神代駐在の運転するセンパー・モータース製の「グランアーマード」が、円念寺へ続く緩やかな坂道に差し掛かった時だった。
車窓から見える穏やかな島の風景の中に、それは唐突に姿を現した。
道の脇、錆びついたガードレールの下、あるいは民家の生垣の隙間に、それは「転がって」いた。
「……ッ、おい神代、なんだあれは!?」
義明が警察官としての本能で身を乗り出した。
後部座席でみなみんを抱いたまま、窓に顔を寄せる。
誠一もまた、その職業柄、窓の外の異形に目を釘付けにされた。
「……死体か? だが、あの質感は……」
「はは、気がつきませんでした?」
ハンドルを握る神代が、バックミラー越しに乾いた笑い声を上げた。
「この島だけ、出るんですよ。死体がね。……ああ、安心してください。多分、今これが見えているのは、ここにいる我々だけですから。島の住人には、ただの流木かゴミにしか見えていない」
その「死体」は、あまりにも異様だった。
一度、皮膚が原型を留めないほどブヨブヨに水にふやけ、その後、急激にカチカチに乾燥させたような質感をしていた。
土色に変色した肌は、まるでひび割れた古い陶器のようで、日の光を浴びて鈍く光っている。
「よく見えますか? 守屋さんに小野寺さん……警察とお医者さんなら、耐性があるでしょう」
神代は平然とした様子で、まるで観光ガイドのように淡々と続けた。
「こいつら、実体があるんですよ。触れるんです。でもね、触ると驚くほど脆い。ポカリと手足が簡単に折れる。……でも、厄介なのはその中身ですよ。肉が完全に液状化していてね、その中をウジがウヨウヨ泳いでいる。おかしいでしょう? 表面は乾いているのに、内側は腐った黒い水で満ちているなんて」
「神代さん、もうやめて……!」
母、美奈代が、ユイの耳を塞ぎながら悲鳴を上げた。
「ああ、失礼。お母様には刺激が強すぎましたか」
神代は短く謝ったが、その瞳には一切の揺らぎがなかった。
「ですがね、気持ち悪いと避けるのではなく、直視して知っておいて欲しいんです。これら一つ一つの不気味さが、奴らの正体……この呪いの中心へと至る鍵になるのだから」
五百旗頭が、車窓を流れる異形をじっと見つめながら、重い口を開いた。
「……水、そして乾燥。即身仏になろうとして失敗し、泥水に沈んだ者の成れの果てか。あるいは、首を奪われ、家族と切り離された怒りが、肉体を内側から溶かしているのか」
車外に点在するその「死体」たちは、車が通り過ぎるたびに、ギチ、ギチ……と錆びた蝶番を回すような音を立てて折れた首を曲げ、みなみん、ユイ、ルリルリの方を向こうとしているように見えた。
「……あれは、私たちの未来の姿なの?」
ルリルリが震える声で、健三の胸に顔を埋めた。
「私たちも、あんな風に中からドロドロに溶けて、最後には……」
「させないと言っただろう! 誰がそんなことをさせるか!」
健三が、ルリルリの肩を砕かんばかりに抱き寄せた。
弁護士として凄惨な事件記録を幾度となく見てきた彼でさえ、神代が語る「実体化した悪夢」には、吐き気を催すほどの嫌悪と恐怖を感じていた。
車は、死体たちが道標のように並ぶ不気味な坂道を抜け、ついに円念寺の古びた山門へと到着した。
「……着きましたよ。ここからは徒歩です」 神代がグランアーマードのエンジンを切り、重厚なドアを開けた。
そこには、今にも崩れそうな石碑と、重く湿った沈黙を守り続ける広大な墓所が、呪いの臍を晒したまま、一行を飲み込もうと待ち構えていた。




