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第18話 目的地

 マイクロバスは初秋の陽光を浴びて、高速道路をひた走っていた。  

 車内には、昨夜の狂乱が嘘のような静寂が流れている。

 後部座席では、健三と誠一がそれぞれの娘にぴったりと寄り添い、その体温を確かめるように肩を抱いていた。


 ただ一人、義明だけは運転席に釘付けとなっていた。

「心配するな。陽光があるうちは、奴らも直接は出てこれない」  

 助手席に深く腰掛けた五百旗頭いおきべが、バックミラー越しに後部座席の二人を見据えた。

「昨夜、お父さん方は文字通り命を削って娘さんを守った。夜になれば再びあの異常なまでの腕力が必要になる。健三さん、誠一さん。今のうちに、無理にでも身体を休めておいてくれ」


 二人の父親は、その言葉に従い、深く息を吐いて座席に身を預けた。

 だが、ハンドルを握る義明の手だけは、一度も休めることはできなかった。

 バックミラー越しに、後部座席で妻と共に震えるみなみの姿を見るたび、彼の心臓は早鐘を打つ。

 娘の隣に座ってやれないもどかしさが、彼をさらに研ぎ澄まさせていた。


移動中、彼女たちを最も追い詰めたのは、あまりにも残酷で現実的な生理現象――トイレだった。 「……やだ、いやだよう……。お父さん、助けて……」  車内後方に設置された簡易カーテンの奥で、みなみんが絶望に満ちた声を漏らした。携帯用トイレを使うわずかな時間、視界を遮られることさえ今の彼女たちには死の恐怖に等しい。


『……水を……泥を……くちお…し……』


 バスの床下を何かが執拗に掻き毟るような振動が、足の裏から伝わってくる気がする。みなみんは、足元からあの泥の手が伸びてくる幻想を振り払うことができなかった。

 逃げ場のない怨霊の気配に、彼女たちは悲鳴を上げる気力すら失い、ただ声にならない嗚咽を漏らしていた。


 午前九時。  

 マイクロバスは、あの忌まわしきキャンプ場の入り口に佇む、鳳党の祠へと到着した。

 車を降りると、そこには意外な光景が広がっていた。

 九月の抜けるような青空の下、祠の前では一人の老僧が、静かに竹箒で落ち葉を掃いている。


「……あれ?」  

 瑠璃が、父親の腕を掴んだまま小さく声を上げた。

 禍々しい気配が、嘘のように消えている。

 霊の本拠地のはずなのに、そこには清浄な空気さえ漂っていた。


 五百旗頭いおきべが車を降り、住職の方へ歩み寄る。

 老僧は手を止めると、三人の少女たちの姿を一瞥し、深く悲しげに頭を下げた。

「……お待ちしておりました。佐伯様、小野寺様、守屋様」


「……何故、俺たちの名字を知っている」  

 誠一が身構える。

 五百旗頭は不敵な笑みを浮かべ、解説を加えた。

「誠一さん、落ち着きなさい。我々の組織は、こうした危険な祠の管理者と繋がっていることが多い。この方はここの正当な管理者であり、我々の協力者だ。……それで、住職。ここの祠について、改めて詳細を伺いたい」


 住職は、竹箒を杖のように突き、苦渋の表情で口を開いた。

「……実を言えば、当寺が管理している祠の中でも、ここだけは『異質』なのです。あまりにも忌まわしき歴史ゆえ、明治の中期に寺の公式な記録からは一切が抹消されました。ただ一つ、口伝で『祟り祠』であるという事実のみが伝えられているに過ぎません」


 住職は、石碑を見つめて続けた。

「この地で何が起き、何を封じたのか。……それはこの町の古い図書館にある『郷土史』の蔵書、それも一般公開されていない禁帯出の資料にのみ、記されているはずです。そこで調べてみてはいかがでしょう。奴らの正体を知らねば、封じ直すことも叶いません」


 五百旗頭いおきべが、その言葉を聞いて不敵に笑った。

「なるほど。歴史から消された怨念か。……よし、日が沈む前に図書館を叩くぞ。義明さん、バスを出してくれ。正体不明の化け物を相手にするほど、面倒な仕事はないからな」

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