第14話 生贄の印
五百旗頭は、三人の少女の白い肌に浮かび上がった青紫の紋様を、忌々しげに見つめた。
その眼差しは、鑑定士が偽物を暴く時のように冷酷で、同時に、これから直面する事態の凄まじさを予見して重く沈んでいた。
「最悪だな……。まさかとは思ったが、やはり『家紋』か。……みなみさんは肩甲骨、瑠璃さんは右臀部、結衣さんは左内腿、か」
彼は冷徹なまでに客観的に、しかし容赦のない現実を突きつけた。
「まず言おう。これは外科手術でもレーザーでも取れない。表面の痣じゃない。血と霊魂に直接書き込まれた『奴らのマーキング』だ。……怖がらせるが、真実を知っておいてほしい。強い霊障には必ず『印』が出る。そして家紋が出る案件は、我々の業界でも最悪の部類だ」
五百旗頭はスマホをしまい、三家族の親たちを射抜くように真っ直ぐに見据えた。
「印には症状の重さ、つまり順列がある。最も弱いのが、ただの『点』。次が『顔』。その次が、死者の怨念を綴った『漢字』だ。……さらに強いものが『刀の鍔』。そして今回の『家紋』は……あちら側が、君たちを完全に『身内』として取り込もうとしている事を意味している。最悪だ。覚悟してくれ、これは相当な大仕事になるぞ」
リビングに戦慄が走る中、五百旗頭は懐から奇妙な質感のケースを取り出した。
中には、漆黒のカーボン素材で作られた、見たこともない特殊なシートが入っている。
「まず、この痣にこれを貼る。特殊な呪法を編み込んだ護符だ。これを貼れば、奴らの干渉を霊的に遮断できる。少なくとも、今よりはマシになるはずだ。これを作れる術師は日本に五人といない希少品でね」
「……貼れば、楽になれるの?」
みなみが、震える指先を恐る恐る伸ばした。
その黒いシートを受け取ろうとした瞬間、三人の少女の顔に、数日ぶりに微かな希望の光が差した――はずだった。
しかし、指先がシートに触れるか触れないかの、その刹那。
「……ッ!!」
三人が同時に、内側から弾かれたように天井を見上げた。
リビングの天井。
大人たちの目には、高級なダウンライトが並ぶ清潔な白い面に見える。
しかし、少女たちの目には、そこが底なしの、粘りつくような「ドス黒い泥の沼」に変わっていた。
部屋全体に腐臭が充満している。
天井から滴り落ちる汁の中には、米粒がリゾットのように混ざっていた。
否、それは米粒では無い。
蛆虫が液体の中にぎっしりと含まれていたのだ。
沼の中から身を乗り出した、ザンバラ髪の土色の男たち。
そして、白紫色の顔をした娘。
彼らは、五百旗頭が差し出した呪符を視認した瞬間、凄まじい殺意を剥き出しにした。
「やだ……怒ってる、すごく怒ってる!!」
「お父さん、助けて! 腕が、腕が降りてくる!!」
少女たちは悲鳴を上げ、父親たちの太い腕に、指が食い込むほどしがみついた。
彼女たちの視界では、天井の泥沼から『蛆虫が含まれている腐乱汁』を滴らせた数十本の「青白い腕」が、まるで力無い老人が、何かを掴もうと足掻いているような気味の悪い速度で自分たちを掴もうと伸びてきているのだ。
「ママじゃダメ、パパ! 離さないで! 引っ張られる!!」
ルリルリが絶叫する。
昨夜の死闘を経験した彼女たちは知っていた。
ママの温かな手、優しい力では、あの理不尽な怪力で泥の底へ引き摺り込もうとする死者たちに対抗できない。
この世の重力として繋ぎ止めてくれるのは、パパの、この硬く太い腕しかないのだと。
五百旗頭は、絶叫と混乱が渦巻くリビングの真ん中で、一人だけ冷徹に天井の「見えない敵」を鋭く睨みつけた。
「お父様方、そのまま娘さんを離さないで。……力づくで防げるのは、今のところあなた方だけだ。いいか、絶対に緩めるな!」
五百旗頭はそう叫ぶと、手にした黒いカーボンシートを、みなみの肩甲骨にある『逆さ鳳』の痣に、呪いを封じ込めるように力強く叩きつけた。
「――ギャアアアアアアアアア!!」
天井から、この世の声ではない、何十人もの男と子供が混じったような、耳を裂くような重奏の絶叫が響き渡った。
そして、その声は大人達にも聞こえていたのである。
そして、全員の痣に護符を貼り終えた時、彼女たちの視界から怪異は全て消え去っていた。




