第13話 希望の到来
八月上旬。
窓の外は、命の危険を感じさせるほどの暴力的な陽光が照りつけていた。
健三のマンションに現れたその男は、皺一つない上質なスーツを着こなし、静かな威圧感を放っていた。
警察官であるみなみの父、義明は、その男が発する特有の空気を敏感に察知した。
「……あの、失礼ですが、同業ですか? 桜田門の……」
言いかけて、義明は慌てて口を閉じた。
場を支配する重い空気と、健三が「専門家」と呼んだ男に対して、あまりにも軽率な質問だったと気づいたからだ。
男は、冷たさと温かさが同居する不思議な笑みを浮かべた。
「鋭いですね。……元、ですよ。今は別の組織に属していますが。……名乗るのが遅れました。五百旗頭と申します」
五百旗頭は、三人の少女たちを真っ直ぐに見据えた。
「さて、お嬢さん方。……隠さず、すべてを話してください」
三人は震える声を繋ぎ合わせながら、キャンプ場での出来事、そして昨夜から続く怪異の全てを話した。
五百旗頭は時折、スマホを取り出しては何か複雑なデータベースを検索しているようだったが、否定も肯定もせず、ただ静かに彼女たちの言葉を「事実」として受け止めていた。
話し終えると、五百旗頭はふと視線を上げた。 「……今、ここにいるかな?」
三人の呼吸が止まった。
彼女たちは弾かれたように同じ方向――二十五階の窓を指差した。
「います……窓。窓の外に、べったり張り付いてる……」
「四人。一人は私たちと同じくらいの女の子、あとはお侍……。内臓が出てるのが、ガラスを叩いてる……!」
大人たちには、ただの眩しい青空しか見えない。
しかし、五百旗頭は三人の視線の先を鋭く一瞥し、短く頷いた。
「なるほどね。……理屈は通る」
彼は立ち上がり、親たちに向かって指示を出した。
「さて、彼女たちの服を脱いでもらいたい。年頃のレディですから、私が診るわけにはいかない……。お母様方、別室で彼女たちの体の隅々を調べてください。文字通り、隅々です。おそらく……『家紋』、あるいは『刀の鍔』、もしくは何らかの『漢字』が、青や紫、赤といった色で浮き出ているはずです」
「な……そんな、娘の体に痣なんて……」
母親たちが動揺した瞬間、少女たちが一斉に悲鳴を上げた。
「いや! やだよ!! お母さんだけじゃ無理!!」
「五百旗頭さん、行かないで! お父さんも! お願い、一緒にいて!!」
彼女たちは知っていた。
自分たちを掴もうとする「濡れた手」の怪力を。
そして大人たちも、昨夜の死闘を経て理解していた。
あの力の恐ろしさを。
必死に何かに捕まっても、それは大人の女性の力では決して抗えない、死の底へ引きずり込む力。
あの時はギリギリ生き延びたに過ぎない。
屈強な義明や、他二人の父親、そして専門家の五百旗頭が傍にいなければ、服を脱いだ無防備な瞬間に殺されると本能で察していたのだ。
「……わかった。プライバシーを言っている状況ではないようだな」
五百旗頭は健三と義明に目配せをした。
「佐伯さん、小野寺さん、守屋さんも。……お父様方も全員で、彼女たちを護衛しつつ確認しましょう」
一行は、マンションの中で最も「水」から遠い、窓のない予備室へと移動した。
親たちの手で、一枚ずつ服が脱がされていく。
冷房で冷え切った部屋のはずなのに、少女たちの肌からは、じっとりと嫌な汗が吹き出していた。
そして、みなみの肩甲骨の下に、それは現れた。
「……これ、は……」
母、恵が声を失った。白く細いみなみの背中に、青紫色の、複雑な模様を模した『痣』が浮き上がっていたのだ。
「……これ、『鳳』の字を崩した家紋だ」
整形外科医である誠一は、その不気味な模様を見て戦慄した。
「それも……真っ逆さまに刻まれている。医学的な痣じゃない。まるで内側から浮かび上がってきたようだ……」
それは、逆さ吊りにされて処刑された鳳党の最期を象徴するような、呪わしい刻印だった。
「なっ……これは。最悪だ………………。家紋だとはな……」
五百旗頭が、静かに、しかし断定的に言った。




