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第1話 夏休みのキャンプ

「健三さん、ありがとうございました! 荷物、あとで自分たちで運びますね!」


 守屋みなみ――みなみんが、最新型ミニバン『Grand-Xcalibur』の重厚なスライドドアを蹴り出すようにして開き、アスファルトの上に元気よく飛び出しました。

 彼女は、肩で切り揃えたボブカットがよく似合う、三人のムードメーカー的存在です。

 警察官である父、義明譲りの健康的な小麦色の肌に、好奇心でいっぱいの大きな瞳。

 裏表のない明るい性格で誰からも好かれますが、場の空気に流されやすく、一度盛り上がると周囲が見えなくなる危うさも持っています。


「みなみん、そんなに焦らなくても山は逃げないよ」


 車内から苦笑混じりに声をかけたのは、小野寺結衣――ユイだ。

 彼女は、緩くウェーブのかかった長い髪を高い位置でポニーテールにまとめています。

 整形外科医の父、誠一に似て、すっと通った鼻筋を持つ端正な顔立ちをしていますが、その本質は極めて好奇心旺盛で怖いもの知らず。

 SNSのフォロワー数も多く、「映え」のためなら少しの危険も厭わない、このグループの実質的な先導役です。


「もう、二人とも。パパたちに手伝わなくていいって言われたけど、せめて自分のリュックくらいは降ろそうよ」


 最後におっとりと降りてきたのは、佐伯瑠璃――ルリルリです。

 腰まで届くストレートの黒髪を丁寧に手入れしている、清楚な雰囲気の美少女。

 辣腕弁護士の父、健三譲りの思慮深さと慎重さを備えており、いつも暴走気味の二人を止める役回りですが、結局は親友たちを見捨てられずについて行ってしまう「お人好し」な一面がありました。


 キャンプ場に到着し、お昼ごはんのホットドッグを慌ただしく胃に収めた三人。

 佐伯健三と、瑠璃の母である佳苗が、職人さながらの手際で大型テントの設営を開始した。

 その背中を見送り、親たちの監視の目が緩んだ隙を突いて、ユイが二人を誘い出します。

「ねえ、設営終わるまで時間かかるし、あっちの方に何かあるよ。探検しにいこう!」


 ユイが指さしたのは、キャンプ場の美しく整地された区画から大きく外れた、薄暗い獣道だった。

「えっ、そっちは立ち入り禁止じゃないの?」

 ルリルリが心配そうに眉をひそめますが、ユイはすでに足を踏み出していました。

「大丈夫だって、ちょっとそこまでだよ。ね、みなみんも行きたいでしょ?」

「うん、なんか秘密基地っぽくてワクワクする! ルリルリも行こ!」

 みなみんに腕を引かれ、ルリルリは溜息をつきながらも、二人の後に続くしかなかった。


 時刻はちょうど13:00。

 真夏の太陽は天頂から容赦なく照りつけ、三人の影を足元に短く、黒く、まるで逃げられない鎖のように地面に縫い付けていた。


 村外れへと続く道を進むにつれ、周囲の空気は重く沈み込んでいく。

 不自然に生い茂った杉林の入り口に、苔むした古い石段がひっそりと隠れていました。

 そこだけが、まるで周囲の熱気をすべて吸い込んでいるかのように、肌寒くひんやりとしている。

「みなみん、ルリルリ、見てよこれ。秘密の階段見つけちゃった!」

 ユイの瞳が輝く。

「これ絶対、上にすごいのあるって。登ってみようよ! 誰も知らない場所で撮った写真、SNSに上げたら絶対バズるって!」

「でも……なんかここ、空気冷たくない? 戻ったほうがいい気がする」

 ルリルリの直感が警鐘を鳴らしますが、ユイはすでに一段目の石を踏み抜いていました。


 一段、二段と登るたびに、キャンプ場の子供たちの遠い歓声や、健三たちがペグを打つ「カン、カン」という乾いた音が、膜を隔てたかのように遠ざかっていく。

 代わりに、耳の奥にこびりつくような「ジジジ……」という蟬時雨が、重く、粘り気を持って彼女たちの精神を圧迫し始めました。


「ねえ、まだ着かないの? ちょっと怖いよ」

 みなみんの声が少し震え始めます。

「あ、見えた! あれじゃない?」

 石段を登りきった丘の頂上。そこに鎮座していたのは、屋根が腐り落ち、内部の真っ暗な空間が口を開けた小さなほこらだった。


 そこがかつて、村の禁忌とされた凄惨な処刑場跡地であり、無念の死を遂げた者たちの魂を封じるための塚であったことなど、都会の私立女子中学生たちは想像もしません。

「わあ……すごい。超ヤバくない? 心霊スポットっぽくて最高にエモいじゃん!」

 ユイが感嘆の声を上げ、すぐさま最新型のスマートフォンを構えました。

「ルリルリ、そこ立って! もっと祠に寄って! そう、その『怯えてる感じ』がいい!」

「えっ、ちょっと、ユイ……。あんまり悪ふざけするのは良くないよ」

 ルリルリは困ったように微笑みながらも、強引に祠の正面へと立たされてしまいます。


「みなみんも入って! はい、ピース!」

「あはは、なんかこの写真、私たちが幽霊みたいじゃない?」

 みなみんも次第にテンションが上がり、祠の不気味な影を背景に、無邪気な笑顔を浮かべてポーズを決めます。


 祠の深い闇、不気味に苔むした岩、そして、それらとはあまりにも不釣り合いな、少女たちの弾けるような笑顔。

 シャッター音が静寂を切り裂くたびに、何かが、眠りから呼び覚まされていく。


 カシャッ、カシャッ、カシャッ――。


 合計10枚。

 後の凄惨な地獄へと繋がる「証拠写真」が、取り返しのつかないデジタルデータとして、静かに、確実に保存されたのでした。

 彼女たちのスマートフォンのストレージに、怨念の種が植え付けられたことなど、まだ誰も知る由もなかった。

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