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8.ガルドとの飲み会で、意外な事実が明らかになった、それは……

第8話「ガルドとの飲み会で、意外な事実が明らかになった、それは……




 ガルドは自信満々に、秘蔵の酒を持って来たぞ、と言った。

 だが澪には、渋くて苦くて、舌にずっと残る味のお酒、という感じで。それを言うのは失礼に当たるので、有り難く頂戴しているところだ。

 彼はスープとつまみも用意してくれた。塩漬けにした肉、ハムのようなものだろうか、それに不思議な色や形の野菜を酢漬けにしたもの。それから、前も飲ませてくれたスープだ。


「パンもないとな。腹が膨れないだろ。でもこの街のパンはな、硬くて不味い」


 ガルドは片手に持ったパンで、椅子の背もたれをバン、と叩いてその硬さをアピールしてみせた。歯がもっていかれそうな硬さ、そうそれはまるで殺人事件の凶器になりそうな硬さだ。


「だが、俺のところの鍛治炉なら、このパンも変わるぞ」


 彼はもう5杯はお酒を飲んでいたのでーー、上機嫌で凶器パンを片手に、店の外に出て行った。

 すぐ、戻ってきたと思ったら、パンにこんがり焼き目がついている。


「なぁ、澪。お前がいた世界にも、従魔がいたのか?」


 ガルドは手際良くパンを切って皿に乗せ、澪に渡してくれる。

 澪はそれを受け取り、ハムを挟んで片手に持った。


「えーっと、呼び方は違うけど、従魔そっくりの生き物、犬、がいるんです。他にも猫とか、うさぎ、色々居ましたけど」


「ふーむ、犬か。不思議だな。そっくりの生き物がいる世界に来るとは」


「それだけじゃないです、私は犬を綺麗にするトリマーっていう仕事をしてたんですよ。だから、神様が私のこと呼んだのかも、って」


 神様が呼んだ。だとしたら、ずいぶん一方的だとは思う。澪の意思とは関係無しに、一度死んでこの世界に来たのだから。


「ほら、パンは冷めたらまた硬くなる。そうなる前に食え」


 ちょっと口うるさい姑みたいで、澪はくすりと笑いながら、パンに食いついた。目の前の男はさっきからむしゃむしゃとすごい勢いで食べている、その姿を見て、ここでの食事にマナーはないのだろうと澪は納得したのだ。


「美味しいです、ありがとうございます」


 温かい食事、もてなし、可愛いもふもふたち。向かいには澪の好きな映画に出ていたイケオジ俳優似の、親切な人。恵まれてるなぁ、と澪はしみじみと思った。


「澪、お前のトリマーって仕事は、すごい。この世界には無い職業だ。従魔が魔力回路を悪くして、本来の働きっぷりが出せなくて、悩んでるやつらはいっぱいいるぞ。それに、手入れができなくて困ってる貴族もな」


「き、貴族ですか……私、元いた世界には貴族って居なくて、マナーとか全然分からないんですけど、どうしましょう」


 ガルドは澪の慎重すぎる性格に、ワハハ、と笑い声を上げた。


「心配はいらん。俺の知り合いだ、堅苦しいやつじゃない。それに、俺がやつの剣を作ってやったんだ、マナーなんぞ気にすることは無い。それに、やつの従魔は特殊でな。澪の力が一番必要なやつかもしれん」


 そう言ってから、まぁ、飲め! と勧められ、澪はワインなのか何なのか、渋い酒をまた一杯飲み干した。


「良い飲みっぷりだ! 子供みたいな見た目して、大したやつだ! この歳で、こんな面白い出会いがあるとはな。人生まだまだ捨てたもんじゃあ、ないな」


「そうです、人生捨てたりしないで、これからも私のトリミング、見ていて下さいね」


 澪は不味い酒を飲まされた腹いせに、珍しく強気な発言をした。ルーチェもその強気に合わせて、「ワン!!」とご機嫌そうに吠える。

 ガルドは笑った。眉間の皺が無くなって、きりりと整った顔がよく見えた。


「いいだろう。これからも見せてもらうし、お前に必要な道具があったら俺が作ってやる。なぁ、ヴァルク。お前の足が良くなって、俺はこれからも頑張れそうだぞ」


 ガルドは愛おしげにヴァルクを撫でる。ヴァルクは満足そうに目を閉じている。あるべき飼い主と犬の姿だなぁ、と澪は胸が熱くなるのを感じた。


 それからガルドはコップの酒をぐいっと飲み干し、「俺が、守ってやるからな……」そう呟くと、ガルドはそのまま机に突っ伏した。


「あれ? ガルドさん?」


 澪は慌ててガルドの肩を揺らす。だが、ガルドは寝息を立てて、全く起きる気配がない。酔い潰れたのか、寝てしまったようだ。


「うーん、足りないトリミング道具かぁ。なんだろう。できればスリッカーだけど、難しいならピンブラシかなぁ? 爪切りはあるよね、この世界さすがに。そしたら、まずはピンブラシを相談してみようかな」


 ガルドは寝ているので、明日聞いてみよう。澪が正確に特徴を伝えなくてはならない。うーん、と唸りながら、ピンブラシの構造を思い出す。


「あ! それに、バッグも必要だよね。神様セットを運ぶために」


 澪は魔力ブロワーに魔力を通し、自分に風を当てる。その日の汚れ、埃や汗などがふんわり飛んで消えてゆく。これは本当に優れものだわ、と澪はまたしても感心した。シャンプーいらずでトリミングが完成する、こんなに素晴らしいことは無い。


「ヴァルク、飼い主さん寝ちゃったから、あなたの全身のお手入れ、させてもらってもいーい?」


 澪が笑顔で聞くと、ヴァルクは「ヴァウ!!」と嬉しそうに返事をした。こないだは痛みのあるところだけ、簡易的な処置だったから、今日は全身を完璧に綺麗にしてあげよう。


 澪はヴァルクの隣、床に座って、まず全身のコーミングを始めた。


【グルーミングEX】


 スキルが自動発動する。ガルドの手入れが良いとは言っても、やはりプロのトリマーからすれば、まだ甘い。特に首周り、タックアップ、そしてお尻だろう。まず澪はヴァルクが不快に思わぬよう、首周りを優しく触れながら、心地よく感じるように優しくコーミングを始めた。


「どう? 気持ちいいかな?」


 ヴァルクは頷くかのように、ゆっくりと目を閉じた。

 さくさくとコーミングを進めていき、幸い、手足を持ち上げても嫌がらないので、あっという間にアンダーコート除去が終わっていく。


 ふと、ヴァルクの手を持ち上げていて、気付いた。

 足裏の、カットは必要だろうか。だとしたら、ハサミでも良いが、バリカンが欲しい。正直言うと、電動バリカンが、とても欲しい。

 それに、爪切りも、いま欲しくなってきた。とりあえず、他の作業を進めておいて、テーブルで突っ伏しているダンディな方が起きたら、持ってないから聞いてみようと思う。


 とりあえず、今は、「ないものねだり」は封印。今の自分にできる最高の仕上がりで、ヴァルクを綺麗に、健康にしてあげたい。


【魔力ブロー】


 先ほどより魔力を込めると、ジャーマンシェパードの毛がなびき、地肌が見えるくらい強風でブローできるように。

 シャンプーはあまりする習慣はないのだろう、地肌は皮脂でしっとりしていた。それがブローによって軽やかになり、毛がふんわり、艶やかになってゆく。


「お耳もやろうね」


 耳の穴を塞いでやり、風が入らないようにしながら、風を弱くして耳や顔周りにも風を当てる。風だけでシャンプーしたかのように綺麗になってゆくのは、本当に魔法のようで。

 耳の入り口や、耳の縁の毛は、一番脂っぽくなりやすい。それが、サラサラになった。


 澪の横に、風で飛ばないように丸めて避けておいた、アンダーコートがある。小さな山ができるほどの量。これだけ抜ければ、体も軽やかになるだろう。


 ヴァルクがトリミングの終わりを感じソワソワして、テーブルで眠る主を、立ち上がって前足でガリガリかきはじめた。


「んあ、なんだぁ、痛いぞ、ヴァルク、なにすんだぁ」


 完全に寝起きの声で。ガルドがぼんやりしながらも、起き始める。


「ガルドさん、お水、飲みますか?」


 澪が控えめにコップの水を勧めると、ガルドはがばっ! と顔を上げて驚いた顔で澪を見つめ――コップを奪い取るように受け取ると、澪から目を逸らした。


「す、すまないな、飲み過ぎて寝てたか……?」


 明らかに狼狽えている。心なしか、彼の耳が赤くなっているようにも見える。

 ただ、それがちょうど外の夕陽のせいなのか、彼の顔色なのかは、わからなかった。


「寝てましたよ、1時間くらい。その間に、ヴァルクを綺麗にしちゃいました」


 腰に手を当て、胸を張り、澪は笑顔でヴァルクを見た。ヴァルクもはち切れんばかりに尻尾を振って、立ち上がって二足歩行になりながら主に触れと催促している。ジャーマンシェパードはなかなか見ない犬種な上、飼い主以外にはクールな子が多い。

 だから、このシーン、澪にとっては「眼福」以外の何者でもない。


「どうですか? 仕上がり。感想、ありますか?」


 少し不安そうに、でも自分の仕事に誇りを感じさせる所もありつつ、澪はそっと聞いた。ガルドは両腕でヴァルクを抱きしめてから、その毛並を確かめるために手をヴァルクの全身に滑らせる。


「……素晴らしいな、本当に」


 それは、ガルドの心の底から出た本音そのもの。

 彼はヴァルクが常にある程度の皮脂をまとっていて、その臭い、ベタ付きがあることも自覚していた。耳などは常にそうだ。獣のにおいも耳からする事が多い。

 

 なのに、今のヴァルクは、何のにおいもしない。皮脂のにおいは皆無で、ただそよ風のように、草原のにおいがするような気がする程度で。

 撫でれば手についていた皮脂も、今はいくら撫でても付かない。地肌までサラサラしている。


 そして、ヴァルクという従魔と深く繋がっているガルドには、感じ取れるものがある。ヴァルクの金色の瞳の輝きがいつになく明るい。そして、魔力回路の循環が、とてもスムーズだということ。

 ヴァルクはガルドが魔道具を造る時や、鍛治をする際に魔力を使ってサポートをしてくれる。それが、今までよりずっと上手く行く、そんな確信が持てるのだ。つながっている部分から、ヴァルクの自信が伝わってくる。


 主にさえ隠そうとしていた足の不調。


「澪、今だから話すが、ヴァルクの足は、魔物から俺を守るために怪我したんだ。この話は、従魔のことが好きなお前には、酷な話だと思う。だからするか迷ってたんだが――」


 澪は真剣な顔つきでガルドを見つめている。どんな話でも、一言も聞き流すまいとする誠実な態度が感じられる。そんな澪に、ガルドは悲しげに笑った。


「お前なら、この王国で苦しむ従魔達を救えるかもしれない、そう思った。どんどん確信になってきてるがな。イングロンではな……従魔は、魔物や強盗、それに敵国から人を守るために使われてるんだ」


 澪は、息を呑んだ。「使われている」という言葉が、恐ろしくて自分から何か声を発することができない。


「ヴァルクは、魔物から俺を守ろうとして足を怪我した。イングロンでは当たり前の事なんだ。だが、俺とヴァルクを見てたら分かるだろ? 俺たちの絆は、すごく深い。だから従魔治癒師に診せたりもしたんだがな。お前が治してくれてなかったら、俺はヴァルクとじゃなきゃ仕事が上手く出来ないことを棚に上げて、飲んだくれの日々を送ってただろうな」 


「飲んだくれは、困っちゃいますね、ヴァルクも退屈だと思うし、ガルドさんのこと心配しそうですし」


 澪がそれを言うと、ガルドはドン! と頷きながら拳をテーブルに落とした。激しく同意したかったらしいが、澪とルーチェはかなりびっくりし、ルーチェは思わず澪の膝に飛び乗っていた。


「そうなんだよ、澪、お前は、ヴァルクを助けてくれて、その先にいる、俺のことも助けてくれたんだ、ありがとうな。礼を言うのは、これっきりだから、よく覚えておけよ」


 ガルドはは照れ臭いのか澪から目を逸らしている。

 澪は少し涙が滲むのを感じた。


(犬の向こうにいる、飼い主も幸せにできるトリミング。そんなすごいことを、私が出来たんだ……だから、ガルドさんは良くしてくれるんだ)


 色々納得がいったし、自信がなかった自分のトリミングに、自信が湧いてくるのを感じた。

 もう、竹田先輩の声はほとんど聞こえない。


「だがな、澪。これから先、目にする従魔達は、お前が思ってるよりずっと、過酷な環境にいる……お前なら、助けられるかもしれんが、この国のやり方がそうなんだ、従魔は人間を守るって。それを見たお前は、嫌な思いをすると思う。許せないかもしれん。だから、お前の力で、従魔達を助けて行けば、何か変わるかもしれんと、俺は思ってきた。そのための道具作りは、いくらでもしてやる」


 そんなに悲惨なのか、と澪は暗い気持ちになった。

 毛玉だらけの、遺棄された犬をボランティアトリミングした事がある。学生の頃だけど。すえたにおい、全身の毛玉、バリカンの一番短いミリ数すら入らない。ハサミで切りながら何とか汚い毛の塊を落としていくと、現れたのは骨折を放置されて、曲がったままつながった背骨や、肉が飛び出て腐敗している傷。


 思い出した記憶を振り払うため、澪は頭を左右に振った。


「作って欲しいものが、あります!」


「おう、早速か。いいぜ、それでこそ、だ。どんなものだ?」


「え、っと。爪切りと、電動バリカン、それにピンブラシが欲しいです!」


「爪切りは分かる、が、でん? バリカン? ピン、ブラシ?」


 やはり、はてなマークが浮かんでしまったようだ。

 ガルドは黒い板を澪の前に置き、チョークのような白い棒を差し出してきた。


「これに、分かる限り詳しく書け。頼むぞ、大酒飲みのトリマーさん」


 ガルドが耳元でそう囁いた。

 トリマーさん、と異世界の彼が言ったのが可笑しくて、でも耳元で囁かれたのは何故かひどく恥ずかしくて、澪は赤くなっていそうな耳を手で隠しながら、精一杯頷いた。

解説!


タックアップとは、犬の後肢の付け根と脇腹の間くらいの位置を指します。簡単に言うと「お腹のくびれの部分」です。


澪は、お酒を飲んでもほとんど酔わない、ザル体質でした!

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