4.初めての従魔契約、その子は光を宿すもの
第四話「初めての従魔契約、その子は光を宿すもの」
澪がスープを飲み終え、そっと木皿を置いた、そのとき。
ぴょん!
小さな重みが膝に乗ってくる。
「え?」
見下ろすと、ふわりとした淡い金茶の毛玉。
澪はすっかり元気になった雑種従魔のことをにこりと見つめる。
チワワとポメラニアンの雑種のような、小柄な従魔。
丸く大きな瞳が、じっと澪を見つめている。
さっきまで、ヴァルクの存在感に隠れるように静かだったのに。
今は全身で「ここにいる」と訴えている。
前足で、きゅっと澪の腕を掴む。
澪の顔をクンクンと嗅いで、また見つめる。
きゅう、と小さく鳴いた。
――置いていかないで。
「ごめんね、忘れてたわけじゃないんだよ」
澪はそっと抱き締める。
痩せ細ってしまって、体重はとても軽い。
でも、瞳を覗き込むと、金色の瞳その奥から強い芯を感じる。
ガルドが口を開いた。
「その従魔、まだ契約していないな」
「はい」
「ここイングロン王国では、従魔と人は魔力で契約する」
「契約……」
「名を与え、魔力を通わせる。契約すると、従魔は主に絶対服従する」
ーーだから、人にいいように使われる従魔もいる。使い捨てられ、何度も取り替えられる従魔も。そして、国は戦争の道具にもしている。
だがその悲しい現実について、なぜかガルドは、この従魔を大切にする娘に話したくないと思った。少なくとも、今は。
澪は小さな体を抱きしめる。
「契約しないと、どうなりますか?」
「魔力が安定せず、寿命が縮む。主を持たぬ従魔は不安定だ」
澪の指先が震える。
「……この子、ずっとひとりだったんですよね」
従魔は澪の胸元に顔を埋める。
守る対象を、必死に探すように。
ガルドは続ける。
「従魔の手入れは基本、主が行う。だがお前のように綺麗にするスキルと技術を持つ者は、初めて見たぞ」
「キレイにする習慣がないとか、手入れのスタンダードがないんですね?」
「スタ……? お前はよく分からん言葉を使う。が、意図してる事は分かるぞ。従魔をどう扱うかは主の自由だからな。キレイにする奴の方がずっと少ない」
それに、とガルドは話を続けた。
「個体差も激しい。手入れが甘ければ魔力循環が滞る」
ヴァルクが静かに伏せる。澪のスキルによって、ヴァルクの魔力循環の渦は、今とてもキレイに回っている。足が完治したわけではないから、回転はとてもゆっくりだが。
「都市の外にはモンスターもいる。従魔は主のため命懸けで戦う」
澪は膝の上の子をぎゅっと抱きしめる。
「この子は戦闘向きじゃないですよね? 命懸けで戦うなんて……」
「小型種はな、普通は戦闘向きではなく、日常生活の補佐なんかを行う。だが警戒心は強い。主を守る意志はあるんだ、どの従魔にも」
雑種の子の大きな瞳が、強く光る。
澪は目を閉じる。
自分はこの世界の人間ではない。
けれど。
「……この子と一緒に、この世界で従魔の役に立ちたい」
そっと額を合わせる。
ふわふわの、愛らしい従魔のおでこが触れ合う。
「手入れが足りなくて、寿命が縮むなんて嫌です。私、それを当たり前にしたくない」
ガルドは澪を見つめる。
なぜかは分からないが、親切にしてやりたくなる娘だ。
ヴァルクも初めてあんなに他人に気を許していた、不思議だ。
商売をしてる者として、助言をしてやろうとガルドは思った。
「お前の技術が仕事になるかは、まだ今の段階では分からん」
現実的な声。
「だが」
少しだけ、間を置く。
「助けを必要としている従魔は、山ほどいる」
澪は顔を上げる。
「知り合いを紹介してやる。従魔の手入れに困っている貴族がいる」
胸が高鳴る。
また、自分の手で犬を、従魔を助ける事ができるかもしれないんだ。
(そしたら、この愛らしいフワフワの小型犬こと従魔さんと契約、をまずしないと。命には責任を持たなきゃ)
澪は小さな従魔を抱き直す。
「……あなたに、名前をあげたい」
従魔の耳がぴくりと動く。
春の陽だまりみたいな毛色。
ここから、始まる光。
「ルーチェ」
澪は微笑む。
「光って意味。あなたは、ちゃんと光り輝いてるからよ」
その瞬間。小さな体がぴくっと震えた。
まるでーー、ずっと待っていた言葉のように。
足元に淡い魔法陣が広がる。
【契約成立】
温かな魔力が、胸へ流れ込む。澪の魔力もまた、ルーチェに向かって優しく流れ込む。
小さな命と、確かに繋がる感覚。
ルーチェが、澪の頬をぺろりと舐めた。
尻尾が、ぶんぶんと振られる。
そして。
ヴァルクが、静かに澪の足元へ移動する。
主の隣ではなく。
澪の隣へ。
ガルドの眉が、わずかに動いた。
「……妙な娘だ」
だが声は、どこか穏やかだった。
澪はまっすぐ前を見る。
神様からもらったスキル。
積み上げてきた技術。
この世界で、きっと役に立てる。
「やります」
小さな光を抱いて。
澪は、新しい道を歩き出すと決めた。
「ガウッ」
「ルーチェ!?」
澪の膝からルーチェが突然飛び降り、ヴァルクの前で前足だけ下げて、お尻を高く上げて尻尾を振る。
遊ぼう、のポーズだ。
ヴァルクは一瞬悩んだように見えた。知的な金の瞳が澪を見つめる。
ーーお前の従魔と、遊んでいいか?
そう言っているように見えて。
「いいよ! ルーチェから誘ったんだから、楽しんで!」
澪が許可した瞬間。
バウッ!! とヴァルクの力強い吠え声がして、次には二人は部屋の中を駆け抜けていた。
ルーチェは自分の小さな体を上手く使って狭い場所へ滑り込み、ヴァルクはそれを見てどこから捕まえようかと周りで待ち構える。
ヴァルクの隙を見てーー隙有り! と思ったらしいーールーチェが飛び出すと、一瞬にしてヴァルクの前足でルーチェの体が捕えられる。
ルーチェはお腹を出して転がった。
犬と同じ、参った、のサインだ。
「なんて可愛いの……」
澪は感激して、さっきからスマホを探していたのだが、そうここは異世界、神様が持たせてくれたのはスマホではなくシザーとコームと小型魔力ブロワーだけ。
撮影したかったのに、としゅんとなる。
さて、自分が勝ったぞとヴァルクは勝ち誇り、主ガルドの前を悠々と歩いて通り過ぎ、澪のところに来て「なでろ」と頭を差し出してきた。
「えー! 私ばっかり撫でていいの?」
「普通は、こいつは俺以外のところには絶対行かない。花守澪、お前がすごく変わっているのはよーく分かった。俺のヴァルクを魔法のように骨抜きにしたのも、な」
「あの、澪でいいです。私もガルドさんと呼んでもいいですか?」
小さな少女の、見上げる視線が急に可愛らしく見え、ガルドは無意識に目を擦った。
長年、魔道具作りと鍛治に真剣に打ち込んできた職人ガルド。
その日々は常にヴァルクと共にあった。それ以外の事には余り興味がなく。
こんな若い女の子と、長い時間喋るのも久しぶりのことで。
「あ、ああ。そうするといい。そうだ、知り合いを紹介する前に、お前がしばらく住むところが必要だろう」
普段、気が利かない自分が、珍しくよく気付いたものだ。
心の中で苦笑いする。
ヴァルクがそんな主に気付いて、「ワン!」と楽しげに吠えて、澪に体をすり寄せた。
ーー澪のために何かしてやろう。とでも言っているかのようだ。
今まではガルドのそばに影のように寄り添い、寡黙で完全服従することを好んでいたヴァルクが、どういう風の吹き回しだ? ガルドはじっと己の従魔を見つめた。ほぼ睨んでいるような目線で。
「ヴァルクくんは、体が楽になって嬉しそうですね。私も役に立てて、すごく嬉しい」
にこにこと澪はヴァルクの頭を撫でる。
この従魔は、澪のスキルによって別の性格にでもなったのだろうか。こんな自己主張するタイプではなかった。撫でられるのも主のみを好んだはずなのに。
(そこまで、嬉しかったんだな……。痛かった足が良くなったんだな)
ガルドも、なんとかしてやりたかった。
王侯貴族など、一部の富裕層しか頼めない従魔治療師を、伝手を頼ってなんとか頼んだ。だが、治せないと言われ、しばらく酒浸りになりかけたほどだ。
それを、突然現れた娘があっという間に解決して見せ、ヴァルクの心さえも掴んでしまった。
ーーあぁ、分かったよ。俺ができる限り、この子の力になる。
目線だけでヴァルクに返答する。
大きな立ち耳に、凛々しい茶色の顔をした従魔は、満足げに鼻を鳴らした。
すっかり澪の虜になってしまったようで、主は寂しい気持ちを隠すのがやっとだった。




