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3.神のいかづち、其れに匹敵するものづくりをする男とその従魔

第三話「神のいかづち、其れに匹敵するものづくりをする男とその従魔」





 城門をくぐった瞬間。澪は思わず立ち止まった。


「……犬だらけ」


 通りを歩く人々の足元には、

 必ず一匹、従魔がいた。


 ガルドが澪を連れてきたのは、草原から歩いて三十分程度のところにある、彼の工房だった。


 まず、工房に入る手前で、大きな石造りの城壁に囲まれた巨大な都市が見えてきて。


 都市には、中世ヨーロッパを彷彿とされる、円柱の塔、遠くには大きなお城、そして都市を守るためにある城壁と見張り台。そこに立つのは兵士然とした武器を持つ人々。


 城壁の一部に城門があり、人や馬車がそこを出入りしていた。

 衛兵らしき、槍を持った制服姿の人達が目を光らせて……はおらず、のんびりと道行く人を眺めている。


 澪が驚いたのは、衛兵を含めた、すべての人にノーリードの犬が寄り添っていたからだ。


 すべての人に、従魔がいる。

 それはつまり、澪にとって、全ての人が犬を飼っているのと同じこと。


 そして、従魔は皆、澪にとって見慣れた犬種にとても似ている。


(ああ! 手元に犬種図鑑があれば良かったのに)


 とさえ思う。行き交う人の従魔を見るだけでも、一日中楽しく過ごせそう。まるでここはドッグショーの世界。


 だが。


 ドッグショーの犬とは大きな違いがある。

 みんな、とても汚いのだ。


 いつ洗ったのか、ブラッシングはしているのか?

 カットが必要な犬種は、最後にカットしたのはいつ? と聞きたくなる。


「おい、遅れるな。あちこち見てると、誘拐されるぞ」


 城門をくぐってすぐ、ガルドに声をかけられた。


「ごめんなさい」


 口癖が飛び出す。職場で毎日何百回と口にしていたから。

 そして澪の心もしゅんと落ち込んだ。誘拐という単語も怖かった。やはり異世界の治安は悪いのだろうか。


 そんな澪を見て、そばに寄り添い着いてきていた、先ほど助けた雑種の従魔が唸りを上げる。


 唸った相手はもちろんガルドだ。


「よしよし、もう立派に従魔の気分になってるな」


 ガルドがにやりとして雑種を見た。雑種の子は「ヴー」と唸って返事をする。

 それからすぐ立ち止まる。


 城壁のすぐ内側。建物の後ろ側の壁は城壁になっている。

 建物の周りには様々な道具や設備がある。

 鍛造、鋳造を行うための鍛治炉があり、そこはオレンジ色の熱を発していた。


 大小様々な木箱が積み上げられ、材料が入っている。

 外に簡素な木のテーブルがあり、固そうなパンや木板が乱雑に置かれていた。

 その奥に建物の入り口のドアが見えた。


「俺の工房だ」


 ガルドが指差した先には、看板が下がっていた。木箱の模様と同じ、金床にハンマーのマーク。そして、見たことのない文字。


 見たことがないのに、澪はそれが読めた。


「いかづち工房」


 澪が口に出すと、ガルドは頷く。


「さぁ、入っていいぞ。この王国一の名匠の工房だ」

 

 顰めっ面の主人が、自分の工房の扉を開けた瞬間。


 低く、重い唸り声が響いた。


 奥から現れたのは、大きな犬。


 黒と褐色の被毛。鋭い眼差し。

 主以外を寄せ付けぬ空気。


 澪から見たら、ジャーマン・シェパードそのものだが、うっすらと魔力を纏っており、金色の瞳の輝き方も、日本で見た犬達のそれとは違った。


 犬に警戒され、唸られることには慣れている。

 澪は唸られたことより、新たな従魔の登場にわくわくする心を抑えきれず、声を出した。


「この子は?」


「俺の従魔だ。ヴァルク」


 ヴァルクはガルドの脚の横にぴたりと寄り添う。


 視線は鋭いまま、澪を測る。

 ――完全に主人中心型、気質までジャーマン・シェパードに似ている。

 主人一筋、ひたすら尽くします! という性格の犬種なのだ。


 従魔は、見た目だけでなく気質も、澪の知る犬に似ているのかもしれない。


 澪の視界に文字が浮かぶ。


【従魔毛並鑑定 発動】(非接触)


 右後肢関節:慢性炎症

 痛覚閾値:高(我慢傾向)

 忠誠心:極高

 主依存傾向:強


 澪は小さく息を呑む。


「この子……右の後ろ足、痛いですよね」


 ガルドの目が細くなる。澪のことを見抜こうとしているかのようだ。


「なぜ分かるんだ? お前は従魔治癒師なのか?」


「ちゆ……し? 違います。トリマーです。ほら、立ち方。重心が左に逃げてます」


 澪はゆっくり近づく。スキルは触れていないとより細かい情報が読めないから。

 ヴァルクが重心を前足に乗せる。これは警戒と戦闘準備の体制だ。


 ――自分に近づくな、と。


 だが。


「大丈夫。取って食べないよ」


 澪は体を少し横に向け、しゃがみ込んで視線を低くする。


 敵意を消す。

 正面からの向かい合いは闘争になるが、円を描くような向きでアプローチするのは友好の意味になるーー犬ならそう。


 澪の試みは成功して、少しだけ時間が過ぎたのち、ガルドの立派な従魔が歩み寄ってきた。


 そして、ヴァルクの鼻先が、澪の指先に触れた。


 数秒。


 静寂。


 被毛は良く手入れされている。アンダーコートが適切な量で残っている。汚れや皮脂の塊もない。もつれや毛玉もない。理想的なお手入れがされている。


 だが、右の後ろ足の関節。生まれ持ったものなのか、ケガなのかは分からないが、スキルで赤い警告が出ている。


 そして、足を痛がるのだろう、そこ以外は完璧に手入れされているのに、右後ろ足だけ手入れがかなり甘い。抜け毛がボコボコ浮き出ているし、痛みから自分で舐めているのだろう、太ももの外側のあたりと、足裏に赤みがある。


 澪の目が、スキルと経験によってヴァルクの状態を見抜く。


 次の瞬間。


 尻尾が、わずかに揺れた。


 ガルドの眉がぴくりと動く。


 澪は躊躇わずに、ヴァルクの右後肢に触れる。


【皮膚再生 発動】


 淡い光。


 炎症を鎮めるように、じんわりと。

 皮膚再生のスキルが、どこまで内側の慢性的な関節疾患に効果があるかは、今の澪には分からない。


 だが、舐め壊してした皮膚の赤み、かゆみ、表面側だけでも不快感を取り除いてあげたい。

 できることなら、内側までも、癒してあげたい。


 ヴァルクの身体から余計な力が抜ける。


 そして。


 すり、と。


 大きな頭が、澪の肩に寄った。


「……なんだと?」


 ガルドが驚きの声を上げた。


 ヴァルクは、主人以外に身体を預けないのだ。

 常に隣にいる。

 他人には触れさせない。

 視界に入れるのは、主のみ。


 そのヴァルクが。


 澪の頬に鼻先を押し付ける。


 尻尾が、明確に揺れる。


「ちょ、ヴァルク?!」


 澪は目を丸くする。


「甘えん坊だねえ」


 ヴァルクは小さく鼻を鳴らした。


 完全に気に入っている。


 ガルドは無言。ただ眉間の皺が彼の気分を物語っている。


 そして、その沈黙は重い。

 自分だけの従魔が、他人に懐くことなんてあり得ない。

 それなのに、目の前でその事実が覆されてしまった。


 ガルドは重い口を開いた。


「……従魔治癒師でも分からなかったんだぞ。高い金を積んで診てもらったのに、だ」


 従魔治癒師とは、この世界でいう獣医師だろう、きっと。

 やぶなのか、治療の限界が低いのか、そういうことは澪には分からない。

 ただ、ヴァルクは足が痛いのを隠して、誰にも分からないようにしていたのだという事だけは、切実に伝わってきていた。


「慢性的に痛かったみたい。我慢強い子です」


 澪が微笑むと。

 ヴァルクは、迷わずその手に額を押し付ける。


 ――主以外に。


 ガルドは目を細める。


「……神の加護か」


 ぽつりと落ちた声。


 王都のすぐそばとはいえ、外門の外にある草原は、女の子が一人で行くような場所ではない。少なからず危険があるからだ。

 野生動物や、モンスター、それに強盗、人さらいなどなど。

 だがそういう危険に対する常識もないようだ、この娘には。


 突然そこに現れたかのような、異質な服装と、本人の理解度の低さ。


 なのに、相反していることがある。

 従魔に対する異様な知識。

 そしてこの力。恐らくスキル持ちなのだろう。

 ガルドも匠と呼ばれるだけのスキルを持っているから、分かる。澪が特別な存在なのだと。


 だが。


「それ以上は聞かん」


「え?」


「神が絡む話は、深入りするもんじゃないからな。俺が知る必要があれば、」


 低いが、柔らかい声。


「その時話せばいい。道具作りに必要なら話せばいいんだ。あとは好きにすればいい」


 澪の胸が温かくなる。

 澪の技術を、言葉を、疑われない。

 ただ、尊重される。


 そのとき。


 ぐぅ。


 澪の腹が鳴る。


 ヴァルクが、びくっと反応した。


 そして。


 澪の腹に鼻先を押し付ける。


 心配そうに。


「……恥ずかしいなぁ。心配してくれてるんだよね? お腹空いただけなのよ」


 ヴァルクは小さく鳴いた。


 ガルドは一瞬、視線を逸らす。


「……ヴァルクは、俺以外にああはしないんだ」


「え?」


「主以外に身体を預けない。絶対にだ」


 短い説明。

 澪はきょとんとする。


 ヴァルクは当然のように、澪の横に座った。


 ガルドではなく。


 澪の横に。


 沈黙。

 ガルドは頭を抱えて複雑そうな顔をした。

 悔しさや怒りではない。


 ――ただ、理解不能な、ざわめき。


「……ひとまず、座れ。食事を出してやる。早く食べて早く道具の話をしたいところだがな」


 ぶっきらぼうだが、面倒見の良い人だな、と澪はヴァルクを撫でながら思った。


 入ってすぐの部屋の奥に、キッチンか何か調理場があるらしい。ガルドはそこへ消えていき、やがてトレーの上に、湯気が上がる木の器を乗せて戻ってきた。


 澪は一口含み、涙ぐむ。今まで、お腹が空いた時に、温かい食事でもてなしてもらった事が、あっただろうか。


「おいしい……」


 ヴァルクは澪の足元にぴたりと寄り添う。


 いつもの定位置は、ガルドの隣のはずなのに。


 ガルドはその様子を見下ろす。眉間の皺は深く、もはや自分の従魔を睨んでいると言っても、過言では無い。

 低く呟く。


「……妙な娘だ」


 納得はいかない、不思議で仕方ない。


「あっ、澪です。花守澪。お邪魔して、ご馳走にまでなったのに、名前も名乗らずすみません」


 澪は必死に頭を下げた。そんなに下げるなとガルドは手を振る。


(急にに気が弱くなる奴だ。従魔を相手にしてる時はあんなに強く堂々としてるのに)


 だが、悪い奴どころか、ガルドにとって己の半身であるヴァルクがこんなにも懐いている。 


 従魔を綺麗にして、隠されていた痛みまでも癒せる。


 ガルドは自分がにやりと笑っているのに気付いた。


 面白いことが、起こりそうな予感がする。

犬と仲良くなるのに気を付けるポイント


犬はケンカの時、ガーーーっと正面からまっすぐ相手に向かいます。

もちろん、仲良し同士で遊ぶ時や、犬同士のコミュニケーションを知らない犬の場合、真っ直ぐ進む場合もあります。


慎重に相手と挨拶を交わしたい時、敵意はないよと知らせたい時。

側面から犬は寄ってきます。そしてお尻のにおいを嗅ぎます、クンクン。

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