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21.命の重さ。答えはないかもしれないけど、大切なこと。

第二十一話「命の重さ。答えはないかもしれないけど、大切なこと」





 レオンハルトとガルドが走りながら訓練場に着いた時ーーそこでは、澪と侯爵家騎士団副官のアインが、微妙な空気で互いに譲らずに立っている姿が見えた。


「アイン! 失礼のないようにと言ったはずだ! 何があった?」


 レオンハルトが本人を叱責するかのように、厳しい口調で声を掛ける。


 それを聞いた澪は、ぎゅっと体を小さくして、微かに震え出した。ブラックトリミングサロンでの、毎日、先輩たちから受ける度重なる叱責、それを思い出したのだ。あの時の、言葉という暴力で自分を粉々にされていくような、地獄のような感覚が澪に襲いかかって来る。

 だが、思い出したと同時に、それに怯えてちゃいけない、と澪は震えを自力で押さえ込んだ。

 そばには、見守るように温かい視線をくれるガルドがある。もちろん、絆で心を共にしているルーチェもいてくれている。今は、もう一人ではないのだ。


「ハッ、ご報告致します。こちらのご令嬢がーー」


「待ってください、私に説明させて下さい」


 澪が、しっかりとした口調で、アインの言葉を遮った。そして、アインのグレイハウンド風従魔を指差す。


「あの子のグルーミングを、しました。あっ、グルーミングっていうのは、カットをしない犬種のお手入れのことなんですけど、とにかく、お手入れをさせてもらいました。あの子はすごく元気だし、魔力回路も強く循環しています。ただ、あの種類の犬ーー従魔は、すごく足が速いうえ、力も強いですが、全力疾走した後には、必ず休息を取る必要があります。私たちだってそうですよね? それがハッキリしてるだけ。ですが、それを理由にこの子との契約を辞めようかと、この騎士の方が言うので、私はそれが納得いかなくて」


 犬種にはそれぞれ、得意分野もあれば不得意分野もある。長距離選手もいれば、短距離選手もいるのだ。それは、愛犬家の澪にとっては当たり前のこと。それを受け入れられないような人が、その子の主になるべきではない、と澪は思う。


 澪の言葉を聞き、レオンハルトの表情が途端に渋くなる。


「……澪嬢。貴方の気持ちは、よく分かりました。従魔の安易な入れ替えについては、今後私が責任を持って検討する事にします。アインの従魔も、貴方に〈ぐるーみんぐ〉してもらってから、まだ本領を発揮していないので、それをアイン本人がよく見てから、判断するようにします。アイン! 解散していいぞ。ただし、従魔との模擬戦を行ってからにしろ」


「ハッ、了解致しました」


 返答したものの、アインの顔には不満が滲んでいた。

 彼には上官が急に方針を変え出した意味が、分からないのだ。この女性と出会う前は、上官は誰より合理的で、効率重視で、従魔に対して厳しかった。

 なぜなら、従魔の選び方一つで、騎士の命が危険に晒される事もあるから。レオンハルトはそのことを常に危惧していて、従魔に問題があれば、すぐ契約解除して他の、より強い従魔を部下にあてがうような男だった。


 アインが去った後、レオンハルトは澪に向き直った。


「澪嬢。先ほどは、貴方を立てて部下の前であのように話しましたが……どうか、この国の従魔の在り方について、口出しするのは控えて頂きたい。これはお願いではありません。私たちは日々命懸けで戦っているのです、そのため従魔選びも厳格に行う必要があるのです」


 レオンハルトの、思わぬ厳しい言葉に、澪は胸がぎゅっと痛くなるのを感じた。


「それじゃあ……あなたたちが、人を守るためだから、と、使えないと判断して契約を解除した従魔たちは、その後どうなったんですか? レオンハルトさんは、その事を知っていても、平気でそういう事をすると……?」


 澪の声がひどく震えていたので、ガルドは不安になって思わず澪の肩に触れた。ルーチェも澪の足元でレオンハルトを睨み付けている。ヴァルクは相手にするのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、レオンハルトに背を向けて澪の体に寄り添っている。


 皆からの非難を受けても、レオンハルトは動じなかった。それはまるで、石のように強い覚悟の上にあるかのように、不動の態度で。


「契約を解除した従魔は、その生を終えるだけです。元より人と契約せずには長く生きられぬ生き物ですから。私は、王国の人々の命を守る義務がある。そのためなら、従魔にいくらでも厳しくなりましょう」


 澪はその言葉を聞いて叫んだ。


「従魔たちも、私たちと同じ命なんですよ!!」


 それは、犬を愛する一人のトリマーの、心からの叫び。生き物としての生活スタイルは違えど、一つ一つの命だと、澪は真剣に思っている。その命を踏み躙ったり、自分の都合の良いように扱っていい、そんな訳がない。


 レオンハルトは澪の真正面に立ち、冷え切った碧眼の瞳で、澪を射抜くように見つめた。その瞳で見つめられるだけで、体がどんどん冷えてゆくような、そんな雰囲気を伴って。


「同じ命では、ありません。従魔は言葉を話さない。戦友の死を悼まない。遺族が喪に服す事もない。我々より多く生まれ、種類も豊富で、使い勝手の良い戦力なのですよ。人と同じ? とんでもない。人より軽い命でしょう」


 バチン!!!!!


 その瞬間、澪は頭が真っ白になって、レオンハルトの左頬を叩いていた。

 怒りと悲しみと、様々な感情と、右手の痛みで手が震える。震えを収めようと、反対の手できつく握り締める。


 レオンハルトは冷徹な仮面を付けたかのように、一切表情を変えず、ただじっと澪を見つめている。澪はぽろぽろと涙をこぼしながら、口を開いた。


「レオンハルトさん、あなたが従魔に生まれ変わっても、同じ事が言えますか? 従魔は言葉を話さない? 私には、ちゃんと彼らの言葉が聞こえます。心を許してくれた時や、私に話しかけたい時、ちゃんと彼らの声が聞こえます」


 澪の言葉に、レオンハルトはそれまでの冷たい表情から一変し、急に激しく動揺し出した。


「う、嘘だ……」


「嘘じゃないです。エレクトラの声も聞きました」


 レオンハルトは「聞きたくない」と言わんばかりに激しく頭を左右に振ると、「失礼する!」と叩きつけるように吐き捨て、早足でその場から立ち去ってゆく。


 澪はじっと、彼の後ろ姿を見ていた。

 そこに、エレクトラが足音も立てずに寄ってくる。


(主を、いじめてあげたの?)


 煌めく金色の瞳を丸くして、首を傾げて聞いてくる。なんて愛らしい子なのだろう。この子は自分の主がああいう考え方なのを知っているのだろうか、と思うと、澪は暗い気持ちになった。


「いじめてないよ。あなたこそ、レオンハルトにいじめられてない?」


(主は本当は傷ついてるのよ。隠してるだけ。澪なら助けられる。今日はありがとう、またね、澪)


 そう言うと、エレクトラはまるで馬のように優雅に歩いて立ち去って行った。

 澪は彼女の言葉の意味が分からなくて、深いため息を吐く。


 肩に乗った温かいガルドの手に、澪は自分の手を重ねた。少なくともガルドは、この世界で従魔を大切にしてくれる人。


「澪、帰ろう。帰り道で、話したいことがあるんだ」


「分かりました」


 澪はすんなりと重ねた手を離し、ガルドはそれを名残惜しそうにしながら、今度はエスコートに切り替えて、彼女の手を自分の腕にかけた。

 反対側からは、ヴァルクがグイッとガルドの体を澪の方に押してくる。なかなか余計な事をしてくれる、とガルドは小さくため息を吐いた。

少しは距離が近づいたと思ったレオンハルトでしたが、

彼の考え方は澪にとって絶対許せないものでした。


エレクトラは何か知っているようでしたが!

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