20.二人の男の小競り合い
第二十話「二人の男の小競り合い」
澪と侯爵家副官アインが話していた頃。
ガルドとレオンハルトは、侯爵家の貴賓室で、扉に施錠した後に、防音の魔道具を作動させた。
「彼女のことはーー」
「澪のことはーー」
二人、同時に口を開いて、同時に閉じる。暫く重い沈黙が流れた後に、先に口を開いたのはレオンハルトの方だった。
「王族には漏れないようにしなければ」
ガルドは驚いて目を見張る。
「騎士団長のお前が、そう判断するとはな。俺ぁてっきり、澪のことを王に報告するって言い出すかと思ったよ」
ガルドがなぜそう思ったのかーーそれはイングロン王国の従魔に対する扱いと、それを良しとする騎士団長レオンハルトの考え方を知っているからだ。
隣国との国境で小競り合いが尽きないイングロン王国では、従魔を戦力とした軍隊が各所に配備されている。人間より先に戦うのは従魔という決まりもある。
それは軍だけではなく、騎士団でも、傭兵でも、漁師でも、一般家庭でもそのように扱われている。相手は野生動物やモンスター、強盗や野盗など多岐に渡る。従魔は人と違い数が多く、取り替えが効くから。死んでもすぐ補充が効く上、言葉を話せないから、罪悪感を感じる必要がない。
その考え方は、レオンハルトも同様で、今の従魔エレクトラは、彼の七代目の従魔に当たる。それまでの従魔は皆、他国との戦闘や、モンスターとの戦いで戦死した。だがレオンハルトがそれを悲しんだ姿を、ガルドは一度も見た事がない。
「……ヴァルクが俺を庇って足を怪我した日の事を、覚えてるか? あの時、お前は『処分して楽にしてやれ』って言ったよな。そんなお前が、従魔の戦力重視のお前が、戦力を大幅に上げられる可能性のある澪のことを利用しないなんて、らしくないな?」
ガルドはあの日、レオンハルトにかけられた無情な言葉を今も鮮明に覚えていた。そして、その言葉を聞いた日、ガルドはレオンハルトの元を離れることを決意したのだ。
元々魔道具作りや鍛治に長けていたガルドは、騎士を辞した後、その頭角をメキメキと現した。それまで「従魔如きのために騎士を辞めた愚か者」と呼ばれていた彼が、王国一の名匠として、名誉男爵の爵位を受けるまでに、そう時間はかからなかった。
今や、ガルドを嘲笑っていた者たちも、こぞって彼が鍛える剣を欲しがっている。レオンハルトは昔のよしみでガルドに名剣を鍛えてもらったが、それは同時に、「ヴァルクのことに口出しするな。口出しするならお前の剣は二度と作らないし、手入れもしない」という脅しでもあった。
レオンハルトはガルドの考えを否定するかのように、頭を左右に振った。
「それとこれとは、話は別だ。五尾の神が遣わした女性なのだとしたら、彼女を王国の利益のためだけに、縛り付けるような事は、してはならないと思ったんだ。私だって、好きで従魔を犠牲にしているんじゃ、ない。国民を守るために仕方なく、一緒に戦っている」
一言、一言を苦しげに絞り出すように、レオンハルトは呟いた。それはガルドの知らなかった事実だったので、ガルドは驚いた表情をしたが、すぐ真剣な顔に戻る。
「それなら、俺たちが考えるべき事は一つだけだ。澪を、どうやって守るか」
守る、という言葉に力を入れて。ガルドは誰よりも澪のことを守ってやりたいと思っている、そんな自分の気持ちにやっと気付いた。今までは、興味深いから、技術を見たいから、子供だから、そんな理由だったが、今は違う。
他ならぬ澪だから、守ってやりたいのだ。
そんなガルドを見て、レオンハルトは苦笑する。
「その歳になって、初恋か?」
言われた途端、ガルドは「バカなことを!」を大声を出した。
娘というには若すぎるが、歳は十以上も離れている。貴族の政略婚や、権力者への嫁入りならば、無いわけではないが。
そもそも、初恋などという甘い言葉で、簡単に片付けられるような、そんな感情ではない、とガルドは思った。
「そういう感情じゃなく、もっと大切なもんだと思ってんだ。茶化すなよ」
ガルドの言葉に、レオンハルトは乾いた笑い声を上げた。だがそれは無理をして笑ったかのような、不自然な笑い声だった。何かと鈍いガルドは気付かなかったが。
「どうやって守る、か。まず、貴族相手ならまだしも、騎士や傭兵だと能力がバレてしまう危険があるな。本人は、これからどうやって暮らしていくつもりなんだ?」
「うむ、俺と〈とりみんぐ〉とやらの道具作りをしながら、気になる従魔をみんな綺麗にするって息巻いてる」
レオンハルトは呆れて額に手を当てて俯いた。
魔力の消費だって激しく、今日も倒れたばかりだし、自分の生活基盤だってガルド頼みでなんとかやっているのだろう。ガルドと結婚でもするならば、自然な立ち位置でいいのかも知れないーーと思って、レオンハルトはなぜかその考えが浮かんだ途端、むかむかするのを感じた。その理由がなんなのかは分からないが、あの世間知らずの神の遣いが、長年の友人を腑抜けにしたことに苛立っているのだと、そう解釈することにした。
「とりあえず、侯爵家が後援する職人にして、保護しよう。都合の悪い者の従魔の手入れは出来ないようにしなければ」
ガルドはそれを聞いて少し不愉快そうにしたが、渋々と言った感じで頷いた。
「……侯爵家の後援は、確かに強い後ろ盾だ。後は、本人にどう説明するか」
「あの娘は変なところで気が強い。それに従魔の事になると急に聡い。この話も、理解できるのではないか? 本人に聞くのが一番早いだろう」
レオンハルトの言葉を聞き、今度こそガルドはじろっと彼を睨んだ。いつもしかめっ面なところに、睨みまで加わって、人相が悪い事この上ない。
こう見えても、若い頃は貴族令嬢を虜にする美男子だったのだがーーレオンハルトは自分も将来こうなるのだろうかとぼんやり考えながら、ガルドの無精髭を眺めた。こうはならないな、少なくともレオンハルトはあんなに髭が濃いわけではない、と納得して安心感を覚える。
二人の男の、半分は下らない張り合いの話し合いも、無事に終わった。
どちらが言い出すわけでもなく、二人は防音の魔道具を止め、扉を開いて早足で訓練場へ向かう。
決して走るわけではないのだが、どちらも負けじと競歩のような早足で邸宅を駆け抜ける。だんだん白熱してきたのか、ガルドの方が負けじと魔力を体に纏い、身体強化を行って移動速度を上げる。
むっとしたレオンハルトも、負けじと魔力を纏って地面を蹴って駆け出す。
結局、最後は二人は走りながら訓練場へ向かったのだった。
タイトルの通りでございます。




