19.澪、侯爵家騎士によりイングロンの従魔の現実に触れる
第十九話「澪、侯爵家騎士によりイングロンの従魔の現実に触れる」
レオンハルトは難しい顔をして、ガルドの肩に手を置いた。
「ガルド、少し二人で話がしたいんだが」
「あぁ、分かった。ーー澪、少し騎士たちの従魔を見て回ったらどうだ?」
ガルドも厳しい表情で頷く。澪はそんな二人の硬い表情に少し戸惑いながらも、騎士たちの様々な従魔を見て、その子たちの様子が気になっていた。
レオンハルトが副官である侯爵家の騎士アインに、声を掛ける。
「この方は、エレクトラを手入れしてくれた職人の澪嬢だ。決して失礼の無いよう、お前が責任を持って側に付いているように」
「ハッ、かしこまりました」
ガルドは澪を見て、「ちょっと待ってろ」と言うと、レオンハルトと連れ立ってどこかへ去ってゆく。
そして澪は、早速、訓練場でバテている従魔たちをぐるりと見回すと、近くにいる子から歩み寄って行った。
「お嬢様! そんな不用意に従魔に近付くと危険です!! って、あれ?」
本来なら、従魔は主以外を寄せ付けない性格が多い。特に騎士が契約している従魔は、野生動物やモンスター、そして戦争時には対人で戦うため、人への攻撃性もある。
だが、澪が近寄ると、その従魔は敵意が無いのを示すために、ゴロンとお腹を出した。その従魔はグレイハウンドそっくりで、鍛えられた筋肉がはっきり浮かび上がっている。フォーンと呼ばれる灰色の毛色には今は艶がなく、瞳もくすんだ色をしているように見える。
「あなた、疲れてるのね」
澪が悲しそうに言うと、従魔はコクンと頷いた。今さっき、エレクトラに追い回されたから疲れたのでは、ない。本来なら、グレイハウンドはアフガンハウンドより足が速い。世界最速とも謳われる犬種だ。
疲れているのは、別の理由だろう。
【従魔毛並鑑定】(接触)
右膝蓋骨:軽度脱臼
痛覚閾値:低
忠誠心:低
主依存傾向:低
毛並:抜け毛多・汚れ多
温度感覚:寒がり
澪は魔力ブロワーとコームを取り出すと、魔力を通して柔らかい風を当てながら、コームで優しくその子の体を梳かし始めた。
【魔力ブロー】
【グルーミングEX】
ブローの風が心地良いのか、従魔はうっとりと目を細める。神様製コームは流石の使い心地で、本来ならコームでは抜けないような短いアンダーコートが、パラパラと抜けてくる。
元々体毛が薄い犬種ではあるが、長い間シャンプーもブラッシングもされていない上、撫でられてもいないようだ。そこに埃や汚れがたくさん付着している。
それも、今日でさようなら、魔力ブローによって汚れが落ちて、余計な抜け毛が取れるたび、グレイハウンドの瞳に金の輝きが戻ってくる。
(ありがとう、すごく、寒かったんだ。動いてないと寒いけど、僕は全力で走った後は休まないといけないから。でも……主はそのことを、分かってくれない)
それは、切実さを帯びた声で。澪はコームを仕舞い、ブローを当てながらその子の体を優しく撫でた。手のひら全体で、何度も、何度も。心まで温めてあげられたらいいのに、と願いながら。
最後に、鑑定で見えた後肢の膝蓋骨にスキルを発動する。
【皮膚再生EX】
このスキルは皮膚再生のはずが、いつの間にかEXが付いている……。澪は少し驚きながらも、これでもっと従魔を助けられるかな、と思ってワクワクしている自分に気付いた。
魔力を集めて右後肢の膝蓋骨に手を当てる。ふわぁ、と金色の光が溢れて、その光が従魔の足に吸い込まれてゆく。
ずっと澪の傍らに待機していたアインが、初めて「わぁ」と声を上げた。
見たことのない事態が、目の前で起きているのだ。くたびれていた従魔が、かつてない金色の瞳の輝きを見せている。表情もとてもリラックスしている。
澪はアインに向き直り、口を開いた。
「あの、この子の主って、どの方ですか?」
口出しして良いものなのかーー澪は少し悩んだが、従魔が伝えて欲しそうにしているのだ。トリマーになる時、できるなら、犬と飼い主の架け橋になりたいと願っていた。だから、今も勇気を出そうと思う。
アインは困ったように緋色の頭を掻いて、
「私です、ハハハ。主により、お嬢様に懐いてますね」
と苦笑いした。
澪は立ち上がってスカートの埃を払う。同じように立ち上がった従魔の頭を撫でた。嬉しそうに澪に頭を擦り寄せた後、(見て! 足が痛くない!)とはしゃぐようにダブルサスペンション・ギャロップと呼ばれる、グレイハウンド独自の歩法で走ってゆく。
「あの子、寒いのが苦手みたいです。毛が薄くて短いから。可能なら、防寒着を作ってあげられると、もっと元気で過ごせると思います。あと、全力で走った後、必ず休まないといけない種類なので、休むのは怠けている訳でなく、あの子の特性だと思って理解してあげてはどうでしょうか」
澪の言葉に、アインは肩元に手を当てて「ふーむ」と呟いた。
「そうですか。職人のお嬢様がそう仰るなら、そうなのでしょう。あの種類の従魔は、足が速く力も強いので気に入っていたのですが、防寒着はまだ用意できるにしても、戦場で、走ったら疲れたので休まないといけません、と言われたら、それは騎士の従魔に相応しくないですね。そう言う事でしたら、他の従魔にした方が良いかな……」
アインの最後の言葉に、澪は自分の耳を疑った。
二人の目の前で、エレクトラ、ヴァルク、ルーチェ、そして乱入したグレイハウンド風従魔が、楽しそうにじゃれて駆け回っている。
「あの、従魔ってそんな簡単に変えられるんですか? 契約を解除したら、従魔は弱りますよね?」
澪の脳裏に、出会った時のルーチェの姿が浮かぶ。ボロボロで痩せ細り、命の危険を感じたルーチェ。
まさか、今まで一緒に過ごしてきた従魔を、走ったら休憩が必要という理由だけで、ルーチェのような目に遭わせるというのだろうか。
(そりゃ、私はこの世界のことも、この国のことも、従魔のことも、何も知らないかもしれない。でも、従魔がこんな風に扱われることを、神様はやめてほしいと思ってるから、私をここに寄越したんだって思うから)
アインはとても不思議そうな顔で澪を見つめた。
「もしかして、他の国からいらした方なのですか? だから、従魔にそんなに優しいのですね。か弱いお嬢様には言いづらいのですが、イングロンには国境も多い上、野生動物や魔物の危険も多くあるんです。だから、従魔は人の命を守るために存在しているんですよ。この国では、そういう決まりなんです。私は侯爵家騎士団の副官なので、軟弱な従魔と共に戦う訳には行きません。他の、もっと強い従魔を選ばないと。こういった選択は、我々のような者には日常茶飯事なんです。分かって頂けましたか?」
彼は、あえて、契約を解除した後の従魔について何も触れない。
澪はそれが許せない、と強く思った。
「契約を解除されたら、あの子は弱って死にますよね? 見殺しにすると?」
澪の指差した先には、そろそろ疲れて来たエレクトラたち三匹とは対照的に、元気いっぱいに体をバネのようにして走り回るグレイハウンド風従魔がいる。力強い魔力回路の渦が、よく見える。あの子は生き生きしていて、これからも元気で長生きできるのがはっきり伝わってくる。
「走った後に休むのは、私たち人間だって一緒でしょう? 私たちだって、ずっと走り続けることはできませんから」
澪は、精一杯の気持ちを込めて言葉を紡いだ。
だが、アインは戸惑って、受け入れ難いという表情をしている。彼にとっての常識を、今日ぽっと出て来た澪に否定されたら、確かに受け入れられないかもしれない。それでも、これは命がかかった話なのだ。
澪は、祈るような気持ちで従魔たちを見つめた。
グレイハウンド
日本では珍しい犬種かなと思います。特に、短毛種ですのでトリミングサロンではなかなかお目にかかる事はありません。
侯爵家ではアフガンハウンド従魔を従えるレオンハルトを筆頭に、戦闘職の者はサイトハウンド系の犬種と契約をしています。
早く日本でよく見る犬種たちも登場させたい!!




