18.エレクトラの、従魔の本来の力が発揮される時
第十八話「エレクトラの、従魔の本来の力が発揮される時」
澪はすっかり落ち着いて、レオンハルトとガルドと三人で、昼食の席に居た。映画で見るような豪華な晩餐ほどではないにしろ、開放的な二階の広いテラスに用意された昼食の席は、非日常感であふれ返っている。
まず食器から豪華さを感じてしまう。金や銀の縁取りや、職人の手書きと思われる絵柄。グラスは澪が知るガラス製の物ではなく、銀色の厚みのある物だ。そこに注がれる飲み物は、葡萄酒をと言われ、それを飲んでいる。以前ガルドと飲んだものより、すっきりして飲みやすい、そんな気はするが、特有の渋みがどうしても好きにはなれない。
食事はコースのように次々と運ばれ、食卓に隙間なく並べられると、なぜか手を付けていないものから下げられていく。レオンハルトが無言で給仕にその指示をしているのだが、なぜ手を付けたものから下げないのかと、澪は疑問に思っていた。
澪が不思議そうにしているのに気付いたのか、レオンハルトは「どうしましたか」とやんわり聞いてきた。
「手を付けていないものを、下げてるなぁと思って不思議で……」
レオンハルトは優雅な動作で、膝上の白いナプキンで唇を軽く拭う。そんな姿さえ、様になるのだから世の中は平等じゃない。その隣の背が高すぎる男は、ガツガツとマナーも何も気にせず、好きなものだけを食べ散らかしているのだから。
「あぁ、それは、澪嬢が好きな物だけが並ぶようにと思って、手を付けていないものは好きな物ではないのかと、下げさせていました」
とんでもなくお金持ち感満載! と内心で叫びつつ、澪は苦笑いした。好きな物だけを食べていたわけではなく、栄養バランスや、見た目から気になるものを食べていたからだ。
けれど、レオンハルトなりの配慮なのは間違いない。澪は感謝を述べて、また食べ始めた。
その時、レオンハルトの従者らしき人が、庭先からテラスの方へ走ってくるのが見えた。
「侯爵様!!!」
大声で、レオンハルトを呼ぶ。その声が切迫していたので、レオンハルトは「失礼」と言って椅子から立ち上がり、テラス下の従者を見下ろした。
「何事だ!」
「侯爵様の従魔が、興奮して手が付けられないのです!! どうか、訓練場にいらして下さい! このままでは侯爵家の騎士と従魔たちがっ!」
エレクトラが、興奮している。その言葉を聞いて、澪もすぐ椅子から立ち上がった。もし、澪がしたトリミングによって何か悪影響があったのだとしたら――不安になり、居ても立ってもいられない、そんな感覚に襲われる。
そんな澪を見て、察したレオンハルトは、澪に向かって手を差し出した。
「一緒に訓練場へ行きますか?」
澪はすぐ頷いて、少し遠慮がちにレオンハルトの手を取った。手が触れ合った瞬間、ぐいっと澪の体を自分に引き寄せ、そのまま抱き上げると、テラスの手すりに駆け寄って、一気に飛び降りる。
「キャッ!!」
思わず、悲鳴が出た。かなりの高さがあるのに、大丈夫なのか、落下感がすごい。そう感じたが、着地の衝撃はそんなに強烈ではなく、不思議とふわっと降りた感じがした。魔道具なのか、彼の騎士としての能力なのか、澪には分からないが、とにかく無事に降りれてほっとした。
「このまま、訓練場まで走りますので、掴まっていて下さい」
レオンハルトが走りながら、そう耳元で呟く。澪は自分の耳を手で隠しながら叫んだ。
「え! じ、自分で歩きます!」
だが、金髪の美青年は澪の言う事を無視してそのまま駆けてゆく。
二人の様子をずっと見ていたガルドのところに、ヴァルクがやってくる。ルーチェはというと、先ほど澪が倒れたことを心配して、すでに澪の足元にべったりついて行っている。
ヴァルクはぐいぐいと主の背中を大きな頭で押す。その方向は、レオンハルトが降りて行ったテラスの手すりだ。ガルドは困ったように頭を搔いた。
「おいおい、ヴァルク。俺はもう現役じゃないんだぜ。さすがにこの高さは、堪える」
ヴァルクは(そんなことは知らん)と言わんばかりに、行くぞ、という意思をガルドに飛ばし続けてくる。
「チッ、どうせ飛び降りるなら、俺がお姫様を抱えて下りたかったぜ」
うんうん、と頷くヴァルクを尻目に、ガルドは意を決して魔力を身に纏い、テラスから飛び降りた。ヴァルクも後に続いて大きな跳躍で着いて来る。
ズン、と大地を踏みしめる感覚を感じながら、ガルドとヴァルクも難なく庭先に降り立った。
レオンハルトに抱かれたまま、訓練場がだんだんと見えてくる。周りを腰あたりの高さの木柵でぐるりと囲んである、中学校の運動場くらいの広さだ。
レオンハルトを呼びに来た従者はとっくに追い越し、数人の使用人ともすれ違いーー皆がみな、目をまん丸にしてレオンハルトと澪を見るものだから、澪は恥ずかしくなって、レオンハルトに声をかけた。
「そろそろ、下ろしてもらえませんか?」
サラサラと流れる彼の金髪が、澪の鼻先をくすぐる。澪がそれを避けようと首を振ったり顔をしかめたのを見て、レオンハルトは一瞬傷ついたような顔をしてから、丁寧に澪を下ろした。
「失礼しました。それでは、急いで行きましょう」
澪の手を取ると、早足で訓練場に向かって行く。訓練場の中で、まるで銀色の流星のように駆けている何かがいる。
「エレクトラ!」
レオンハルトの澄んだ声が響き渡る。
訓練場の柵を開けて入ると、侯爵邸の騎士と見られる、制服らしき姿の男性たちが十数人、地面に倒れたり、座り込んでいる。
他にも中型犬以上の様々な大きさの従魔たちが、お腹を向けて参ったのポーズをしていたり、伏せして耳も情けなく垂らしている。
みんな、ひどく疲れているようだ。だが、誰も怪我をしたりしている様子は無い。それにまず、澪はホッとした。
それから、訓練場を流星の如く走り回っている何かを見る。銀色の大きな流星は、星のような光を纏っている。
「美しい……これがエレクトラの本当の姿なのか」
隣でレオンハルトが、ため息混じりに呟いた。そして、まだ握ったままの澪の小さな手を、ぎゅっと、強く握り直した。
澪は驚いてレオンハルトの横顔を見る。だが、レオンハルトの碧色の瞳は、己の従魔にしっかりと注がれていた。澪にはそれがむしろ嬉しくて、レオンハルトの隣で微笑んでエレクトラを見つめた。
(嬉しい! 私はこんなに速く走れる! ターンだって! 跳ぶのも誰より高く! これなら、何にも負けない!)
エレクトラの声が、確かに澪に届いた。その歓喜に満ちた美しい声が、澪まで幸せな気持ちにしてくれる。
だが、エレクトラの相手をさせられていた騎士たち、そして彼らの従魔たちは、とてもじゃないが幸せではなさそうだ。
「こ、侯爵様。信じられません、私達が束になっても、従魔一匹に敵いませんでした……」
レオンハルトは澪の手を離すと、疲れ果てて地面に座り込んでいる騎士に歩み寄った。
「情けないぞ、アイン。それでも侯爵家の騎士か?」
「レオンハルト様は見てないからそう仰られるんですよ。本当に、モンスターが束になってやっと敵うかどうか。あの、同じ従魔、ですよね? 何故あんなに強くなっているんですか」
強くなっている、の言葉に、澪はびっくりする。
毛玉が無いから動きやすくなったのは間違い無い。他にした事と言えば、魔力回路の流れを良くしただけ。それが、強さに結び付くというのだろうか。
「キャウ!!」
「バァウ!!」
ルーチェが挑むように吠えて、エレクトラに向かって飛び出してゆく。その後ろから、黒い弾丸のように駆けて来たのは、ヴァルクだ。
三匹はそれぞれの特性を活かした走りで、互いにじゃれながらも、時に真剣に走る。だがルーチェの場合は体が小さい分、圧倒的に分が悪い。一瞬、エレクトラに追い越された瞬間、蹴られてゴロゴロと小さな体が何度も地面に転がる。
「ルーチェ! パワーバランスが合わないよ、戻っておいで」
澪は声を上げて呼ぶが、ルーチェは金の瞳にギラギラと闘志を燃やして、再びエレクトラに向かって走り出す。
「負けん気の強いやつだ。誰に似たんだろうなぁ?」
いつの間にか隣に来ていたガルドが、澪にそう囁いた。澪は笑って、「飼い主ーー主に似る、んですよね」と答えた。
「それにしても、澪の〈とりみんぐ〉は、どうも従魔を綺麗にして、魔力回路を整えるだけじゃ、なさそうだな」
ガルドがエレクトラやヴァルクを見て呟く。
レオンハルトは静かに頷いた。
「従魔が、強くなる。これは、大事だぞ」
パワーバランスとは、犬同士の体格や力の有無のバランスを指します。これが合わない犬同士を遊ばせると、パワーがある方にとっては楽しい遊びでも、相手が骨が細い犬種や、チワワのような小型犬種だと、命に関わる怪我をする事もあります。
なので小型犬は体の利を活かして、隠れられる場所に上手く滑り込んだりして、興奮状態の大型犬から危険を感じたら避けるような行動を見せたりします。




