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13.澪の実力を垣間見たレオンハルトと、粘着質そうな司祭と

第13話「澪の実力を垣間見たレオンハルトと、粘着質そうな司祭と」





 ラインハルトと澪。

 立っている澪と、その目の前でベンチに腰掛け、床を見ている金髪イケメン。彼が、気まずくて話しかけて来ないのは明らかだ。


 そんな彼を見下ろしつつ、澪は迷うことなく、口を開いた。


「あの。ガルドさんが戻るまでの間でいいので、この子のお手入れをさせて下さい」


 澪は藍色の鞄を開け、中からほんのりと温かく、艶めいて輝いているコームを取り出した。レオンハルトはハッとしてそのコームを見つめる。普通の金属では、ありえないような輝き。そして、細かな櫛目は、木材なら作ることは可能だろう。だが、金属であの細かい櫛目を出す技術が存在するとは。


 ガルドが言っていたことは、本当だったのか。それとも、二人で新しい魔道具の試作品を作り、よもや騎士の従魔でそれを試そうと言うのか。


「それは……」


 ダメ、と言いたいのを、必死に飲み込む。なぜなら、彼の従魔が、自ら澪のそばに寄り添ったからだ。


 レオンハルトの従魔は、今まで何度も危険な野生動物や、モンスターと戦ってきた。騎士団長という立場ゆえ、彼が連れる従魔も、騎士団で最も強い従魔であることが望ましい。様々な姿を持つ従魔の中で、レオンハルトが選んだのは、パワーより、誰よりも鋭さを感じさせる俊敏さだ。

 過酷な環境下で、彼の従魔は、レオンハルトと共に勝利してきた。常にレオンハルトを守り、何より優先し、気高い心の持ち主である従魔――その子が、自ら初対面の、小柄な少女に身を任せようとしているのだ。


「エレクトラ、許すのか?」


 主の問いに、アフガンハウンド風従魔は、ゆっくりと頷いた。


【グルーミングEX】


 澪は待ってましたと言わんばかりに、スキルを発動した。まず肩の毛玉、毛もつれにコームを入れた。ここがトリミングサロンならば、全身バリカンをかけて短くし、一旦痛みきったコートとおさらばすることをお勧めするレベルだ。どうしてもほどいてほしいと言われたら、毛先から少しずつ、ピンブラシとスリッカー、それにスキバサミやシザーと使い分けて毛玉をほどいて行くしかない。


 だが、もふもふの神様がくれたこのコームは、すごい。ほどほどのもつれ程度ならスルスル通ってほどいてくれる。だが、今回ばかりは相手が悪かったようだ。

 毛先からほんの少しずつ、コームを通してみるが、ひどい毛玉には通らない。澪は一旦コームを自分の髪に差し、両手で毛玉をそっと左右に優しく割いていく。ほとんど割けないほど、固まってしまっている。これは、シザーを入れないと厳しい。


「すみません、コートがもうだめになっているので、シザーを少し入れますね」


 澪は迷わない。それは、毛玉で痛い思いをしている目の前の従魔のためだから。そこに、手入れができていない飼い主の顔色を伺う必要は――もう今の澪には――ない。


 藍色の鞄からコームやシザーを取り出すとき。そこを見なくても、何がどこにあるかがすぐ分かる。まるで何年も使い込んで慣れた鞄のように。澪はガルドに感謝しながら、シザーを握って、少しずつ、毛玉を割き始めた。


「刃物を向けるとは!」


 レオンハルトが何やら騒いでいるが、澪は目の前の従魔、エレクトラに集中している。


「よく見て下さい、あなたが長い時間をかけて、この子に背負わせた苦痛を」


 それは、澪らしくない言い方だった。保健所に収容された、もっと悲惨な犬のボランティアトリミングをした時でも、もし飼い主が目の前に居たとして、ここまできつい言い方はしないと思う。控えめで、波風が立つようなことは苦手だから。そういう性格で、生き方で今までやってきた。


 でも、この世界に来て、澪は自分が変わりつつあることを感じていた。

 それは、従魔をトリミング技術によって助けられるんだ、と感じる程に、強くなっていった。

 技術があるからと、(おご)るつもりはない。だが、この男に関しては、なぜだか、きつい言い方を選んでしまう。

 きっと、乱暴に押されたからだ、と思う事にした。


 考えながらも、澪の手はずっと動いている。シザーを入れ終え、澪は一瞬でシザーを鞄に仕舞うと、頭に差してあったコームを取って梳かし始めた。

 全く梳かせなかったさっきと違い、シザーによって切られた毛と一緒に、きつく縛られていた毛玉、もつれが解けてゆく。


 そして、解けた毛は、他の部分と違って、銀糸のようにキラキラと輝いているのだ。


「綺麗な毛。ブリンドル……タイガーブリンドル、かな? きっと、全部解けたら、世界一美しい従魔になるね」


 澪が笑顔でエレクトラにそう話しかけると、エレクトラはふふっと笑った。


(そうしてもらうのが楽しみよ)


 また、声が聞こえた。彼女が心を開いてくれたのだ。澪はエレクトラの頭を撫でた。ドッグショーに出る子のように、完璧な手入れがされていれば、この子もご立派な飼い主と同じように、サラサラのロン毛を風になびかせているはず。だが、耳の被毛と一緒にフェルトのように固まった毛玉が、ブラブラとそこにくっ付いている。しかも、よく見れば木くずや何かの粘液のようなものまで。


「痛かったよね、ずっとぎゅーって引っ張られて」


 澪の胸まで、ぎゅっと締め付けられる。そこへ、澪の感情の変化を察知したルーチェが、すっと寄り添ってくれた。


 ちょうどその時、澪の背後から、パチパチと一人分の拍手が聞こえて来た。


「素晴らしい技術ですね。そして、五尾様の与えたもうスキルもお持ちのようで」


 ルーファスと、ガルドだった。二人が話を終えて、戻ってきていたのだ。どこから見られていたのだろう。澪が焦ってコームを鞄にしまおうとすると、ガルドはそれを手で制した。「大丈夫だ」と。


「……司祭さん、これで分かっただろう。この子は、この国の従魔を助けるため、やって来たんだってことがな。それを邪魔すんのは、神様の意思に逆らうのと同じだぜ。だから、連れて行こうなんて考えは、今すぐ、さっさと、捨てるんだな」


 ガルドはそう言うと、澪に「帰るぞ」と声を掛け、治療院の出口に向かって歩き出した。澪は慌てて付いていく。まだ梳かし始めたばかりで、毛玉だらけのエレクトラのことが気がかりだった。

 歩きながら振り返ると、走ってくるレオンハルトの姿が見えた。


「ガルド! 待て!!」


 彼の声は、良く通る美声だ。さすが騎士、息を切らすことなく、二人に追い付いてきた。


「なんだ、レオンハルト。ちゃんと澪に謝罪はしたのか?」


「まだだ。だが……謝罪のため、そしてエレクトラのため、正式に我が邸宅に招待したい」


 睨みつけるガルドを見ないようにし、レオンハルトは澪の方に向き直った。


「……その、先ほどの“手入れ”は、少しだが、目を見張るものがありました。エレクトラもあなたの“手入れ”を受けることを望んでいるようです。今までの謝罪も込めて、私の邸宅に招待したいと思いますが、受けて頂けますか?」


 ずっとツンケンしていた男が、今はもう少し柔らかい雰囲気になって、澪にしどろもどろになりつつ声をかけている。


「いーや、ダメだ。さっきまで謝る事を頑なに拒否してたクセに、今更どのツラ下げて言ってんだ? 澪の実力を見て、態度を変えるなんて、恥ずかしいと思わないのか?」


 ガルドは遠慮なしに正論で攻めまくる。その通りだ、と澪も思った。さっきまでのひどく冷たい態度、あんな態度を取られて、すぐ許せる人がいるだろうか。澪は唇を噛んで、少し悩んでから、口を開いた。


「謝罪は、心からのものでしたら、受け付けます。でも形式的なものだったり、エレクトラちゃんをお手入れして欲しいからって魂胆があるんなら、お断りします。でも、エレクトラちゃんのお手入れは別です。今も痛いはずですから、あなたがどう思っていても、それは関係なく、私がエレクトラちゃんを綺麗にします。なので、行く場所と日時を教えて下さい」


 澪の強気に、ガルドはニヤッとして頷いた。

 レオンハルトは苦虫を噛み潰したような顔をしてから、


「明後日、そちらの都合がよければ。迎えの馬車を送るから、どこに送ればいいか教えてください」


 と告げた。澪はガルドの方を見て、伝えても良いかを確認する。ガルドは頷いた。


「眠る仔羊亭、に寄越してください」


 金髪の美丈夫は、髪を靡かせながら短く頷くと、アフガンハウンド風従魔を伴ってその場から去って行った。

 その従魔、エレクトラは、澪が毛玉を解いた肩のあたりだけ、サラサラと毛がなびいている。銀糸のようで美しい輝きだ。時折、レオンハルトがそこの部分をじっと見ているのが、二人の目に映った。――綺麗になって嬉しいなら、嬉しいと素直に言えばいいのに。


「ガルドさん、私、あの人、ちょっと苦手です」


 澪がむすっとしながら言うと、ガルドは大きく笑った。


「出会いが悪かったな。本当は、あいつは貴族の中では、一番融通が利くやつなんだ。地位を鼻にかけたりしないし、平民のこともきちんと守ってる。正義感が強いんだよ」


「でも、従魔のことではぜんっぜん融通が利きませんでしたよ」


 ワハハ、とガルドは笑った。


「確かに、そうだな。向こうにもプライドがあるんだろうが、澪の前で従魔のことを口にするのが、どれだけ恥ずかしいことか、これからあいつも痛いほど分かる」


 だから、あいつが偉そうにしてられるのも、今のうちだ。と言ってガルドはまた大きく笑った。澪はまだ納得がいかないという顔をしていたが、レオンハルトの後ろ姿にヴーと唸るルーチェに、ヴァルクが大きな黒い鼻を寄せて、機嫌直せよ、と言わんばかりにぐいっと押しているのを見て、途端に顔が崩れた。


 そんな二人と二匹を、治療院の入り口からずっと見つめている、一人の司祭が居た。澪と同い年くらいの、若草色の髪の毛。ルーファスだ。その横には、少し退屈そうにしているパピヨン風従魔のエメロードがいた。


「ふふっ、いつまで見てるのかって? 僕はいつまでも見ていたいよ、違う世界から五尾様が遣わした、あの女性を。必ず、聖教でお迎えするんだ」


 言葉は柔らかいが、そこから伝わる意志は固く。なぜ、澪が違う世界から来た事に気付いたのか、ルーファスの顔に浮かぶのはただ作り笑顔だけ。

 澪は、ちょっと厄介な人に好かれてしまった、かもしれない。

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