12.ルーファス司祭と、大人げない鍛冶屋と騎士団長
第12話「ルーファス司祭と、大人げない鍛冶屋と騎士団長」
「あなたから、五尾様の気配を感じます……」
うっとりと、ルーファスが言った。両手は澪と恋人繋ぎのままで。澪は自分の顔が赤くなるのを感じ、
「は、離してもらってはダメですか?」
と控えめに聞いた。ルーファスはそれを聞いて残念そうに、ゆっくりと手を離す。
「お名前を、拝聴しても宜しいですか?」
「ええと、花守澪、です」
「ハナモリ・ミオ様……」
ルーファスは澪の名前を噛み締めるように呟いて、ニコリと笑いかけた。
「ミオ様は、イングロン王国で何をなさっているのですか?」
何を、と言われると、まだこの世界に来て二日しか経っていない。
とある俳優似の長身のイケオジに助けてもらい、宿に下宿しているところだ。
そして、ルーチェという愛する従魔と契約をした。それから、ここでガルドの力を借りながら、従魔のお手入れをして、従魔たちを幸せにしたいと考えている。
と話すと、突拍子もない事を言っている、と思われそうなので、澪は簡潔に話すことにした。
「今は、魔道具職人のガルドさんのところで、魔道具作りを手伝っています」
嘘は、付いていない。澪が欲しいものを作ってもらっている、の方が正しいが、彼にそこまで説明する必要はないだろう。
ルーファスは「うーん」と悩ましい声を上げてから、いきなり澪の手をぎゅっと握ってきた。いちいちスキンシップが多い。
「ミオ様。良かったら、僕と一緒に五尾聖教の本拠地に行きませんか? 五尾様の加護を受けた方なんて、初めて出会えました。これは、僕たちがミオ様を守り、力になれという、五尾様の啓示のような気がするんです」
(もふもふの神様は、イングロンに飛ばすって言ってたような)
うーんと、澪は悩んだ後、首を横に張った。
「ガルドさんにお世話になっていて、まだ何も恩返しできてないんです。なので、まだ私はここにいないと」
「本当に? この国が、従魔をどんな風に扱うか、ご存知ですか? 先ほどのミオ様からは、従魔を大切に思う気持ちが伝わってきました。そんな方が、この国に居て耐えられるのですか?」
ルーファスの顔はとても真剣で。澪は少し狼狽えながら、答えた。
「え、と、イングロン王国では、従魔を戦わせてる、って事は聞きました……」
「そんな言葉では、とても表しきれないんです。この国は、五尾様への信仰を捨てました……それは、五尾様の子らである、従魔を人間の道具として、盾として使い捨てるためなんです。自分たちの保身しか考えていない。モンスターとの戦いも、国境の維持も、戦争も、全て従魔を矢面に立たせるんですよ。そして、その大切な命が散ってしまっても、何の敬意も払わず、また新たな従魔を補充する」
それを口にするルーファスは、とても苦しそうで。彼も心から従魔を大切に思い、もふもふの神様を信じているのだろう。
それに対して、ガルドからも聞いていたものの、澪はその状況を目にしていないため、正直まだピンときていない気持ちだった。
「あの、従魔をそんな風に使われないよう、契約しない方法って、ないんですか?」
澪の問いに、ルーファスは瞳を見開いた。すごく驚いた、という言葉がぴったり当てはまる。
それから、悲し気に目を伏せて、ふるふると首を横に振った。
「従魔は、この世界を造りたもう五尾様が、世界に住まう人々すべてに平等に与えた我が子のようなものなのです。だから、いかなる人間でも、従魔と契約する権利がある。例えそれが、横暴な人間だったり、従魔を大切に扱わない、勝ち目のないモンスター相手でも平気で戦わせるような、最低な人間だったとしても」
その声には、はっきりと怒りが滲んでいた。
だが、ルーファスはすぐ笑顔に変わり、澪の手をぎゅっと握り直す。
「ですが、ここ五尾聖教では、違います! 従魔を大切にしない者や、従魔を傷付けた咎人には、従魔契約を許しません。ですから、イングロンの方針と衝突があり、我々はこの国を見放しました。イングロンで唯一、ここ首都には治療院を置いていますが、従魔を大切にしない者には、治療は行わない方針を貫いています。ミオ様も、同じような考えをお持ちの方だと、伝わってくるんです……」
年の近い男性に、手を握られて顔をじっと見つめられ。澪はそういう免疫がないので、居心地が悪くなって目を逸らした。
「あの、ルーファスさんのお話は、分かりました。でも私、本当にガルドさんにお世話になっていて、これから恩返ししていかないといけないんです。だから、今はここを出て行く訳にはいきません、すみません」
「そう、ですか……では、恩返しが終われば、出て行ける、ということですね? 分かりました。それまで、僕は待っています」
ルーファスの返答に、(そういう意味じゃ、ないんだけどな)と澪は困惑したが、何を言っても伝わりそうにない。そう思い、とりあえず適当に頷いてから、やんわりと彼の手を外した。
「クンクン」
澪の足元で、ルーファスの従魔が匂いを嗅いでいる。知性と自我を強く感じる、アーモンドのような形の金の瞳。スキルを使わなくても、この子の魔力回路がとても大きく、そして早いスピードで渦を巻いているのが見えた。
「あまた、すごいね、小さな体なのに」
(ヴァルクより、魔力回路が大きくて、循環が滑らか)
澪がそう話しかけると、パピヨン風の従魔は、ふっと笑ったように見えた。
(当たり前でしょ。私の契約者ルーファスはすごい司祭なの。だから私が選んだのよ)
頭の中に響く声。この部屋にいるのは澪、ルーファス、ルーチェ、そしてこのパピヨン風従魔。ということは、また従魔の声が聞こえたのだ。澪は嬉しくなって笑顔と共に、従魔の頭を撫でた。だが、一瞬撫でさせたあと、従魔はすぐルーファスの元に戻ってゆく。
「さすがは五尾様の気配を持つ方。この子は、エメロードは、誰にも触れさせない、近寄らない子なので、驚きました。ミオ様がどれだけ稀有な方なのか、分かります。本当はお帰したくないのですが、今は仕方ないですね。待っている方もいらっしゃるようですし、受付まで、お送りします」
エメロードという名前らしい。つんとした鼻先が、とても愛らしい。主であるルーファスの事を尊敬しており、大好きなのが伝わってきて、澪は笑顔になった。
ルーファスは司祭らしい、丁寧な動作で澪に、着いて来るように示し、部屋を出て円形の廊下を進み始めた。
「ミオ様は、ご出身はどちらなのですか?」
聞かれてドキッとして、澪は足を止めかけた。が、ルーチェが「早く行かないと!」と言わんばかりに、ルーファスの前まで出て澪の目を見ている。先導しようとしているのが、しっかりと伝わってくる。澪は慌ててルーファスの後ろを歩き続けた。
「えっと、言わなきゃダメ、ですか?」
怪しまれる、とは分かっているが、こればかりは話しようがない。昨日今日出会ったばかりの人に、どう説明しろと言うのか。澪は溜息をついた。
それが良く聞こえたらしい。ルーファスは澪を振り返ると、慌てて両手を振った。
「答えなくて、大丈夫ですので! 僕が、気になって聞いてしまい、失礼をいたしました。その、ミオ様の髪色が珍しくて、気になってしまったのです。こんな美しい髪色は初めて見たものですから。個人的な事をお聞きしてしまい、申し訳ありませんでした」
美しい髪色。澪を褒めたのか、髪を褒めたのか、どっちか分からないな……と澪は冷静に思いつつ、「すみません」とだけ、答えた。この若い司祭はいちいち距離が近い、そんな気がする。この世界の普通を知らないし、聖教の普通の知らないけれど、少なくともガルドは、こんな距離の詰め方をする人ではない。
そう思っていると、ちょうど受付前のベンチに座る、ガルドの姿が目に入った。長身な彼だから、ベンチに座っているのに、頭二つくらい他の人より飛び出て見える。その大きさに、なぜか澪はほっとしながら、小さく笑った。背が高すぎて、何かと困っている彼の姿が色々思い出される。
だが、ガルドの隣に座る人を見て、澪の足がピタリと止まった。
見事な長い金髪の、眉目秀麗な男性。隣には、恐ろしい毛玉だらけのアフガンハウンド。澪に怪我をさせた張本人だ。
二人は隣り合って座ってはいるものの、互いを一切見ようとしない。正面の床をじっと見ながら、なにやらボソボソと小声で喋っているようだ。
「……ラインハルト、お前、俺の言ったことをちゃんと理解してきたんだろうな」
「さて、どうでしょう。ただ、騎士として、市民を怪我させた以上、その後の経過も知っておかねばと思って来ただけです」
「ほーぉ。それなら、お前、俺が鍛えた剣をここに出せ」
「それは、お断りします」
澪に気付かないで、二人は床を見ながら小声でやり合っている。
受付の女性が「先程、大声でお話しされたので、それなら外でお話し下さい、と注意したところです」と冷たい目で二人を見ている。
その声で、二人は顔を上げた。
「澪! 大丈夫か、治療は完璧か?」
ガルドが真っ先にベンチから立ち上がり、澪の方へやってきた。ルーファス司祭が、じっとそんなガルドを見つめ、笑顔を浮かべて澪の手を握ってガルドにそれを見せた。
「ご覧ください、もう傷跡も残っていませんよ。完璧に治療してあります」
ガルドは澪の掌を何度も確かめるように見て、ほっとしたように息を吐く。だがルーファスが澪の手を持って居ることに気付くと、慌ててその手を引き離した。
「司祭だからといって、嫁入り前の女性の手を握るのは良くない」
ルーファスは一瞬だけむっとした表情を浮かべた後、すぐ作り笑顔を浮かべ、
「ガルドさん、あなたにたくさんの恩があると、ミオ様は言っていました。少し、ミオ様についてお話を伺いたいのですが、良いですか?」
ガルドは怪訝そうにして、澪の耳元に顔を寄せて小声で話しかけた。
(澪、こいつはお前のスキルを知ったのか?)
澪は慌てて首を横に振った。
(治療してもらっただけです。その時に金色の光が出てきて、それがこの人にとってすごい気になるみたいで)
(そうか……)
ガルドはしかめっ面を一層険しくすると、ルーファスにずいと歩み寄った。小柄なルーファスと、長身のガルドでは、ガルドの威圧感がすごい。
「いいだろう。俺はこいつの保護者みたいなもんだからな。話をしてやるよ」
「それでは、あちらへ……」
ルーファスは受付の裏手を示し、他の人に会話が聞こえないよう、二人で移動して行った。
そして、残されたのは、レオンハルトと澪の二人だ。なぜか、澪の方が気まずく感じるほど、眼前の男は地面を見てもじもじしている。
「あの……」
口を開いたのは、澪の方だった。




