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11.怒れる鍛冶屋と、引かない騎士と、ピンクの治療院

第11話「(いか)れる鍛冶屋と、引かない騎士と、ピンクの治療院」





「レオンハルト!!」


 ガルドが、真剣に怒鳴っている。あんなに怒った彼を、初めて見た。ガルドはすぐ澪に駆け寄り、澪のことをそっと丁寧に立ち上がらせた。


 長い金髪を優雅に揺らしながらも、騎士はガルドを見て僅かに狼狽える。


「ガルドではありませんか。この少女と知り合いのようですが、勘違いしないで下さい。私は何もしていません、彼女が勝手に私の従魔に触れようとしたので、安全の為に突き飛ばしたのです」


 彼は間違ったことは言っていない。突き飛ばしたことも認めている。

 ガルドはフン! と鼻を鳴らしてから、澪に「触るぞ、いいか?」と声を掛け、澪が頷いたら、澪の手を取ってじっと観察している。さっき、抱き起す時は相当慌てていたのだろう、触っていいかと聞く事も忘れていたようだ。


 澪の手は、突き飛ばされた時に地面に手を付いたため、擦りむいて傷つき、血が滲んでいる。

 ガルドは優しくその手に触れていたが、怒りで彼の手は震えていた。


「よく見ろ、レオンハルト。お前の従魔は、危害を加えるどころか、この子に自分から寄って行ってる。意味が分かるか? とにかく、人様に怪我をさせたんだ、ちゃんと治療を受けさせるべきだ。この手は、職人にとって命と同じくらい大事なんだぞ。お前も剣を握る手を怪我させられて、我慢できるか?」


 ガルドは心底怒っているようだった。だが、騎士の男もそう簡単に引かない。


「住民の安全のためですから。それにかすり傷でしょう。それとも、この子が何かの職人だとでもいうのですか?」


「そう言ってんだろうが、バカ野郎。いつになっても頭が固くてどうしよもねぇ野郎だ。お前に剣を打ったこと、後悔してるぜ。……次に、澪に何かしたら、剣の使用者制限者、お前を禁止にしてやるからな」


 ぐっ、と騎士の男は言葉を呑み込んだ。

 

 そこで初めて、澪は気付いた。ガルドが話していた「紹介したい貴族」とは、この男の事なのだと。確かに、あの従魔は誰より切実に助けを必要としている。だが、主に問題あり、だ。


「もういい、澪、行こう。治療院に連れて行ってやる」


 ガルドは澪にそう言い、着いて来るように促す。だが、澪は動かなかった。


「……あなたのことは、どうでもいいですけど、自分の従魔の手入れもできないのに、それを当たり前のように偉そうにするのは、許せません。手が治ったら、その子は、私が綺麗にします、必ず」


 澪は決意に満ちた声で、宣戦布告した。

 アフガンは一瞬だけ、「ありがとう」と言いたげに澪の手に頭をすり寄せたあと、主の傍らに戻る。


 それから、ガルドとヴァルク、ルーチェと連れ立って去って行く。


「くそ……なんなんだ、あの少女は」


 美形の騎士団長は、誰にも聞こえないよう、小声で呟いた。

 不快だし、心が落ち着かない。見た事のない民族のようだったが、ガルドが何処か遠くから弟子として連れて来たのだろうか。だが、従魔の手入れができる職人など――聞いたことが無い。


 結局、レオンハルトはかなりの時間そこで悩んでから、治療院に向かって早足で歩きだした。その横に付き従うアフガン風の従魔は、心なしか嬉しそうだった。





 治療院に向かう途中、眠る仔羊亭の女将が声を掛けてくれた。


「ごめんね、澪ちゃん、守ってあげられなくて。見てたんだけど、相手が騎士団長様で、貴族でもあるから、私たちのような平民が下手に関わると、お店を取り上げられたり、打ち首になったりしてしまうの」


 心から申し訳なさそうに、女将は謝ってくれた。


「とんでもないです! 私が勝手にあの人と問題を起こしてしまっただけで、それに女将さんを巻き込まなくて、本当に良かったです」


 女将は何度も謝ると、店の準備があるからと買ったものを持って店に帰って行った。荷物持ちを約束したのに、できなくてごめんなさい、と謝る澪に、ヴァルクが名乗りを上げて、従魔用荷車がそこかしこにあるので、装着して女将の荷運びを手伝う事になった。


「偉いですね、ああやって荷物持ちもするんだ」


 重たい物が山と積まれた荷車を、平然と引いて歩き去ってゆくヴァルクを、澪はキラキラした目で見つめていた。

 従魔文化が栄えている王国なのだ、荷物持ちは当たり前。ルーチェやアンジュのように、荷運びが向かないタイプの従魔もいるが、そういう子は別の仕事を持つことが当たり前とされている。

 ルーチェは、澪の大切なパートナーだ。澪にとっては、それが大事な仕事だと思う。そばに居てくれるだけで、力になる、そんな存在。


「澪。いつまでも眺めてないで、治療院に行くぞ」


 ガルドに声をかけられ、澪はもじもじしながら返答した。


「あの、ガルドさん。こんな擦り傷なら、すぐ治るじゃないですか。道具を使うのにも、そこまで支障があるわけじゃないし。治療院ってところに、わざわざ行くほどの怪我ではないような気がするんですが……」


「いや、ダメだ。治療院には、行く」


 ガルドは控えめに、だがしっかりと、澪の手首を掴んで歩き出した。先ほど買い物をしていた城下町を移動しているのだが、だんだん人が増えてきているので、お互いはぐれないためにも、気を付けないといけない。

 ガルドは自分にそう言い聞かせた。十以上年下の、嫁入り前の女性の手を掴んで歩くのは、本当のところ、マナー違反もいいところだ。ここにもし女将がいたら、大声でどやされていただろう。


 だが、女将も居ないし、掴まれている当人の澪は、そういうことが気にならない性分のようだ。それか、ガルドの事は異性として、男性として、全く意識していないのだろう。


(それは、それでいいんだが……なんだろうな、変な気分だ)


 この気分は、まるで――自分より上手い鍛冶職人の作品を発見してしまった時のような――いや、それとも違う。ガルドは首を振った。かつて感じた事の無い、気分なのかもしれなかった。


 二人と一匹は、無事に治療院に到着する。


「わぁ」


 澪は治療院を見て、感嘆の声を上げた。城下町の、それぞれの趣を凝らした風の建物が並ぶ中、治療院はピンク一色の建物だったのだ。建物には、五つの尾を背負う犬のようなシルエットが書かれている。


「もしかして、これって……」


「神様だ。五尾の主、と呼ぶ奴もいる。イングロンは五尾聖教と仲が悪くてな。だが治療を行えるのは聖教の司祭以上の者のみ。だからイングロンで唯一の、聖教の建物が、ここだ。お前をこの世界に呼んだ神様を信じる連中だからな、気が合うかもしれんぞ」


 冗談を言うガルドは珍しい。澪は「だといいですね」と笑って答えた。

 ピンク一色の建物に入るのは勇気が要るが、ガルドはズンズン進んで行く。やがて、白い服に色つきの線が入った服を来た、治療院関係者と見てわかる人達が増えて来た。


 入って長めの吹き抜けを進むと、受付になっているようだ。


「五尾の主に祈りを捧げて下さい」


 受付の白い服の女性に言われ、ガルドは軽く頭を下げる。その意味を女将から聞いたばかりだったので、澪はびっくりしつつも、隣で同じように頭を下げた。

 神様に、自分の命を預けます、という意味なのだろうか。


「それでは、治療を施す準備をしますので、献金をお願い致します」


 献金。それを聞いて、澪は慌てて「お金がかかるなら、大丈夫ですっ」とガルドに向き直った。が、止める暇もなく、ガルドはもうすでに用意していた硬貨を、受付の女性の持つ箱に入れた。


「それでは、怪我をしている方だけ、こちらへ」


 別の白い服の女性がやってきて、自分について来いと示す。

 ガルドは「行ってこい」と澪の背中を押した。ルーチェは「ワン!」と高らかに吠え、その声が建物の中を反芻する。


「ふふ、とても美しい従魔ですね。手入れが行き届いており、魔力が豊かに流れています」


 澪を先導する白い服の女性が、笑顔でルーチェを褒めた。我が子を褒められて、嬉しくない飼い主などいないはずがない。


「そう見えたなら、嬉しいです! この子自身の生きる力があって、今があるので。私はただ、お手入れしているだけですから」


 澪がそう言うと、女性はいきなり立ち止まって、じっ、と澪を見つめた。笑顔ではあるが、とても真剣な眼差しで。澪が焦り始めると、ニコリとしてまた前に進み始めた。


「こちらのお部屋へどうぞ」


 女性が示したのは、円状の廊下に並ぶ一つの扉だ。簡素な造りだが、その扉にも五尾の白い犬のシルエットが描かれている。澪の脳裏に「ごめんねぇ」とのんびりとした口調の神様が、ふわりと浮かんで消えた。


 部屋に入ると、そこには簡素なベッドと木製の背もたれのある椅子、それにただの丸椅子、小さなテーブルの上には水差しとコップが置かれている。


「そちらの椅子へどうぞ。背もたれがある方が、楽でしょう。かけたら、怪我を見せて下さい」


 澪は椅子に座ると、両手の手のひらを見せた。


「こんな小さな怪我で、すみません」


 つい、謝ってしまう。こういう場所にはもっと大怪我をした人が来るもの、だと思うから。こんなかすり傷で大げさだと思われるのではないか。


「大丈夫ですよ。皆様、様々な怪我やご病気で来られます。どんな症状でも、私たちは五尾様の慈悲の心を持って、治療致します。司祭が参りますので、ここでしばしお待ちください」


 笑顔で女性は部屋を出て行った。処置室までの案内役であり、症状を確認する係のようだ。


 澪はまじまじと自分の両掌を見た。親指の付け根のところから手首に近いところまで、皮が擦れてめくれて血が出ている。傷の中に砂利や砂も入っている。思っていたよりひどいのが、親指の付け根のところで、石畳の角で切ったのか、皮がぱっくり裂けている。しかも、右手だ。


(治療してもらえるのなら、良かったかもしれない。後でガルドさんにたくさんお礼を伝えて、私がガルドさんの役に立てることがないか、聞いてみよう)


 そんなことを考えていると、扉がノックされたので、澪は反射的に返事をした。

 扉が開き、白地に銀糸で帯状に線を縫ってある、高そうな服を着た男性が入って来た。男性と言っても、澪と同い年か、もしかしたら幼いかもしれない。


 男性の髪が柔らかくも深みのある若草色で、珍しい髪色だなと澪は見惚れてしまった。瞳も大きな二重で、アイドル顔というのはこういう顔を言うんだろうな、と澪は心の中で思ってしまった。


「お待たせしました。司祭のルーファスと申します。治療を担当させていただきます」


 見た目よりずっと大人びた表情と声音で、男性は澪の向かいに丸椅子を置くと、そこに腰かけて、澪に向かって安心させるような笑顔を向けた。

 まだ開いたままの扉から、男性に続いて何かがするりと入ってくる。蝶を彷彿とさせる大きな立ち耳と、それを彩る豊かな飾り毛。セーブルアンドホワイトの、見事なパピヨンが入って来たのだ。


(わぁ、可愛い! それに、この世界で見た犬の中では、凄く綺麗)


 パピヨンのシルキーなコートは扱いづらい。コートの大半が白い事もあり、すぐ汚れが目立つ上、毛が長くもつれやすい。なのに、この子はもつれも汚れもないのだ。


「すごく、綺麗な子ですね」


 思わず、言葉が零れた。

 男性はその時初めて、大人びた司祭の仮面を落としたかのような、あどけない年相応の笑顔を浮かべた。


「そうでしょう? 毎日、手入れの時間を作っています。この美しい姿で、僕を癒してくれるんです」


 これは、とっても親ばかな飼い主さんだ、と思いつつ、澪は「素敵です」と心から答えた。親ばかで何が悪い。手入れができないのに開き直って、威張っているやつに、見せてやりたい。


「あ、治療を始めるので、怪我を見せて下さい」


 男性は慌てて仕事モードに戻り、澪が差し出した両掌をじっと見つめた。


「これは、酷い傷ですね。痛かったでしょう。これより、魔道具を使って治療を始めますが、かゆかったり、熱く感じて我慢できなくなったら、言ってください」


 治療用の魔道具があるんだ。澪はそれに感心しつつ、頷いた。かゆみや熱感。できるだけ我慢しよう、と心に決める。


 司祭は水差しの中の液体をコップに少しだけ流し入れ、それで自分の両手を濡らした。

 それから、濡れた自分の手をそうっと、澪の傷に重ね合わせた。一瞬、ちくりとした感じがしたが、すぐそれは温かくて心地良いものへと変わった。


「これは……」


 二人が掌を合わせていると、周囲に金色(こんじき)のの魔力循環が見えた。


「一体どういう……」


 司祭が、何故か狼狽えている。澪はよく分からないので、かゆみと熱感に気を付けようと言い聞かせていただが、そんな感じは全くなく。むしろ、心地良い温かさが掌を包み込んでいる。ずっと、その状態が続いているのだ。


 やがて、金色の魔力がゆっくりと消失してゆき、司祭が手を離すと、澪の擦り傷はすっかり綺麗に治っていた。


「わぁ、すごい」


 澪が驚きの声を上げる。するとルーファスは澪の両手に自分の両手を合わせ、指と指を絡めて、俗に言う恋人繋ぎ、をしてきた。


「すごいのは、あなたです! あなたは、五尾様の加護を受けているのですね」


 もふもふの神様のご加護、確かに受けてるかもしれない。


 だからって、同い年くらいのアイドル顔男子と恋人繋ぎは、ちょっと恥ずかしいが過ぎる。

パピヨンは、愛玩犬として知られていますが、

実は体育会系小型犬でもあるのです。素早さを備え、賢さもあるのでアジリティなどでも活躍しています。

その一方で、美しい見た目を維持する大変さや、生まれ持った骨の細さ、骨格による関節痛などに悩んでいる子も、います。


愛くるしい顔、賢い性格、人の良きパートナーそのものですね。

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