爆発落ちから始まる魔法学校生活
その日のナンニイェ魔法学校は普段と全く変わりがなかった。
錬金術の授業の最中、金髪の生徒がわざと足を伸ばして、狼人間を引っかけ、ウサギの耳をつけた生徒が隣の妖精達の大鍋に何かを忍ばせる。極々、普段通りの治安の悪さであった。
真っ黒い猫耳に揃いの尻尾をつけたガットが、巨人とも兼用している大きな梯子をえっちらおっちら上っていき、上で散々悩んでから「モルテー! 一番大きな一角獣の角とったー!」と大声で下に向かって叫んだ。
「ガット! 使うのは二角獣の角だって!」
それを受けて梯子下にいた白髪のモルテは大鍋を混ぜながら、その大声に返す。
「何!? 聞こえないー」
ガットは多少大雑把というか、ちょっと抜けているところがある少女だ。大鍋を任せるよりかはマシだとモルテは思ったのが、このまま機嫌を損ねると正しい材料を持ってこないまま、棚の上で昼寝をしかねない。
手伝いに行くべきか迷ったモルテが、大鍋の火加減を見ている相方の生徒を見た。
「僕一人でやってみなよ、たちまちこの大鍋にはこの世の全てが詰め込まれて、大爆発。ジ・エンド。世界は終わるよ」
その相方、シヤンが白い犬耳をへにゃりと垂らし、肩を竦める。その尻尾は足の間に隠れるまではいかないが、ずいぶんと元気がなくなってしまったように見える。
彼の言う通りである。シヤン一人になった瞬間、この大鍋は物理的に火を吹かされることになるだろう。それは、彼が犬の獣人だから差別されている、というわけではない。純粋にこの魔法学校の治安が悪いからだ。モルテは入学して半年にも満たない生徒だったが、そういう最悪の信頼だけは確固たる物として存在していた。
「モルテー?」
上からガットの声が降ってくる。それに答えようとモルテが視線を上げ、ちょうどガットが振った尻尾がガラスの瓶を落とした瞬間を目撃してしまった。
「あ」
モルテが間の抜けた声を出す。
見惚れるほどに美しい放物線を描きながら落下するガラスの瓶。その中には何かの液体で満ちている。赤、青、緑、次々と色を変えていくのは光の加減だろうか。最後にその液体が虹色に光り、ドス黒く変わったのをモルテの瞳はとらえた。いや、色どころか粘度も変わり、水のようだったそれがスライムのような動きをしているようにすら見える。
だが、それも一瞬である。
一瞬でそのガラスの瓶はゴリラの獣人の頭頂部を容赦なく殴り、そのまま手元の大鍋へと鋭い角度で滑り込んでいった。
唖然としながらそちらをみる。
ゴリラの獣人は頭を手でさすり、黙り込んだ。
そして、きっかり十秒後、その口から凄まじい雄叫びをあげた。教室内の空気が衝撃で揺れ、モルテがひっくり返りそうになるほどに強烈な雄叫びである。
突如あげられた絶叫にひっくり返ったか、攻撃だと思ったのか、それに対抗して誰かが物を投げたらしい。そして、一つ物が投げられると、それは急速に広まり、物も罵声も容赦なく飛び交い始める。
「辞めろ、お前たち!!」
自分の首を両手で掲げた先生の怒声が響く。この騒ぎでまた落ちてしまったのだろうか。
このままでは授業どころではない。先生に協力して事態を納めないと放課後に再授業されかねない。モルテがそう考えたところで、何かが後頭部に当たった。
──生温かい。
嫌な予感を感じながら、それを手で掴んで見てみれば、粘つく何かは、臓器だったらしい。しかも、まだ脈打っている。
最悪である。
モルテが大きな溜め息を吐いて手元に目線を戻せば、刻んでいた虹色芋虫は、まだ元気にのたうち回っていた。
時折、モルテは思うのだ。
こんなはずではなかったと。
ナンニイェ魔法学校は名門といっても、差し支えない魔法学校である。世界でも有数の長い歴史を持ち、卒業生だって色々な分野で活躍している学校だ。
いや、学習内容はとてもレベルが高い。モルテの居た田舎では、とてもではないが学ぶことができないものばかりだ。そこについては満足している。
だが、自分の中の名門校のイメージはもっとお上品で・・・・・・と考えを浮かべようとしたが、誰かのジョークグッズ──どっきりなんちゃってマンドラゴラの叫び(デスメタル編)──で思考をかき消される。
実に普段通りの喧噪と治安の悪さであった。
「おい、ふざけんな!」
誰かの叫びが聞こえ、一拍遅れてポップコーンが破裂したような音が響く。
思わず目をやると、スケルトンたちの大鍋は妙に波打ちカートゥーンの様に輪っか状の煙を連続して打ち上げていた。動いている蒸気機関車はこういう風に煙を出すものだ、というお手本を見せつけられているかのようだ。
非常にポップな動きをしているが、どうにも、その煙を吐き出すタイミングが段々と早くなっているようで落ち着かない。
まるで、何かのカウントダウンのようだ。
「何投げやがった!」
どうやら、大鍋に何かを投げ込まれたらしい。
スケルトンが真後ろの生徒たちを、恐らく憤怒の形相で見渡した。しかし、肉のない彼の表情を判別できたのは極僅かだろう。
「落ち着きなさい! まずは大鍋から・・・・・・」
先生がそこまで言ったのを、モルテの耳は確かに聞こえた。
だが、聞こえたのはそれまでだった。
突然、汚い汽笛のような──あるいは、とんでもなくデカいゲップの様な不愉快な音が耳をつんざく。
音の出所を探して、モルテが高い天井を見上げた。
まさか、ガットではないはずだとは思っていたのだが、そこにいたのは、スケルトンたちの大鍋から出ていた煙である。
その煙が教室を見下ろしながら、大口を開けて邪悪に笑っていたのだ。
奇妙な静寂の中で、ソレは輪っか状の煙を振りまきながら、空中をぐるぐる旋回していく。
まるで、獲物を探すような不穏な動きである。
そして、ソレの旋回した先にいたのは、真ん丸く目を見開いたガットだ。
周囲の視線を一身に受け、ようやくそれが自分めがけてやってきていることに気付いたらしい。ガットは足をバタ付かせながら、梯子を降りようとし飛び降りた。
だがまるでコメディーのように、あるいは追いつめられた幼児向けカートゥーンのヴィランのように、妙にコミカルに足を梯子に引っかけ、ガットの身体は空中に放り出された。
梯子に足を引っかけたせいで、回転が加わりながら落下するガット。なぜかその姿はスローモーションに見えた。
無音である。
無音であるはずなのだが、なぜかモルテの脳内には優雅なクラシックが流れ始めた。
ゆっくりとバレエダンサーの様に回転しながら、いっそ優雅に落下していくガット。
脳内をゆったりとしたピアノとヴァイオリンの旋律が流れる。
未だに頭頂部をさすり続けていたゴリラの獣人、彼の眼前を華麗に通り過ぎるガット。
脳内の指揮者が優雅に、しかしゆったりと奏者達に合図を送る。
眠気すらも感じるほどの優しいテンポの演奏、暴れることで更に回転がかかるガット。
彼女が落ちる先は当然、ゴリラの獣人たちの大鍋である。
現状を飲み込むことができずに、ただただポカンとしていたガットの顔が、大鍋が近づいていくにつれて、段々と驚愕に染まっていく。
ジワジワとその表情が変化し、叫びだそうと大きな口を開け──
ポチャン、という音が本当に聞こえたのか、脳が勝手に補完したのかは分からない。
無音。
沈黙。
静止。
気まずい沈黙の中、恐らく誰もが「ついにヤった」と思ったはずだ。
モルテの脳内には「こんな学校ですし、いつか殺人者がでると思ってました」と自分がインタビューを受けている映像が浮かんでいた。
「──!」
恐らく正気に返ったらしいゴリラの獣人が、必死に大鍋に木ベラを突っ込む。このままいけば、彼が殺人者の汚名を着せられかねないと気が付いたのだろう。
「────!!──!」
必死の形相だった顔が一瞬安堵したように緩み、そして落ちてきた梯子で後頭部を強打された。
そして、そのままゴリラの獣人も大鍋に上半身を突っ込み__
「いたっ」
思わずモルテが声を上げた。
頭に何か当たったのである。
彼女がゆっくりと、顔を上げた。
そして「あぁ、そうか」とモルテは理解した。
ガットは結構な高さを落ちたのだ。
梯子を倒した上に魔法薬の材料をとっている途中で、だ。
視界に広がるのはドミノ倒しにされていくガラス瓶達、上から降ってくる何かよく分からない粘液と薬品、そして、大口を開けて爆笑している邪悪な煙。
カッと眩い閃光が走り──我らが愛しのクラスメートたちは爆発した。
「爆破落ちなんてサイテー!!!」
その人生の最期に背後から、クラスメートの蛇の絶叫が聞こえた気がした。
**
「というのが、我がクラスが爆発霧散した理由です」
「思った以上に最悪でしたね。まだ、科学テロリストたちに襲われたという方がマシでしたよ」
私がクラスメートが爆散していった理由を語ると、ふわふわの毛の塊──というか、柱に見える学園長から呆れた声が漏れた。その声はくぐもっており、男女の区別はつかない。いっそ、その言葉が聞こえている事自体が不思議なくらいである。
「全く、あなたたちと来たら、一分に十回は問題を起こさないと気がすまないんですか? 私が学生の頃はもっと、皆バレないように、気を付けて──いえ、大人しくてですねぇ。大人には迷惑をかけないようにしていたものです」
「はぁ・・・・・・」
私の隣にいる教師は爆発で首をなくしたらしく、胴体だけになってしまった。その胴体も所々焦げており、若干香ばしい。そして、怒っていますという動作を何度も私に向かって続けている。首がないのにどうやって周りの風景を視認しているのだろうか。後、別に私がクラスメートたちを爆発させて殺したわけではないし、私は何一つとしてブン投げてはいないのに、理不尽ではないだろうか。
だがそんな世の不条理よりも、今は自分の頬にへばりつく何かが気になって仕方がない。鏡で確認もできずに、学園長室まで連れてこられてしまったのだ。
「ともかく、もうすぐガットさんが復活しますから、クラスメートを蘇らせるための魔法薬の材料は、あなた方が二人でどうにかすること! 分かりましたね、モルテさん!」
「え」
学園長の命令に対して、私が出した間の抜けた声は爆音にかき消された。
学園長の声が大きかったのではない。
学園長室にドラゴンが突っ込んできたのだ。
そう、気が付けば、外から校舎に突っ込んできたらしいドラゴンの首が、私のすぐ隣にあった。
思わず、その首を見ると、ぱちくりと目を瞬かせるドラゴンと目が合う。
ドラゴンはしばし呆然と室内を見渡し、そして、そこが学園長室であると気が付いたらしく、慌て始めた。
きっと、先輩なのだろう。
この学校の生徒はその多数が学園長室に呼び出され、説教を受けた経験があるので、学園長室が苦手なのだ。
ドラゴンの首が持ち上がると、元々隣にいた教師の胴体がその下敷きになっていたのが見えた。
ピクピクと動く身体は、殺虫薬をかけられた死にかけの魔虫のようである。
ドラゴンは何とかここから抜け出そうともがいているが、首が学園長室にジャストフィットしてしまったらしく、なかなか抜け出せない。それに更に焦ったドラゴンが校舎に爪を立てているのか、壁からは不穏な音がし始めた。
外からは歓声が響き、誰かが下から放った攻撃魔法がドラゴンや校舎に当たっていく。
おそらく、このドラゴンのクラスメートたちが面白がっているのだろう。
誰かの失敗が大好きな、実にナンニイェ魔法学校の生徒たちらしい挙動である。
飛んできた魔法の一つがドラゴンの堅い鱗に弾かれ、学園長室のトロフィーへと当たって燃える。
炎魔法だ。
ドラゴンに炎魔法を放つなんて、なんて馬鹿馬鹿しい・・・・・・いや、そもそもクラスメートに攻撃魔法を放つなんてありえないことだ。
駄目だ。大分、ナンニイェ魔法学校の治安に毒されている。このままでは、普通の生活に戻れないかもしれないと私は頭を抱えたくなった。
ドラゴンに水魔法が当たり、その首を伝うようにして、学園長室に水が流れ込んできた。小さい頃、両親に連れて行ってもらったプールにこういう滑り台があった気がする。もちろん、それは本物のドラゴンではなかっただろうけど。
「──あなたたち!!」
学園長の怒声が響き、私は巻き込まれる前に学園長室から飛び出した。
今日も散々な一日である。
長い長い廊下を駆け抜け、ホールに出る。
そこにあるのは上下する魔法移動ボードの大群だ。
校舎内の自立飛行も飛行魔法も禁止されているので、上下移動する際には、生徒も教師もこのボードに乗って移動をするのだ。
動き回るボードたちの中から大人しそうなものを探し出し、いくつかのボードの上を飛び跳ねて、それに乗る。
以前シヤンが乗ったボードは酷かった。上下移動ボードのはずなのに、左右どころか斜めに突っ切っていったのだ。反抗的にもほどがある。もしかすると、機嫌でも悪かったのかもしれない。
その点、このボードは「自分は上下に移動するものだ」と心に決めているらしく、左右へのずれもなく穏やかだ。
時折ジェンガのように変わっていく部屋を流し見る。半年たつが、どうにもこの景色には慣れない。私が居たナーベ大峡谷には、こういう建物はなかった。というのも、この魔法はかなり古い、そして珍しい魔法らしい。しかし、これを誰がかけたのは分からないのだという。魔法と科学の戦争が始まるずっと前のことらしく、戦争のせいでそれに関する資料は残っていないらしい。
学園長室や保健室は大人しい部屋を選んだらしいので、あまり動くことはない。しかし、一年の寮は悲惨である。この間は部屋から出たと思ったら、そこは上級生用の風呂場だった。そして、扉を閉じきる前に寮の方は私たちを置いて、さっさとどこかに行ってしまったのだ。こういうことが何度もあった。おそらく、一年だからと悪戯好きの部屋を押しつけられているのだろう。一刻も早く進級したいものだ。というか、一刻も早くこの治安が悪い学校から卒業したい。
それにしても、クラスメートたちを蘇らせるための魔法薬の材料を持って来い、だなんて、面倒事を押しつけられてしまうとは。
クラスメート分の材料を一人で全部探し出すなんて、冗談ではない。探すだけでも大変だろうに、それを運ばないといけないなんて、さぞやキツイことだろう。
だからこそ、絶対にガットと合流して、せめて二人で分担したい。
ガットは今どれくらい復活しているのだろうか。爆発した大鍋にダイブしていたのだから、もしかすると影も形もない状態から復活しているのかもしれない。いくらガットが死に耐性があるといっても、一から身体を復活させるのは流石に時間がかかるのだろうか。
「出て行きなさい!!」
上空から凄まじい怒声が響き、何かが落ちてきた。
黒い棒のようなモノが垂直に落ちて来ている。
何だろうかと目を細めるが、移動速度が速いうえに逆光でよく分からない。
それは私のギリギリをすれ違うように落下していく。
そして、それと視線が合った。
ガットだった。
「あ」
そう声が出た頃にはガットは遙か下方にいた。
上空からは、機嫌の悪い尻尾が空気を叩きつける音が響いている。きっと、あれは鰐の尻尾であり、保険医の尻尾だろう。
ガットが何かしでかして、保健室から追い出されたに違いなかった。
数秒。
下方から雑巾を切り裂いたような汚い悲鳴が響いてきた。
ガットが誰かを巻き込んだか、誰かを下敷きにしたらしい。
一瞬だけ、下から聞こえる音が消えたが、その後は普段通りの喧噪が戻ってきた。
ナンニイェ魔法学校の落下事故は、一々気にしてられないほどには多いのだ。
**
「だからさー、あたしは別に悪いことはしてなくてー」
ガットが抗議の声を上げる。
「図書館では静かにしなよ」
それを私は宥めながら、戸棚の本を物色していく。
「あと、蘇生魔法薬のレシピ、ガットも探して」
日用品魔法、これは違う。
決闘用魔法、気にはなる。
蘇生って何のジャンルなのだろうか。
医療魔法?
「でもさ、本当に少し。少しだけ、ネズミの獣人をカジっただけなんだよ」
「思ったより、全面的にガットが悪そう」
この化け猫、ネズミの獣人をカジって、保健室から文字通りに叩き出されたのか。
治療中に、患者同士で食物連鎖しようとしていた、なんて冗談ではない。
それは、出ていけとも言われるだろう。
食べるな、クラスメートを。
食物連鎖をクラスで起こすんじゃない。
先輩にドラゴンもいるんだから、それ起こしたらもう全滅必須だろうよ。
「というか、探しモノなら司書に聞いたらよくない?」
「・・・・・・」
ガットが黒い尻尾をぱたんと揺らす。
司書さん。
この魔法学校の司書さんは虫人である。
ナーベ大峡谷のような田舎には全くいない人種なので、初めて見たときは驚いてしまった。
それ以降も、どこを見ているか分からない瞳と、少し当たったら折ってしまいそうなあの四肢をみると、どうしても緊張してしまう。
これは差別的な考えなのかもしれないと思うと、口に出せたことはないけれど。
「まぁ、でも分かるよー」
ガットが数度頷く。
分かる、のだろうか。
私は自分が田舎者だから、こういう前時代的な差別思考をしてしまっているのかと思っていた。
「司書さん見てると、こう・・・・・・パンッてしたくなるよね」
ガットが両手で空中に向かって、不穏なパンチングをし始めた。
どうやら、私とガットは全然分かり合えていないらしい。
「辞めろ! 司書さんの腕が取れたらどうするんだ!」
「それはそれで・・・・・・」
「よくない!!」
図書館だということも忘れて、大きな声でガットを諫めてしまった。
“静かに”
そして、噂の司書さんからも怒られてしまった。
このどこから言葉が出ているのか分からない、頭に響く言葉も少し苦手だ。
結局、ガットが司書さんに聞いてくれて、いくつか魔法薬の専門書を見繕ってもらってしまった。
「材料はチャービル、シーブ・イッサヒル・アメル、アムリタ、マートル、ネクタル、ベラドンナ、ハオマそして血石の粉末。
蘇生の魔法薬を作るときは、きちんと魔除けされた護符に囲まれた場所ですること、なんて注意書きがあるってことは護符もいるね」
探してもらった本の一つ、それから蘇生薬のページを見つけ、ノートにメモを取る。
「ラベンダーの小枝を撒いたんじゃ駄目なの?」
「護符って書いてあるんだから、護符の方がいいでしょ」
「そっか。あ、あと、ヘンルーダもいるみたいだよ。入れないと復活した身体を悪霊に乗っ取られるんだってさぁ」
横で違う本を捲っていたガットが、付け足すようにそう言った。
「ヘンルーダ? こっちの本には、書いてないみたいなんだけど」
私が見ていた本には、そんな記述は見あたらない。
「それ古い本だからじゃない? もしかしたら、その本が書かれた頃は、悪霊が身体を乗っ取った死体がそこら中にいたのかも」
ガットの言葉に思わず眉をしかめる。
蘇生したクラスメートの中身が全く知らない存在になる、なんともゾッとしない話だ。
「でも、これを、全部探すって事はさぁ。大冒険だよね」
ガットの方は何も気にしてなさそうに、私の手元を覗き込む。
「あー・・・・・・」
「そもそも、どこにあるんだろうね、これ?」
「あー・・・・・・」
それである。
学園長は蘇生の魔法薬の材料を私たちで用意しろと言った。
つまり、二人でこの材料を集めるために、世界でも回ってこいと言うことだろうか?
ガットと二人で?
「というかさ、蘇生魔法薬って、いつまでに使わないといけないんだっけ? あたしは命が九つあるから詳しくないけどさ、死体って放っておいたらゾンビになっちゃうんだよね」
「は?」
ガットの何気ない言葉に、思わず低い声が出た。
「『ゾンビになっちゃう』っていうのはさぁ、アンデッド差別なんかないの?」
そう、さすがにそこは聞き捨てならない。
アンデッドになることを『なっちゃう』と表現するのは、正直いい気がしない。
「あー・・・・・・モルテって・・・・・・」
「『黄泉がえり』」
「あー・・・・・・」
ナーベ大峡谷はその昔、流行病で壊滅しかけたことがある。
死んでも蘇るといえども、死ぬのは痛いし怖い。死なないに越したことはないのだ。だから、大峡谷から去っていく人間は段々と増えていったらしい。そうして、人口減少によってナーベ大峡谷は壊滅の危機に陥った。そこから、逆転の発想をして『苦しんで死ぬ前に、死んでから『黄泉がえり』の身体で安全に生きる』ことを選んだのが、私たちのご先祖様である。
四年に一度の祭りで子供たちの健康と安全を祈って、黄泉がえりにする──その文化は今でも、ナーベ大峡谷には残っている。
「ごめん、悪かったってば。本当にそういうつもりなくて」
ガットが尻尾から力を抜いて垂れさせた。その耳からも力は抜けている。
どうやら、私が黄泉がえりだということを、完全に忘れていたらしい。
──蘇生魔法薬。
実は、これもナーベ大峡谷では見たことがないものだったし、存在も知らなかった。
蘇生魔法薬とは、黄泉がえりになる前に使用すると、元の状態に巻き戻して、そのまま蘇生する魔法薬なのだという。
黄泉がえりになった方が健康に過ごせるとは思うのだが、まぁ、それぞれの考えというのがあるのだろう。
そして、そういう魔法薬がある程度には「アンデッドになる」というのは、世の中からは避けられていることらしかった。
「・・・・・・悪意がないのは分かってるし、アンデッドにいい印象はないのも知ってる」
「本当に、ごめんてば~」
ガットが上目遣いで私に視線を送ってくるのを、片手で払う。
先ほど私は司書さんに対して関わると、自分が差別的になってしまわないかを心配をしてしまったが、こういうことがあるからである。
一対一で関わって、いい人間だと思っても、ポロリと出た言葉で相手を傷つけやしないかと不安なのだ。
こちらはただでさえ閉鎖された田舎の出身なので、自分では分からない偏見に満ちているのだと思っている。
破裂音が響く。
そして、その次の瞬間には、眼前に白い毛玉が佇んでいた。
「うわ、学園長ッ!!」
一足先にその正体に気が付いたらしいガットが、文字通りに飛び跳ねた。そして、その化け猫の脚力で、本棚に爪を立てて、宙ぶらりんになる。
「モルテさん、もうギルトに注文の電話はしましたか? 早くしないと、しまってしまいますよ!」
毛玉が──いや、学園長がそんなガットを無視して喋り始めた。生徒の奇行を一々気にしていたら、ナンニイェ魔法学校の学園長は勤まらないのだろう。それか、シンプルに視界不良で見えていないのかもしれない。
「いや、今、蘇生魔法薬の材料を調べて・・・・・・なんですって?」
急かす学園長に口答えしようとして、聞き直す。
「ん? もしかして、あなたたちはまだ蘇生魔法薬の材料を知らなかったから、ギルドに注文できなかった、ということですか?」
「はい・・・・・・いや、え? 注文?」
「はい、注文ですとも。ギルドに注文をすれば、明日の朝に材料を学校に届けてもらえるんです。先輩たちから聞いていなかったのですか?」
「いや、聞いてません! 聞いてませんからね、そういうことは!!」
なんでもなさそうに続ける学園長に抗議の声を上げる。
「というか、あの先輩たちが、私たちに素直に教えてくれるわけないじゃないですか!」
当然のように初耳のことばかりである。
“図書館では静かに!”
再び脳内に司書さんの言葉が響いて、口を噤む。
また、図書館で大きな声を出してしまった。
「そうでしたか、はいはいはい」
学園長、というか毛玉がその場で上下する。
頷いているのだろうか。毛が深すぎて何も分からない。
「今回は私の方から注文しておきましょう。あなたたちは明日、先生が蘇生魔法薬を作るお手伝いをするように」
それだけ言うと、再び凄まじい音を出して毛玉が消えた。
恐らく、そういう魔法なのだろう。
どんな魔法なのかはよく知らないが、図書館で使うのには向いていない魔法だということだけは分かる。
“何度も、大きな音を出さないでください!!”
「モルテぇ、降りられない」
「・・・・・・」
材料をどうにかしろというから、外出して採取をしなくてはいけないと思いこんでいたが、まさかギルドに注文すればいいだけだったとは。
なんとなく、肩すかしを食らった気分である。
まぁ、確かに材料の採取から始めると、取り終わる頃には皆アンデッドになって、薬いらずになっているだろう。
「モルテぇ、助けて、助けて・・・・・・」
情けないガットの声が響く。
「分かった、分かった。ちょっと待って・・・・・・」
図書館での生徒による魔法は禁止だ。
以前、生徒が使った魔法で貴重な本を壊し、司書さんから学園長に凄まじい抗議をいれられた結果らしい。
そういうわけで、ここでは魔法を使うことはできないので、梯子を使うしかないわけだ。
司書さんへと足を一歩踏み出し、少し戸惑う。
田舎では見なかったし、こちらに来てからの私にも虫人の知り合いはいない。
もしかすると、失礼なことをしてしまわないだろうかと思うと、踏み出した足を戻したくなる。
だが、今はガットの危機である。
なんとか、また一歩進んで、司書さんに近付いた。
「あの!」
声を出したところで、図書館には不釣り合いな大きさだったかと、ボリュームを絞る。
「あの・・・・・・ガットが本棚にぶら下がってしまって・・・・・・梯子かなにかありませんか・・・・・・」
視線を彷徨わせかけるが、なんとか、司書さんを真っ直ぐ見ながら言うことができた。
“本棚にぶら下がる? あぁ、獣人でしたね・・・・・・梯子なら、今はたしか・・・・・・”
司書さんは相変わらず、どこを見ているか分からない剥き出しの瞳を空気にさらしている。
“禁書の方でしたね。すぐに持ってきます”
「あ、手伝いましょうか?」
“いえ、大丈夫ですよ”
私は思わず司書さんの細い腕をみる。梯子どころか、本を一冊持っただけでへし折れてしまいそうだ。
「・・・・・・え、えっと、で、でも、重くないですか?」
“心配してくれて、ありがとう。でもこの腕は見た目ほどか弱くは・・・・・・”
景気のいい音が聞こえた。
「あ”あ”!!」
情けない悲鳴の後、続いて、図書館に不釣り合いの大きな音が響く。
「痛ったい!! これ絶対に骨が・・・・・・痛った!! ちょ、痛い痛い!!」
そして、本らしきものが床に叩きつけられていく音がした。
「本の雨が・・・・・・いや、なんか穴あいた!! モルテ!! なんか床に穴あいた!! なんかいる!! 穴になんかいるって!! 痛い!! 本の角刺さった!!」
「・・・・・・」
“・・・・・・”
どうやら、遅かったらしい。
☆とブクマに感想いつもありがとうございます!
過去作が、時々ランキングにお邪魔させていただいているようです
楽しんでいただけているなら、嬉しいです




