EP 7
大家さんは「罪を憎んで人を憎まず」
シェアハウスの1階には、異質な空間がある。
重厚なマホガニーの扉には、金色のプレートでこう刻まれている。
『リベラ法律事務所』
扉を開けると、そこは別世界だ。
クラシック音楽が静かに流れ、芳醇な紅茶の香りが漂う。
アンティーク調の家具で統一された執務室の奥、革張りのチェアーに座っているのは、プラチナブロンドの髪を揺らす絶世の美女。
彼女こそ、このマンションのオーナーにして、ゴルド商会会長の愛娘、リベラ・ゴルドだ。
「……そうですか。魔導具店から宝石を盗んでしまったと」
リベラは、手作りのマカロンを依頼人に差し出しながら、慈愛に満ちた微笑みを向けた。
依頼人は、凶悪な顔つきをしたオークの男だ。手錠をかけられ、小さくなっている。
「ち、違うんだ! 俺はただ、魔力が切れて腹が減って……つい……」
「ええ、分かりますわ。社会の福祉システムが不十分だった。それが貴方を追い詰めたのです」
彼女は紅茶を一口啜り、きっぱりと言い放った。
「どんな人にも、最初から悪人などいない。私はそう信じています」
「せ、先生……!」
「ですから、安心なさい。この裁判、必ず『無罪』にしてみせますわ」
オークは涙を流して感謝した。
まさに聖女。法の女神。
……だが、彼女の『戦術』は、女神というより悪魔に近い。
◇
数日後、裁判所。
「検察側の証人である店主が、証言を拒否しました」
法廷がどよめいた。
本来なら「こいつが犯人だ!」と証言するはずだった被害者の店主が、なぜかニコニコしながら証言台を降りていく。
「い、異議あり! 弁護人が証人を買収した恐れがあります!」
検察官が叫ぶが、リベラは優雅に立ち上がり、扇子で口元を隠した。
「失敬な。彼はただ、我がゴルド商会の『海外支部長』のポストに魅力を感じ、ご自身の意思で就職されただけですわ。これから赴任地へ向かうため、裁判に関わっている時間がないのです」
「そんな偶然があるかぁぁ!」
「偶然です(キッパリ)」
さらに彼女は、裁判長に向かって分厚い書類の束を提出した。
「これは、被告人の減刑を求める『嘆願書』5万筆分です」
「ご、5万!? たった数日で!?」
「ええ。我が商会の従業員と、その家族が『自発的に』書いてくれましたの」
圧倒的な組織票。そして資本の暴力。
裁判長は冷や汗を拭いながら、木槌を叩いた。
「……証拠不十分につき、執行猶予付きの判決とする!」
◇
勝訴したリベラが事務所に戻ると、そこには別の『被告人』が震えて待っていた。
シェアハウスの住人、人魚姫のリーザだ。
「……リベラさん。あの、その……」
「あら、リーザさん。今日はお家賃の支払日ですわね」
リベラは勝訴祝いのザッハトルテ(手作り)を切り分けながら、満面の笑みを向けた。
「ご、ごめんなさい! 今月、ライブの集客が悪くて……あと3日! 3日待ってください!」
「3日、ですか」
リベラの手が止まる。
室内の温度が2度下がった気がした。
「お金がないのは辛いことですわね。……でも、大丈夫。働く意欲があるなら、私が斡旋しますわ」
彼女は引き出しから、一枚のパンフレットを取り出した。
そこには荒れ狂う海と、巨大な漁船の写真。
そして『初心者歓迎! 遠洋マグロ一本釣りツアー(期間:半年)』の文字。
「海はお好きでしょう? 人魚族の体力なら、マグロとも格闘できるはず。お給料もいいですよ?」
「ヒィィィッ!!」
リーザが悲鳴を上げた。
「マ、マグロ漁船だけは嫌ぁぁぁ! 船上のアイドルなんて需要ないぃぃ!」
「あら? でも家賃が……」
「払います! 払いますからぁ!」
リーザはスカートの裏地に縫い付けていた『緊急用隠し金(キャルルからの借金)』を即座に取り出し、テーブルに叩きつけた。
「……あら、持っていらっしゃるじゃない」
リベラはパンフレットをしまい、金貨を確認すると、再び聖女の笑顔に戻った。
「ありがとうございます。来月もよろしくお願いしますね(ニッコリ)」
◇
その時だ。
事務所のドアが乱暴に蹴破られた。
「おいコラ! あのオークを無罪にしやがった悪徳弁護士はどいつだ!」
入ってきたのは、敗訴した検察側の関係者と思しき、ガラの悪い男たち数人。手にはナイフや棍棒を持っている。
「ひっ! リベラさん逃げて!」
リーザが叫ぶが、リベラは紅茶のカップを静かに置いた。
「……野蛮ですね。ここは神聖な法の番人の城ですよ」
男の一人が棍棒を振り上げる。
だが、リベラは動じない。
彼女はドレスの裾を翻し、男の腕を優しく掴んだ。
「――『合気』」
クルッ。
男の体が宙を舞い、美しい弧を描いて床に叩きつけられた。
「ぐはっ!?」
「力任せはいけません。相手の力を利用するのです」
さらに別の男がナイフで襲いかかる。
リベラは懐から、無骨な鉄塊を抜き放った。
女神ルチアナとの裏取引で手に入れた、地球製のコンパクトピストル『SIG P365』だ。
パンッ! パンッ!
乾いた発砲音が二回。
男の足元、わずか数センチの床に弾痕が刻まれる。
「ひぃぃ!? じゅ、銃!?」
「正当防衛ですわ。……次は、眉間を狙いますけれど?」
銃口から立ち上る硝煙の匂いと、甘いお菓子の香りが混じり合う。
その冷徹な瞳に射抜かれ、男たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
リベラは銃をしまうと、何事もなかったかのように紅茶を啜った。
「まったく。暴力で解決しようとするなんて、教養が足りませんわね」
「(あなたが一番暴力的です……!)」
リーザは心の中でツッコミながら、震える手でザッハトルテを口に運んだ。
甘い。そして怖い。
この国の『法』は、金と暴力と、少しの愛で守られているのだ。




