EP 5
シェアハウスの光と闇(中編)~ユニクロと安全靴~
シェアハウスの朝は、ファッションチェックから始まる。
「うん、今日のコーデも完璧!」
姿見の前でくるりと回るのは、月兎族の少女・キャルルだ。
ふわりと揺れる長い耳。パステルピンクのパーカーに、ダメージ加工されたデニムのショートパンツ。
太郎国で流行している『ファストファッション(ユニクロ風)』で固めたその姿は、どこからどう見ても、原宿にいそうなイマドキの女子高生だ。
ただし――足元を除いては。
「よし、紐の締め具合もオッケー」
彼女が履いているのは、可愛らしいスニーカーではない。
黒光りする革、ゴツいゴム底、そしてつま先に鋼鉄のカップが埋め込まれた代物。
『JIS規格H種相当・鉄芯入り安全靴』である。
「リュウさんにカスタムしてもらった『電竜石』の調子もいいみたい。……ふふっ、今日も稼ぐぞー!」
キャルルは人参柄のハンカチをポケットに入れ、軽やかに玄関を飛び出した。
彼女の本業は、Bランク冒険者。
そして、その実態は――元ガルーダ獣人国の近衛騎士隊長候補である。
◇
王都近郊、西のダンジョン。
薄暗い洞窟の中で、身の丈2メートルを超えるオークの群れが、一人の少女を取り囲んでいた。
「ブヒャヒャ! 見ろよ、美味そうなウサギが迷い込んでるぜ!」
「耳が長くて柔らかそうだなぁ!」
オークたちは下卑た笑みを浮かべ、棍棒を振り上げる。
対するキャルルは、ニコニコと愛想笑いを浮かべていた。
「わあ、お肉がいっぱい! 太郎国の焼肉屋さんで高く売れそう!」
彼女は両手に持った鋼鉄製のトンファーを構えた。
瞬間――空気が凍りつく。
「――『月影流・鐘打ち(かねうち)』」
ドォォォォォン!!
オークの側頭部に、お寺の除夜の鐘のような重低音が響き渡った。
キャルルの回し蹴りが、オークのこめかみに突き刺さっている。
安全靴の鉄芯が、分厚い頭蓋骨を粉砕する音だ。
「ブ、ブヒッ!?」
「あ、ごめんね? ちょっと痛かった?」
キャルルは着地と同時に、次の標的へ向かって踏み込んだ。
その速度、100メートル6秒台。オークの動体視力では残像すら捉えられない。
「次はこれ! 『月影流・顎砕き(あごくだき)』!」
ガシャアン!
飛び膝蹴りが別のオークのアゴを捉え、哀れな豚面が天井を仰ぐ。
「とどめ! 『月影流・流星脚』!!」
彼女は壁を蹴って三角飛びし、空中で一回転。遠心力を乗せたかかと落としを、オークのリーダーの脳天に叩き込んだ。
さらに靴底に仕込まれた『電竜石』が作動し、バヂヂヂッ! と高圧電流が走る。
「アッー!!」
断末魔と共に、オークの群れは数秒で全滅した。
後に残ったのは、黒焦げの肉塊と、汗ひとつかいていない笑顔のウサギだけ。
「ふぅ、いい運動になったかな。素材回収して、帰りに『タロウキング』でパフェ食べよっと!」
彼女は鼻歌交じりでオークの牙(換金アイテム)を引き抜いた。
可愛い顔して、やっていることは解体業者よりも手際がいい。
◇
夕方。
キャルルがシェアハウスの201号室に帰宅すると、リビングはどんよりとした空気に包まれていた。
「……おかえりなさい、キャルル様」
出迎えたのは、げっそりと痩せこけた人魚姫・リーザだ。
テーブルの上には、茹でた「もやし」が一本だけ乗った皿がある。それが彼女の夕食らしい。
「ただいまリーザちゃん。見て見て、タローソンの新作スイーツ『プレミアム人参ロールケーキ』買ってきたの! 一緒に食べる?」
「っ……! い、いいえ! 私は王女として、民(キャルル様)からの施しは受けられません……!」
リーザは震える手で、もやしを口に運んだ。
プライドが高い。
だが、その視線はロールケーキに釘付けで、ヨダレが垂れている。
「またまたぁ。遠慮しないでよ。……あ、そういえば」
キャルルはテーブルの端に置かれた一枚の封筒に気づいた。
『家賃振込のお願い ~リベラ法律事務所~』
それは、この世で最も恐ろしい死の宣告。
「……リーザちゃん。今月、払える?」
「…………」
リーザが無言で立ち上がった。
そして、フローリングの床に、流れるような動作でひれ伏した。
両手を揃え、額を床に擦り付ける。
その姿勢は、茶道の作法のように美しく、そして悲壮感に満ちていた。
「キャルル様ぁぁぁぁ!! お貸しください!! 今月も! あと金貨1枚足りないのです!!」
ザ・土下座(DOGEZA)。
これが、かつて一国の王女だった者の姿か。
「次のライブ……次のライブで『神(太客)』が降臨すれば、必ずお返ししますからぁ! リベラさんの『マグロ漁船』だけは嫌ぁぁぁ!」
リーザの絶叫がリビングに響く。
キャルルはため息をつき、やれやれと肩をすくめた。
「もー、しょうがないなぁ。はい、これ」
彼女は財布から金貨1枚を取り出し、チャリンとリーザの目の前に落とした。
「ああっ! 後光が! キャルル様の後ろに後光が見えます!」
「はいはい。その代わり、今度の休み、買い物つきあってよね。荷物持ちよろしく」
「はい! 喜んで! 安全靴でもトンファーでも何でも持ちます!」
リーザは金貨を拝みながら拾い上げ、もやしを一気に飲み込んだ。
経済格差。
それは残酷な現実だが、このシェアハウスでは日常茶飯事だ。
光がいるからこそ、闇もまた生き延びることができるのだ。
「さ、ロールケーキ食べよ。リーザちゃんの分も切るね」
「……ううっ、キャルル様、一生ついていきますぅ……(モグモグ)」
平和な(?)夜が更けていく。
だが、彼女たちはまだ知らない。
明日、この部屋にさらなるカオス――『天然災害エルフ』が襲来することを。




