EP 4
シェアハウスの光と闇(前編)~土下座アイドル~
城下町、中央区。
ここに、近代的な外観の4LDKマンションがある。
オートロック完備、魔法セキュリティ付き。家賃は一人当たり金貨3枚(約3万円)。
本来なら、中流階級以上の冒険者が暮らす優良物件だ。
だが、その一室――201号室のリビングには、異様な光景が広がっていた。
「……ふぅ。今日の朝食も、素晴らしい焼き加減ですわ」
テーブル(拾ってきた段ボール箱)に向かい、優雅にフォークとナイフを構える少女。
透き通るような青い髪、宝石のような瞳。
彼女こそ、海中国家シーランの第一王女にして、親善大使のリーザである。
その皿の上に乗っているのは――『パンの耳』だ。
しかも、パン屋で「鯉の餌です」と言ってタダで貰ってきた、一番端っこの固い部分である。
「カリッと香ばしいクラスト(耳)に、あえて何もつけず、小麦本来の甘みを味わう……これぞ、通の楽しみ」
サクッ、サクッ。
リーザはパンの耳を、まるで最高級フレンチのパイ包みのように上品に口へ運ぶ。
「そして、付け合せは『春の野草サラダ(公園のタンポポとノビル)』。ドレッシングはタロウマートの試供品。……完璧な栄養バランスね」
彼女は微笑んだ。
その笑顔に一点の曇りもない。
なぜなら彼女は信じているからだ。
自分が、この太郎国で成功を収めたトップアイドルであると。
◇
午後。駅前の広場。
俺、佐藤太郎は、変装用のサングラスをかけて物陰からその光景を覗き見ていた。
「あー……やってるな」
広場の片隅。
スーパーの搬入口の横に、ポツンと置かれた『みかん箱』。
その上に、手作りのフリフリ衣装(古着のリメイク)を着たリーザが立っている。
「みんなー! 元気ー!? シーランの歌姫、リーザだよー!」
彼女が手を振る。
観客は、最前列に陣取る薄汚れたおっさん達(主にテント村の住人)と、買い物帰りの主婦が数人。
「うおおお! リーザちゃーん! 今日もパンの耳持ってきたぞー!」
「ありがとう! ファンからの差し入れ(貢物)ね!」
違う、それは餌付けだ。
だがリーザは感極まった表情でパンの耳を受け取ると、マイク(ラップの芯)を握りしめた。
「それじゃあ聞いてください! 私とみんなを繋ぐ、奇跡の歌!」
イントロはない。彼女のアカペラと、おっさん達の手拍子だけが響く。
「♪五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!」
「(ハイ! ハイ!)」
俺が適当に作詞した『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』だ。
歌詞の内容はひどい。「小銭をよこせ」「札束は重いから硬貨がいい」という、現世利益のみを追求した歌だ。
「♪銅でもない 銀でもない~ 狙い打つのは 真鍮のゴールド!」
だが、リーザの歌声は本物だった。
人魚族特有の『魅了』が乗った美声は、ふざけた歌詞を神聖な賛美歌へと昇華させている。
通りすがりのサラリーマンが、思わず足を止めて涙ぐむレベルだ。
「♪絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば 山となる!」
「♪推しの生活 支えてちょーだい!」
チャリン! チャリン!
歌のサビに合わせて、みかん箱の前の空き缶に、5円玉や10円玉が投げ込まれる。
リーザの瞳が、金色の輝きを見てキラキラと光る。
「ありがとう! みんなの愛(小銭)、受け取ったよー!」
ライブ終了後。
リーザは空き缶の中身を数え、満面の笑みを浮かべていた。
「すごい……今日は350円(銅貨3枚とちょっと)も集まったわ! これで今夜は『タローソン』の『からあげクン』が買える!」
王女の金銭感覚が崩壊している。
俺は頭を抱えた。
元はと言えば、俺が小遣い稼ぎのために彼女をプロデュースし、ブームが去った後に放置したのが原因だ。
だが、本人は「地下アイドルとしての修業期間! 楽しい!」と勘違いして、帰国を拒否しているのだ。
その時、一人の郵便配達員がリーザに手紙を渡した。
「リーザちゃん、実家から手紙だよ」
「まあ! お母様(女王リヴァイアサン)からだわ!」
リーザはその場で封を開け、読み上げ始めた。
『愛する娘、リーザへ。
手紙を読みましたよ。太郎国での大活躍、母も鼻が高いです。
何万人もの観衆の前で歌い、黄金(5円玉)の雨が降る毎日だとか。
さすがは我が娘。不自由なく暮らしているようで安心しました。
もし少しでも苦労しているようなら、軍を率いて迎えに行きますからね』
「……」
俺の背筋が凍った。
やばい。この誤解はマズい。
「黄金の雨」って、5円玉投げ銭のことかよ!
もしリヴァイアサンが今の「パンの耳生活」を見たら、太郎国は津波で沈むぞ。
だが、リーザは手紙を胸に抱き、うっとりと空を見上げた。
「お母様……分かってくれているのね。私の成功を」
ポジティブすぎる。
そのメンタルはオリハルコンか。
「さあ、今日は稼いだから、奮発して『もやし』も買っちゃおうかな! 帰ってパーティーよ!」
リーザはスキップしながら、夕暮れの街へと消えていった。
その背中には、王族の威厳もプライドもない。あるのは「生きる力」だけだ。
俺はタバコを深く吸い込み、天を仰いだ。
……とりあえず、ゴルド商会のリベラに頼んで、実家への報告書をさらに検閲してもらうか。




