EP 3
元勇者はホームセンター店員
妻たち(サリーとライザ)の熱烈なスキンシップから何とか逃げ出した俺は、城の裏庭にある勝手口へと向かっていた。
そこには、一人の男がしゃがみ込んでいる。
よれた作業着に、腰にぶら下げた年季の入った工具ポーチ。
背中には哀愁が漂い、口元にはタバコをくわえている。
どこからどう見ても、日本の工事現場にいそうな「ベテランの職人」だ。
「よう、リュウ。調子はどうだ?」
俺が声をかけると、男――リュウは、けだるげに振り返った。
「ああ、タロウか……。見ての通りだ。この自動ドアのセンサー、またイカれちまったらしい。魔力回路の接点が焼き切れてやがる」
彼は手にした電動ドライバーを、目にも留まらぬ速さで回転させた。
キュイイイン! という音がしたかと思うと、一瞬で複雑な機械部分が分解され、修復され、元通りに組み上げられていく。
その神業のような手捌き。
これこそが、彼のユニークスキル【ウェポンズマスター】の力だ。
リュウ。本名、鍵田竜。
かつて魔神王を単独で討ち取った、正真正銘の「元勇者」である。
……そして、前世は日本のホームセンターで資材担当をしていた社畜だ。
「勇者のスキルを自動ドアの修理に使うなよ。魔神王が泣くぞ」
「うるせぇ。俺にとっちゃ聖剣もプラスドライバーも変わらねぇよ。『道具』なら何でも扱えるのが俺のスキルだ」
リュウは修理完了を確認すると、センサーのカバーをパチンと閉めた。
そして胸ポケットから『メビウス(6mgロング)』を取り出し、火をつける。
「ふぅ……。で、今日は何の用だ? また配管の詰まりか?」
「いや、ただのサボりだ。一本くれ」
俺も彼の隣に座り込み、紫煙を燻らせた。
王と勇者が並んでタバコ休憩。絵面が地味すぎる。
「そういや、リリスの誕生日が近いんだろ? 何かやってやるのか?」
俺が尋ねると、リュウの強面が少しだけ緩んだ。
「ああ。リリスのやつ、最近『善行ポイント』が貯まったらしくてな。どうしても俺の役に立ちたいって張り切って――」
「パパァーーー!!」
噂をすれば影。
城の庭を、ツインテールの少女が猛ダッシュで駆けてきた。
リュウと元聖女セーラの娘、リリス(10歳)だ。
「おっ、リリスちゃん。元気だな」
「あ! タロウおじちゃん! 見て見て、ポイント貯まったの!」
リリスはニコニコしながら、虚空に浮かぶステータスウィンドウを指差した。
彼女のユニークスキルは【ランダムボックス】。
日々の善行(ゴミ拾い、皿洗い、肩たたき等)でポイントを貯め、そのポイントを使って地球のアイテムを召喚する「ガチャ」能力だ。
「へえ、5000ポイントか。結構貯めたな」
「うん! ドブ掃除いっぱいしたの! だからね、パパのお仕事が楽になるものを出すね!」
リリスは目を輝かせ、「SR以上確定ガチャ」のボタンを空中でタップした。
――ファンファーレが鳴り響く。
空から巨大な虹色の宝箱が降ってきた。
「おお、虹演出だ。何が出るかな……って、おい、デカすぎないか?」
宝箱のサイズが異常だ。城の門よりデカい。
ズズズンッ! と地面を揺らして着地した箱が、ゆっくりと開く。
中から現れたのは――
鉄の塊。
鈍色に輝く装甲。
そして、威圧的に空を向く重機関銃の銃座。
「……これ、自衛隊の『96式装輪装甲車』じゃねーか!!」
俺は叫んだ。
どう見ても現代兵器だ。しかも重量14トンのガチ車両だ。
リリス、お前の「パパの仕事」の解釈はどうなってるんだ。
「わあ! おっきい車! パパ、これでお仕事行ってね!」
「……」
リュウは吸っていたメビウスを携帯灰皿にしまい、無言で装甲車に歩み寄った。
そして、ペタペタと装甲を撫でる。
「おいリュウ、どうすんだこれ。こんなもん公道走らせたら国際問題だぞ」
「……悪くねぇ素材だ」
リュウの目が、職人のそれになった。
「装甲は圧延鋼板か。エンジンは水冷4サイクルディーゼル……馬力はあるな」
彼は腰のポーチからモンキーレンチを取り出した。
同時に、全身から凄まじい闘気が立ち昇る。
これが彼の奥義――【スクラップ・ビルド(統合・再構築)】。
「リリス、ありがとうな。パパ、これ改造して使うよ」
「うん!」
リュウがレンチを一閃させた。
ガガガガガガガッ!!
凄まじい金属音が響き渡る。
彼の手にかかれば、装甲車もただの「素材」だ。
重機関銃が引っこ抜かれ、装甲板がひしゃげ、タイヤの位置が組み替わっていく。
本来なら数ヶ月かかる解体と改造が、魔法のような速度で行われていく。
数分後。
そこには、カーキ色の無骨な装甲車……ではなく、
巨大なアームとプラウ(耕うん機)を装備した、**『スーパー重機トラクター』**が鎮座していた。
「よし。これなら城の裏の荒れ地、1時間で全部耕せるな」
「……お前、装甲車をトラクターにしたのか」
「エンジン出力360馬力のトラクターだ。ロックバイソン50頭分の仕事ができるぞ。銃座は邪魔だから外して、種まき機を付けといた」
リュウは満足げに額の汗を拭った。
リリスは「わーい! パパすごい!」と拍手している。
……この親子、怖い。
「タロウ、ついでに余った装甲で『中華鍋』作ったからやるよ。強火でも歪まねぇぞ」
「いらねぇよ! 防弾仕様の中華鍋なんて!」
俺は頭を抱えた。
元勇者がホームセンターの知識とスキルで本気を出せば、兵器すら農具になる。
平和だ。
間違いなく平和利用なんだが、何かが間違っている気がする。
遠くから、ライザの「その鉄の塊と力比べをさせろ!」という叫び声が聞こえてきた。
俺は深くため息をつき、新しいタバコに火をつけた。




