EP 2
最強の奥様は、魔法少女と筋肉将軍
太郎国の朝は早い。
だが、国王である俺の朝は遅い。
「……ふあぁ」
極上の羽毛布団(ニトリ風)から這い出し、俺は寝室の窓を開けた。
眼下に広がるのは、中世ファンタジーと昭和の商店街と近未来がキメラ合体したような、我が王都の街並みだ。
今日も平和だ。
……と言いたいところだが、メインストリートの方で何やら爆発音が聞こえた。
「きゃあああ! ひったくりよー!」
「待てえええ! その『限定あずきバー』を返せえええ!」
眼下の通りを、黒ずくめの男が疾走している。
どうやらタローソンで限定アイスを強奪した不届き者らしい。
衛兵が追いかけているが、男の足は速い。風魔法で加速しているな。あれは他国の密偵クラスか?
「ちっ、朝から騒々しい……」
俺が【100円ショップ】で拡声器を出して指示しようとした、その時だ。
「――お待ちなさい! 平和な朝のティータイムを乱す悪党は、愛と科学の魔法で成敗よ!」
上空から、フリフリのピンク色の衣装をまとった何かが降ってきた。
手にはステッキ。背中には天使のような羽(魔法生成)。
そして顔には、身バレ防止のドミノマスク。
……うん、俺の第一王妃、サリーだ。
「くらえ! マジカル・サーモダイナミクス・ビーム(熱力学的大爆発光線)!」
彼女がステッキを振ると、可愛らしいピンクの光と共に、周囲の空気が一瞬で圧縮された。
俺が渡した『高校物理』と『化学図録』を読破した彼女の魔法は、エグい。
「愛」とか言ってるが、原理は断熱圧縮によるプラズマ生成だ。
ドゴォォォォン!!
ひったくり犯の足元のアスファルトが蒸発し、男は黒焦げのアフロヘアーになって吹き飛んだ。
あずきバーだけは、重力制御魔法でふわりとサリーの手元に回収される。
「街のみんな! アイスは1日1本までよ! 魔法少女ママ・サリーちゃんとの約束だぞ☆」
サリーはカメラ目線(誰への?)でウインクを決めると、歓声を上げる市民に手を振って飛び去って行った。
……あいつ、またあのコスプレ衣装(自作)着てんのかよ。
国民全員、正体が王妃様だって知ってるのに、みんな「ありがとうサリーちゃん!」って合わせてあげてるのが逆に痛々しいわ!
◇
気を取り直して、俺は城の裏手にある騎士団の訓練場へと向かった。
朝の散歩だ。
そこでは、我が国が誇る最強騎士団が朝練の真っ最中だった。
「いいか貴様ら! 剣を振る前に筋肉を振れ! 筋肉は裏切らない! 裏切るのはいつだって脂質と糖質だ!」
怒号が響き渡る。
声の主は、俺の第二王妃であり、世界最強の剣士・ライザだ。
彼女は仁王立ちで、数百人の騎士たちを睨みつけている。
異様なのは、騎士たちの行動だ。
誰一人として剣を持っていない。
全員、重装備の鎧を脱ぎ捨て、タンクトップ一枚で地面に這いつくばっている。
「ワン、ツー! ワン、ツー!」
「マッスル! マッスル!」
バーピー・ジャンプからの腕立て伏せ。
そして丸太を背負ってのスクワット。
俺が暇つぶしに出した『米海軍特殊部隊(SEALs)式トレーニング』と『自重筋トレ大百科』に感化されたライザによる、地獄のブートキャンプである。
「団長! もう腕が上がりません!」
「甘えるな! サリーの衛生兵団に回復を掛けさせろ! 筋繊維を破壊して即座に治す! そうすれば3倍の速さでマッチョになれる!」
「イエッサー!」
……ブラックだ。完全にブラック企業だ。
だが、そのおかげで我が騎士団の平均握力は80kgを超えている。素手でオークを絞め殺せるレベルだ。
「おっ、あなた!」
俺の姿に気づいたライザが、鬼教官の顔を一変させて駆け寄ってきた。
腰には、俺が100均の砥石で研ぎ澄ました愛刀『竜殺しの魔刀』が差されている。
「おはよう、ライザ。今日も熱心だな」
「ええ。あなたの出した『プロテイン(ささみ風味)』のおかげで、兵たちの仕上がりは上々よ。見て、あの美しい大胸筋を」
「うん、暑苦しいな」
ライザは嬉しそうに俺の腕に抱きついた。
硬い鎧越しでもわかる、しなやかで強靭な彼女自身の筋肉と、女性らしい柔らかさ。
「汗をかいたから、一緒にシャワーを浴びましょう? 背中、流してあげるわ」
「……いや、俺はこれから朝飯を」
「ただいまー! ダーリン!」
その時、空からピンクの影が降ってきた。
コスプレ衣装を解除し、普段のドレス姿(ただし若干焦げ臭い)に戻ったサリーだ。
「ずるいわよライザ! 朝のスキンシップは私の当番でしょ!」
「何よ泥棒猫。あなたは街で遊んでいたじゃない」
「遊んでないわよ! 治安維持よ! ダーリン、見て見て。戦利品のあずきバーよ。あーんして?」
右に世界最強の剣士。
左に戦略級の魔法使い。
二人の美女が、俺の両腕をガッチリとホールドする。
「あー、二人とも、ちょっと力が……骨が……」
俺のステータスは一般人並みだ。
彼女たちがその気になれば、俺の手足などスルメのように引きちぎれるだろう。
「ねえあなた、今日の公務はサボって、お部屋でイチャイチャしましょうよ。新しい膝枕の技を開発したの」
「ダメよライザ。今日は私がダーリンに『膝枕耳かき』をする日だもの。耳の奥の鼓膜までピカピカにするわよ」
「それ怖ぇよ! 鼓膜は残してくれ!」
俺は二人に引きずられるようにして、城の居住区へと連行されていく。
最強軍事国家・太郎国。
その武力の頂点に立つ二人の妻は、俺に対してだけはデレデレに甘い。
……少々、物理的に重い愛だが。
「あ、そうだ二人とも。今日の昼飯は『二郎系ラーメン』の試作だ。サクヤ(料理長)が麺のコシに成功したらしいぞ」
「「!!」」
二人の動きがピタリと止まる。
「ニンニク……入れますか?」
「ヤサイマシマシ……アブラカラメ……」
彼女たちの瞳が、戦士のそれに戻った。
食欲(と愛)が支配するこの国で、俺が平和に寝られる日は来るのだろうか。




