EP 11
浪速の猫商人と、怪しいインフレ
国の安定は、まず「トイレ」と「台所」から。
これは俺、佐藤太郎の統治哲学だ。
だが最近、太郎国の台所事情が少しおかしい。
「……高いな」
俺は変装用の伊達メガネをかけ、王都の商店街を歩いていた。
スーパー『タローマート』の競合店である、地元の個人商店の棚を見る。
石鹸、蝋燭、そして紙。
生活必需品の値段が、先週の3倍近くに跳ね上がっている。
「奥さん、聞いた? またトイレットペーパーが値上がりしたんですって」
「嫌だわぁ。隣の国で戦争でも始まったのかしら?」
主婦たちの不安そうな声が聞こえる。
戦争? まさか。
ウチの国に喧嘩を売ってくる命知らずな国は、もう周辺には残っていないはずだ。
「――チッチッチ。こら戦争ちゃいまっせ、ダンナ」
俺の背後で、軽薄な舌打ちが聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは茶トラ模様の猫耳を持つ男。
商売繁盛の前掛けに、丸メガネ。首からは黄金に輝く巨大な算盤を下げている。
ゴルド商会の若き幹部、ニャングルだ。
「よう、ニャングル。儲かってるか?」
「ボチボチでんなぁ。……と言いたいとこやけど、正直笑えまへんわ」
ニャングルは長い尻尾をイライラと揺らしながら、高騰した値札を指差した。
「これ、自然なインフレやありまへん。『買い占め』や」
「買い占め?」
「せや。ここ数日、謎の商人が市場の生活物資を根こそぎ買い漁っとるんですわ。それも、相場の倍の値を提示してな」
ニャングルは黄金の算盤をチャキチャキと弾いた。
「物流を止めて、価格を吊り上げ、市民の不安を煽る。……こら、典型的な『経済テロ』ですわ。タロウ国の足元を揺さぶる気でっしゃろ」
なるほど。
剣や魔法で勝てないから、財布を攻めてきたわけか。
地味だが、一番国民が困るやつだ。
「犯人の目星は?」
「『ガモン商会』いう、最近急成長した流れの商売人や。バックに相当な資金源がおると見た」
ニャングルのメガネの奥が、鋭く光った。
彼は平和主義者だが、金に関しては妥協しない男だ。
「どないします、王様? ウチ(ゴルド商会)の流通網で対抗してもええけど、向こうも金持ってるさかい、泥仕合になりまっせ」
俺は少し考え、そしてニヤリと笑った。
「いや、いいよ。泥仕合なんて面倒くさい」
「ほな、どうするんで?」
「簡単なことだ。『価格破壊』を起こしてやればいい」
俺はジャージのポケットに手を突っ込んだ。
◇
一方その頃。王都の貸し倉庫。
山積みにされた木箱の上で、恰幅のいい男が高笑いしていた。
「クックック……素晴らしい眺めだ」
男の名はガモン。
その正体は、犯罪者集団『ナンバーズ』のNo.3である。
「この国の紙、油、石鹸は全て私が買い占めた。あとは市民が飢え、汚れ、パニックになったところで、通常の10倍の価格で売りさばく!」
ガモンは手にした金貨を弾いた。
彼のユニークスキルは【テレポート】。
各国の安い物資を一瞬で輸送し、暴利を貪ることができる。物流コストゼロの最強の転売ヤーだ。
「タロウ国よ、経済の崩壊と共に沈むがい――む?」
その時、倉庫の外が騒がしいことに気づいた。
ガモンが窓から通りを見下ろすと、そこには信じられない光景が広がっていた。
◇
王都中央広場。
そこには、特設の巨大テントが出現していた。
看板には手書きでこう書かれている。
『タロウマート緊急感謝祭! 持ってけドロボー市!』
「さあさあ、奥さん! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
拡声器を持って叫んでいるのは俺だ。
そして横で売り子をしているのは、電卓片手のニャングルである。
「まずはこれ! 主婦の味方『アルミホイル』! 食材を包んで良し、落し蓋にして良し! お値段なんと、銅貨1枚(100円)!」
「続きまして『サランラップ』! 魔法の透明な皮や! ピタッと密着して鮮度長持ち! これも銅貨1枚!」
「さらにさらに! 『ダブル保湿トイレットペーパー(12ロール入り)』! 貴族の尻もイチコロの柔らかさ! 限定1000セット、銅貨3枚!」
広場に集まった主婦たちの目が、猛獣のように輝いた。
「ええっ!? あの『ラップ』が銅貨1枚!?」
「今までの紙は何だったの!? このペーパー、雲みたいにふわふわよ!」
「安い! 安すぎるわ! 1年分ください!」
ドドドドドドッ!!
地響きと共に、主婦たちが殺到する。
俺が発動しているのは、もちろん【100円ショップ】スキルだ。
日本のデフレ時代の象徴である100均グッズ。その品質とコストパフォーマンスは、中世レベルのファンタジー世界においては「オーパーツ」に等しい。
ガモンが買い占めた「ガサガサの紙」や「匂いのキツイ石鹸」など、誰も見向きもしない。
だって、こっちは「フローラルの香りの液体洗剤」が100円なのだから。
◇
「バ、バカな……!」
倉庫の窓からその様子を見ていたガモンは、膝から崩れ落ちた。
「あの品質で……あの価格だと!? 原価割れどころではない! 輸送費はどうなっている!? 人件費は!?」
彼の計算(常識)ではあり得ない現象だ。
スキルで出しているから原価ほぼゼロだなんて、夢にも思うまい。
「お、おい! 誰か買ってくれ! 半額だ! いや、定価でいい!」
ガモンは慌てて自分の商品を売りに出そうとした。
だが、時すでに遅し。
市場はすでに、タロウ印の高品質激安グッズで溢れかえっていた。
誰も、ガモンの粗悪品など見向きもしない。
◇
夕方。
祭りの後の広場で、ニャングルが黄金の算盤を弾いていた。
「……ッシャ! 完売御礼や! 王様、ボロ儲けでっせ!」
「いや、利益はトントンくらいだろ。ほぼ原価で出したし」
「何を言いますのや。これで『ガモン商会』は在庫の山を抱えて破産確定。ウチの独占市場が守られたんやから、実質大勝利ですわ」
ニャングルは悪い顔で笑った。
「あのアホ、今頃倉庫で在庫の山に埋もれて泣いとるんとちゃいますか? ざっと見積もって……金貨1万枚(約1億円)の赤字ですわ」
俺は売れ残った缶コーヒー(微糖)を開け、グイッと飲み干した。
「ま、商売は信用第一ってことだな」
「せやせや。……ところで王様、この『激落ちくん』とかいうスポンジ、あと1万個ほど卸してくれまへんか? ドワーフのおっさんが油汚れ落ちるって泣いて欲しがっとりましてな」
太郎国の経済は、今日も100円グッズによって守られた。
ナンバーズのNo.3、ガモン。
彼はタロウの顔を見ることもなく、ただレシートの数字に敗北したのである。




