EP 10
平和な国の、小さな事件
太郎国の治安は、世界一良いとされている。
だが、それは犯罪が起きないからではない。
犯罪者が『割に合わない』と悟るからだ。
深夜。王都の港湾エリアにある『第3倉庫』付近。
闇に紛れて動く、数人の影があった。
近隣の軍事国家から送り込まれた、精鋭スパイ部隊である。
「隊長、ここが噂の『タロウ国』か……。なんだこの明るさは」
「魔法灯の無駄遣いだ。だが、油断するな。我らの任務は、この国の新兵器の設計図を奪うことにある」
彼らは音もなく倉庫に接近し、鍵を開けようとした。
その時だ。
「……おい。そこは禁煙だぞ」
暗闇から、不機嫌そうな低い声が響いた。
同時に、カチッというライターの音と共に、赤い火がともる。
浮かび上がったのは、ボサボサの黒髪に、気だるげな目つきの男。
口元には『マールボロ・レッド』。
そしてその手には、鈍色に輝く最高級リボルバー『Korth NXS』が握られていた。
T-SWAT隊長、鮫島勇護だ。
「貴様、何者だ! 魔法使いか!?」
「魔法? そんなファンタジーなもん使えねぇよ」
スパイたちが剣を抜いて殺到する。
鮫島はため息をつき、口の中で『コーヒーキャンディ』をガリリと噛み砕いた。
「俺が使うのは、『鉛玉』と『法執行』だけだ」
ドォォォン!!
轟音が夜気を切り裂いた。
.357マグナム弾が、先頭のスパイの剣を根元からへし折り、そのまま後方のコンクリート壁を粉砕した。
魔法障壁すら貫通する物理的破壊力。
スパイたちは凍りついた。
「う、動くな! 次は眉間だ!」
「あーあ、めんどくせぇ。今日は非番で『パーラー・タロウ』の新台入替だったのによぉ……」
鮫島はぼやきながら、手慣れた動作でスパイたちを制圧していく。
魔法も詠唱もない。ただ圧倒的な暴力と制圧力。
これが、太郎国の警察力だ。
◇
数分後。
捕縛されたスパイたちは、倉庫ではなく、なぜか瀟洒な応接室に通されていた。
『リベラ法律事務所』である。
「ようこそ、遠路はるばる太郎国へ」
プラチナブロンドの美女、リベラが極上の笑顔で紅茶を注いだ。
「毒……か?」
「失礼な。最高級のアールグレイですわ」
彼女は優雅に書類を差し出した。
「さて、貴方たちが壊した倉庫のシャッター、及び、深夜の騒音による近隣住民への精神的苦痛。……締めて、金貨500枚(約500万円)の損害賠償を請求いたします」
「なっ!? 我々は捕虜だぞ! 国際法が――」
「ここは私のマンション(私有地)です。私のルールが適用されます」
リベラの目が笑っていない。
彼女は別のパンフレットを扇子のように広げた。
「支払いが難しいのでしたら、労働での返済も受け付けておりますわ。……奇遇ですね、ちょうど『マグロ漁船』の人手が足りないそうです」
「マ、マグロ……?」
「ええ。半年ほど海の上で頑張れば、元金くらいは返せるかと。保険には入っておいてくださいね? 落ちたらサメの餌ですので」
スパイたちの顔から血の気が引いた。
拷問のほうがマシだ。この女の笑顔は、死神よりも怖い。
「お、俺たちは刑務所に行く! 牢屋に入れてくれ!」
「あら残念。では、鮫島さん。彼らを署の方へ」
◇
鮫島に連行され、パトカー(魔導車両)に乗せられようとしていたスパイたち。
そこへ、夜の散歩をしていた一人の少女が通りかかった。
「あら? どうしたのかしら、その人たち」
エルフのルナだ。
彼女は手錠をかけられたスパイたちを見て、またしても『善意』を発動させてしまった。
「手首が冷たそう……。かわいそうに」
彼女が杖を一振りする。
「――『黄金の変化』」
カキン!
スパイたちの手錠が、瞬時にして『純金』に変わった。
見た目は豪華だ。だが――
「ぐあぁぁぁ!? お、重い!!」
「腕がちぎれるぅぅ!!」
金は鉄より重い。
しかもルナの魔力で質量が増大しており、スパイたちはその重さに耐えきれず、地面に顔面を強打した。
「あれ? 気に入らなかったかしら? じゃあ、暖かくしてあげるわね」
「ひぃぃ! やめてくれ! もう何もするな! 早く牢屋に入れてくれぇぇ!!」
スパイたちは泣き叫びながら、自らパトカーの後部座席に飛び込んだ。
太郎国の住人は、どいつもこいつも常識が通用しない。
彼らは深く後悔した。こんな魔境に足を踏み入れるべきではなかった、と。
◇
翌朝。
『スーパー銭湯・極楽の湯』の一番風呂。
湯気の中に、二人の男の姿があった。
「……で、スパイは全員自首したのか」
「ええ。リベラの嬢ちゃんと、あのエルフのおかげで、尋問する手間も省けましたよ」
タオルを頭に乗せたタロウ国王と、その隣で疲れを癒やす鮫島だ。
「ご苦労だったな、鮫島。ほら、コーヒー牛乳(フルーツ味)だ」
「どうも。……王様よぉ、今回の件で残業代、出ますかね?」
「リベラがふんだくった賠償金から回すよ。ついでにパチンコの軍資金もな」
「へっ、ありがてぇ。アンタがボスでよかったよ」
二人は湯船に浸かりながら、心底リラックスした表情で息を吐いた。
「あー……平和が一番だなぁ」
「全くだ。俺も、もう銃なんて撃ちたくねぇよ」
最強の軍事国家の王と、最強のSWAT隊長。
彼らの願いは、ただ温かい風呂に入って寝ることだけだった。
◇
――だが、その平和を遠くから見つめる視線があった。
場所は不明。
薄暗い部屋には、巨大なチェス盤が置かれている。
その盤面の駒を、青白い指先が動かした。
「……また、予知が外れたか」
男が呟いた。
仮面を外し、高級チョコレートを口に運ぶその男の名は、ギアン・アルバード。
犯罪者集団『ナンバーズ』のリーダー、No.0である。
「スパイによる潜入工作。成功確率は80%だったはずだ。だが、あのSWATの介入と、エルフのイレギュラーな魔法……私の『未来予知』にないノイズが混じった」
彼は盤上の『ポーン(歩兵)』――ジャージ姿の王、タロウに見立てた駒を凝視する。
「サトウ・タロウ……。お前は何だ? ただの無能な王か? それとも、この世界の『運命』そのものを書き換える特異点なのか?」
ギアンの背後には、巨大な『砂時計』のようなカプセルがある。
その中には、幼い子供――No.5が眠っていた。
「まあいい。何度失敗しても、私には『リセット』がある」
ギアンは不敵に笑い、チェス盤の全ての駒を乱暴に払いのけた。
「チェックメイトまで、何度でもやり直してやるさ。……さあ、次のゲームを始めようか」
平和な太郎国の裏側で。
世界を巻き戻す、最悪のシナリオが動き出そうとしていた。




