第六章:試される理性の限界
俺の理性の限界は、間もなく訪れた。真美は風邪を引いた。
熱は38度を超え、ぐったりとベッドに横たわっていた。
俺は仕事を休み、付きっきりで看病した。
額に冷たいタオルを当て、熱を測り、スポーツドリンクを飲ませる。
「ごめんね、おじさん……」
真美は掠れた声で、申し訳なさそうに言った。
「謝るな。俺が看病するのは当然だ」
その夜、真美はうなされていた。
俺は、熱が上がりすぎていないか心配になり、そっと彼女の部屋に入った。
真美は、寝汗でパジャマが肌に張り付き、苦しそうな表情をしていた。
俺は、タオルを絞り、彼女の額と首筋を優しく拭いた。
その瞬間、真美が、目を開けた。
そして、熱に浮かされた、不安定な瞳で、俺の顔を見つめた。
「おじさん……、お父さんじゃないって、分かってるよ……」
彼女は、まるで夢と現実の間で彷徨っているかのように、そう呟いた。
「どういう意味だ、真美」
俺は、手を止め、息を詰めて聞いた。
真美は、弱々しいながらも、自分の細い手を伸ばし、俺の頬に触れた。
「お父さんの匂いじゃない、……でも、あったかい」
そして、真美は、俺の手を掴み、自分の唇にそっと押し付けた。
熱い吐息と、かすかなリップクリームの匂いが、俺の手の甲を濡らした。
「……おじさんが、一番、私を大事にしてくれる」
彼女の言葉は、まるで、俺の心にかけられた呪文だった。
叔父としてではなく、一人の男として、俺を必要としている。
そんな錯覚を、俺は抱かずにはいられなかった。
俺は、自制心を保つ最後の壁が、粉々に砕け散るのを感じた。
(もう、限界だ。もう、俺は……)
俺は、真美の手を握り返し、その手を、自分の唇に寄せた。
そして、そのまま、ゆっくりと、真美の顔に近づき——
「真美……」
俺の唇が、真美の熱い額に、触れる寸前だった。
その時、真美は、ふと、意識を取り戻したかのように、目を見開いた。
「……ん?おじさん?」
熱に浮かされていた瞳に、徐々に理性が戻ってくる。
俺は、ハッと我に返り、慌てて真美から身体を離した。
「す、すまない。熱が心配で……。タオル、替えるぞ」
俺は、心臓を鷲掴みにされたまま、逃げるように部屋を出た。
鏡に映る自分の顔は、青ざめていた。
(俺は、何をしているんだ……。あと一歩で、俺は兄さんの信頼と、真美の人生を、永遠に裏切るところだった)
しかし、一度知ってしまったこの熱は、もう冷めることはないだろう。
俺と真美の間に存在する、血の繋がりがないという事実は、もはや、抗えない引力となって、俺たちを奈落の底へと引きずり込もうとしていた。
俺の理性の壁は崩壊した。
残されたのは、禁断の愛と、それを抑えつける、か細い社会的倫理だけだった。




