第四章:触れてしまった夜
俺たちの生活は、徐々に新しい日常へと移行しつつあった。
真美は、表面上は平静を取り戻し、学校生活にも適応しているように見えた。
だが、時折、ふと見せる虚ろな瞳が、彼女の心の傷の深さを物語っていた。
俺は、彼女に家族の温かさを与えなければならないと強く意識していた。
兄の代わりとして、保護者として。
だが、俺が彼女を見る視線に、いつしか、叔父としてのそれではない、一人の女を見る視線が混じり始めていることに、気づかないふりをするのが難しくなっていた。
真美は、急速に女性へと変化していた。
元々整った顔立ちをしていたが、この数ヶ月で、その輪郭はシャープさを増し、子供っぽさが抜け、思春期特有の、瑞々しく、どこか妖艶な魅力を放ち始めていた。
ある日の夕食後、リビングで一緒にテレビを観ていたときのことだ。
真美は、ソファで俺の隣に座り、無意識のように俺の太ももに、自分の細い足を載せた。
俺は一瞬、心臓が跳ね上がった。
「真美?」
「……ごめん、寒いから」
彼女はそう言って、足を引っ込めたが、その時、俺の皮膚に残った真美の足の微かな温もりが、俺の理性を揺さぶった。
その夜、俺はシャワーを浴びるために脱いだ自分の服に、真美が着ていた服の微かな柔軟剤の匂いが移っているのを感じ、激しい動揺を覚えた。
そして、事件は、突然、起こった。
その晩、激しい雷雨が街を襲っていた。
午前3時。
俺は大きな雷鳴で目を覚まし、ふと、真美の部屋の方を見た。
「キャッ!」
甲高い悲鳴が、壁越しに聞こえた。俺は一瞬でベッドから飛び出し、真美の部屋のドアを叩いた。
「真美!どうした!」
ドアは開いていた。
真美は、ベッドの上で膝を抱え、ひどく震えていた。
顔は青ざめ、目には恐怖の色が浮かんでいる。
「お、おじさん……、怖くて……」
彼女は、まるで幼子のように助けを求めていた。
両親を失った事故の夜、雷雨だったのかもしれない、と俺は察した。
「大丈夫だ。雷だ。何も怖くない」
俺はそう言って、ベッドの端に座り、真美の背中をそっと撫でた。
その瞬間、真美はたまらず、俺の胸に飛び込んできた。
「うわぁ……!」
真美の柔らかい身体が、俺の胸に強く押し付けられた。
俺の背中に回された真美の腕の感触、濡れた髪から漂う甘い匂い、震える肩の感触。
それは、純粋な「保護」という枠を、完全に逸脱していた。
俺は、強く抱きしめ返すことができなかった。
触れてはいけないものに触れてしまった、という、猛烈な背徳感と、その背徳感がもたらす、底知れない快感に、体が麻痺したからだ。
「……真美、落ち着け」
俺は、震える声でそう言い、彼女の背中を、まるで、触れるのを恐れるように、軽く叩いた。
だが、その手の動きは、やがて、彼女の華奢な背筋から肩甲骨へと、無意識の軌跡を描き始めていた。
真美は、俺のTシャツを強く掴み、顔を埋めたまま、啜り泣いていた。
雷鳴が轟くたびに、彼女の身体が跳ね、その度に、俺たちの身体は、より強く密着した。
このまま、一線を越えてしまうのではないか。
俺の頭の中で、理性と本能が、血を吐くような戦いを始めた。
理性は、「やめろ、兄さんの娘だ、犯罪だ」と叫ぶ。
本能は、「血は繋がっていない、彼女は俺を求めている、今だけは」と囁く。
数十分後、雷が遠ざかり、真美の震えが収まった。
「……ごめん、おじさん」
真美は顔を上げ、涙で濡れた瞳で、俺を見つめた。
その瞳は、恐怖だけではなく、何か、期待のようなものを含んでいるように見えた。
俺は、まるで熱い鉄を突きつけられたように、慌てて彼女から身体を離した。
「大丈夫だ。もう、部屋に戻るよ。おやすみ」
そう言い残し、俺は、逃げるように自分の部屋に戻った。
自分のベッドに戻っても、俺の胸の鼓動は激しく、真美の身体の残像が、網膜に焼き付いて離れなかった。
(俺は、一線を越える寸前だった……。いや、あの接触は、もうすでに、心の境界線を越えてしまったのではないか)




