第三章:血の繋がり、そして「情報」
週末、俺は真美を連れて、彼女の引っ越し前の家へ、残った荷物を取りに行った。
真美の部屋は、壁一面に好きなアイドルのポスターが貼られ、学習机の上には、兄夫婦との笑顔の写真が飾られていた。
それを見て、俺は改めて、この家からすべての「生活」が消えてしまった事実を突きつけられた。
「真美、このアルバム、いるか?」
俺は棚から古いアルバムを見つけ、真美に尋ねた。
真美は無言でそれを受け取り、パラパラとめくり始めた。
そこには、理恵さんと兄さんが結婚する前の、理恵さんと幼い真美の写真が大量にあった。
兄さんは、真美が8歳の時に理恵さんと結婚した。
それまでの7年間、真美は実の父と理恵さんとの間で育ったのだ。
ふと、俺は兄さんから聞かされた、ある会話を思い出した。
「康之。真美は理恵の連れ子だ。お前と真美には、血の繋がりはない」
兄さんは、俺にそう告げたとき、まるで何かを確かめるように、俺の顔を真剣に見つめていた。
当時は「そうなんだ」としか思わなかった。
兄さんが真美を自分の子として深く愛していること、そして、その関係性を周囲に隠すつもりはないという、ただの「宣言」だと受け取っていた。
だが、今、この状況で、その言葉は全く別の意味を持って、俺の胸に突き刺さった。
血の繋がりがない。
この事実は、俺の真美に対する感情の「境界線」を、曖昧にするための、悪魔的な許可証のように感じ始めた。
(俺は、真美の叔父ではない。法的には後見人だが、血縁上は、ただの他人だ)
この認識が、俺の中で、真美への「保護」という純粋な感情に、じわりと、熱を帯びた「興味」を混ぜ始めた。
彼女は今、傷つき、弱り切っている。
俺だけが、彼女を支える唯一の大人だ。
だが、俺は、彼女を「娘」や「妹」として見ることが、できないのではないか、という恐ろしい予感が、日に日に強くなっていった。
その日の夜、真美は荷物の整理で疲れたのか、早くに眠りについた。
俺はリビングで、アルコールを煽っていた。
パソコンの画面には、俺が手がけているデザインのラフスケッチが並んでいるが、まるで集中できない。
俺はふと、立ち上がり、真美の部屋のドアの前まで行った。
静かに耳を澄ませる。真美の、安らかな寝息だけが聞こえてくる。
(ダメだ。俺は、兄さんの残した大切な娘を守らなきゃいけないんだ)
理性はそう叫ぶが、ドアノブに手をかけたいという衝動が、俺の指先を痺れさせた。
俺と真美の間に存在する、「叔父と姪」という社会的な枠組みが、俺の「男」としての本能を、かろうじて押し留めている。
この均衡が、いつまで保てるのか。
俺は、自分の内部に潜む、この闇の欲望と、静かに向き合い始めていた。




