第二章:奇妙な同居生活
真美が俺の部屋に来てから、二週間が過ぎた。
生活は、奇妙な静けさに包まれていた。真美は学校には行っている。
朝は無言でトーストを焼き、鞄を持って出ていく。
夜は、自分の部屋にこもり、夕食の時だけ顔を合わせる。
「……いただきます」
「……ごちそうさま」
その程度の会話しかない。
俺も何を話していいのか分からない。
「大丈夫か?」と聞いても、きっと上滑りするだけだろう。
「辛いよな」と言えば、かえって彼女を追い詰めてしまう気がした。
15歳。
感受性の強い、多感な時期に、両親を同時に失った少女に、28歳の独身男性の俺が、いったい何を言えるだろう。
ただ、俺は無力ながらも、彼女の生活の「枠」を作ることだけを心がけた。
夕食は必ず俺が作り、彼女の部屋の電気が消えるまで、リビングのソファで静かにデザインの仕事を進めた。
それは、まるで、壊れ物を扱うような同居生活だった。
ある夜、俺がリビングでパソコンに向かっていると、真美が部屋から出てきた。
時刻は午前0時を回っている。
「どうした、真美。眠れないのか?」
俺が声をかけると、彼女は薄暗い廊下に立ち尽くしたまま、小さな声で言った。
「……おじさんの、シャツ、借りていい?」
「え?」
予想外の要求に、俺は思わず聞き返した。
「……なんか、お父さんの匂いがしそうだから」
真美の瞳が、初めて潤んでいるのを見た。
その瞬間、堰を切ったように、心の奥底で凍り付いていた彼女の感情が、決壊しそうなのを感じた。
「ああ、もちろん。いいよ」
俺は立ち上がり、クローゼットから、まだ洗濯前の、俺の体温と匂いが残ったままのTシャツを取り出し、真美に手渡した。
「これ、着て、ちゃんと眠れ」
真美は震える手でTシャツを受け取り、そのTシャツを顔に押し付けた。
「……お父さんの匂いじゃない……」
そう呟いた声は、もうすでに涙で濡れていた。
その夜、真美の部屋から、初めてすすり泣く声が聞こえてきた。
俺はドアの前で立ち尽くし、ただその音が小さくなるのを待つことしかできなかった。
「俺は、兄さんじゃない。俺は、父親じゃない」
そう、心の中で何度も繰り返した。
だが、あのとき、真美が俺のTシャツを求める姿を見た瞬間、俺の胸の中に、ある種の、得体の知れない感情が芽生え始めたのを感じていた。
それは、保護欲という言葉では説明しきれない、より深い、泥のような引力だった。




