第一章:訃報と重圧
電話が鳴ったのは、真夜中の1時過ぎだった。
吉岡康之、28歳。
デザイン事務所で働く俺は、週末の徹夜作業を終え、ようやくベッドに入ろうとしていたところだった。
「もしもし……」
受話器から聞こえてきたのは、警察官の無機質な声と、兄、吉岡健太、そして兄嫁、理恵が交通事故で亡くなったという、あまりにも非現実的な知らせだった。
頭の中が真っ白になる、というのはこういうことかと体感した。
健太兄さんは俺のたった一人の肉親で、理恵さんは、兄さんが再婚して連れてきた義姉だった。
事故現場に駆けつけ、変わり果てた二人の姿を見た瞬間、深い悲しみよりも先に、得体の知れない重圧がのしかかってきた。
両親は数年前に他界している。
親戚と呼べる者も遠方で疎遠だ。
残されたのは、兄夫婦が残したただ一人の娘——俺の姪、吉岡真美、15歳。中学3年生だ。
真美は、兄嫁である理恵さんの連れ子だった。
つまり、俺と真美の間には、一切の血の繋がりがない。
これは、その時の俺にとって、事実というより、むしろ重苦しい現実にわずかな光を差し込む、ただの「情報」でしかなかった。
葬儀はあっけなく、形式的に終わった。
真美は最後まで泣かなかった。
ただ、大きな瞳に何の感情も宿さず、冷たく、静かに、ひたすら虚空を見つめていた。
その表情は、まるで感情という機能が故障した精密機械のようだった。
「康之さん、真美ちゃんのことを、どうするの?」
親族の誰かが、遠慮がちに尋ねた。
「俺が、引き取ります」 即答だった。
他の選択肢など、思い浮かびもしなかった。
健太兄さんは俺にとって、父のような存在だった。
その兄が、最後に俺に残した唯一の肉親の痕跡——それが真美なのだ。
真美を引き取るという決断は、28歳の独身男性にとって、人生のすべてをひっくり返すほどの重いものだった。
俺は真美の法定後見人となり、彼女は俺の、手狭な1LDKのマンションに引っ越してきた。
彼女の生活環境を慮り、俺は職場の近くに、急遽、少し広めの2DKのマンションを借り直した。
そこが、俺たち二人の、新しい「家」となった。




