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第13話 冒険者と王の孤独

狼王戦ついに決着!

「これでお前と戦えるなバケモノ!」


 ナイフを構え、狼王に向き直る。よくわからないが今の俺には謎の魔法が宿っていると考えていいだろう。とはいえ問題が1つ。


(この魔法、どう使うんだ?)


 そう、先の2回は無意識に発動させている。つまり能動的に使用する方法が分からないのだ。困った。実に困った。このままだと折角身につけた魔法の使い方もわけも分からず死ぬことになる。


(とにかく、逃げ回って援軍を待つか?いや、このままだと2人とも死ぬ。しょうがない。頑張るかぁ!)


 兎にも角にも覚悟を決め直し、狼王に向けて突進する。振り下ろされる爪を交わす為、一か八か叫んだ。


「跳べぇ!」


 再度俺の体は跳躍して攻撃を回避した。少しづつわかってきた。この魔法は恐らく一瞬の超高速移動だ。精々数m程度しか移動出来ないが、だからこそ相手からすれば俺が瞬間移動しているように見えるだろう。そしてこの力があれば、俺は敵の攻撃を躱しつつ一方的に攻撃することができる。使いこなせれば、だが。とはいえやるしかない。


「行くぞぉ!」

「ガァァァ、ガルァァァァ!!」


 狼王の攻撃がより苛烈になる。先程までの俺がこの攻撃を浴びていたら間違いなく即死していた。それだけ手加減されていたと言うことだろう。全く、わざと手を抜く獣がいるとは末恐ろしい話だ。しかし裏を返せば、狼王も手加減する余裕が無くなってきたという事だ。


「まだ、まだ、まだまだぁ!」

「グ、ググ...ガァァァ!?」


 俺は高速移動を連続で使用しながら攻撃を全て躱しナイフで的確に斬り付けていく。一発一発は軽いが、それでも今までと比べると的確に攻撃しやすくなり、確実にダメージが蓄積していっている。それに、心なしかナイフの切れ味も良くなっている気がする。


「グルルルル...」

「?」


 狼王が一旦俺から距離をとる。奴は頭を数回振るうと改めてこちらに向き直る。その瞳はこちらを真っ直ぐに見据えている。どうやら奴はこちらを驚異と認め、完全に本気になったようだ。


「へぇ、ようやく本気になりましたってか?」

「グルルルル...ガァァァァァァ!!」

「よっしゃ来いやぁ!」


 ナイフを狼王に向け、攻撃を待ち受ける。奴は今にもこちらに飛びかからんとしている。それに対し俺が取った策はカウンター。向こうの全力を、こちらの全力で迎え撃つ。


「ガァァァァァァァァ!!!」


 全力の突進。その速度は間違いなく過去最速で狙いは1点。俺の首を噛みちぎろうと迫る。その牙が俺に届く直前に、


「おおぉらぁぁ!」


 高速移動した俺は奴の視界から外れ懐に入り込む。そして、そのまま


「どぉりゃぁぁぁぁ!」


 ナイフを狼王の顎目掛けて突き立てる。


「ギャァァァン!?」

「ははっ、ようやく痛そうな声上げたな!」

「ガァァァァ!?」



 巨狼は困惑していた。今目の前にいるのは本来なんの苦労もせずに食い殺せるだけの弱者だ。実際、先程まで奴らの攻撃は自分にさほどダメージを与えられなかった。だが今はどうだ?弱者の一撃は自分の体に確実に傷を付け続けている。特に今の一撃。自らの喉を刺し穿った一撃は自分を追い詰めるのに十分だった。痛い、熱い、苦しい。これ程の苦痛を、彼は未だかつて味わったことが無かった。


(何故、自分はこんなにも苦しんでいる?)

(何故、目の前のこの小さき生き物は諦めない?)

(そして何故、自分はこんなにも高ぶっているのだ?)


 分からない。分からない。分からない。彼の心を疑念が満たす。不可思議な謎ばかりが胸を埋め尽くす。それでも、彼は、狼王と名付けられた1頭の狼の心は、今とある感情に埋め尽くされていた。


「楽しい」


 それは、彼が初めて感じる感覚。野生で生きていては決して思う事の無い感情。そんな、雑念とも呼べる不必要な感情に、彼の本能は揺れ動いていた。


(不思議だ)

(こんな感覚は初めてだ)

(楽しい。あぁ、この気持ちは、そういうものか)


 狼は思う。彼は産まれた時から孤独だった。群れの中で最も賢く、最も大きく、最も強い彼はそして最も孤独だった。グンタイウルフの群れは秩序と統率を重んじる。彼らは社会性の動物だからだ。皮肉な事に、そんな群れの中に「特別」な彼の居場所は無かった。

 彼は幼くして群れを追い出された。何も感じなかった。その日から彼は1人になった。生きる為多くを喰らった。獣も、家畜も、人も、腹が減れば獲物を喰らい、疲労が溜まれば眠り、好きな時に鳴いた。幸い彼は強かった。少なくとも自らの行動範囲においては無敵を誇った。だからこそ彼は産まれた時から孤独だった。そして、それ故に彼は自由だった。


(あぁ、楽しい、楽しい、楽しい!)

(こんなにも楽しいのは初めてだ!)


 そんな彼の心は今、目の前の小さな驚異に釘付けになっている。本来ならば歯牙にもかけない存在。そんな矮小な一匹の雄に全力を出す。こんな事は初めての経験だった。



「はぁ、はぁ、はぁ、ははっ!」


 魔法を連続で使い続け、酸欠1歩手前になるまで脳を酷使したことで、俺の体は悲鳴をあげていた。肩で息をしながらも、無意識に口角が上がっていた。そして、直感でしかないが、目の前の巨狼も、どこか楽しそうに見えた。気の所為かもしれないが、それでも何だかこの戦いを楽しんでいるように見えたのだ。



 目の前の小さな一匹は、楽しそうに笑っている。勿論、狼の彼に人間の気持ちなどわかるはずもないが、お互いに、本能で理解していた。


 目の前の相手は、今自分との争いを楽しんでいる。と。


 とはいえ、彼も限界が近い。特に喉の傷。これが特に重症だ。自分の本能はもう逃げろと叫んでいる。生存を優先するならここで退くべきだ。目の前の存在も自分を追っては来ないだろう。しかし、それでも譲れないものがある。それは野生に無いはずの意地。目の前の相手に勝ちたいというプライドが、野生の本能を上回る。


「来い!」

「ガァァァァァァァァォォ!!」


 お互いに最後の力を振り絞るかのように吠える。それと同時に狼王は何度目になるか分からない俺目掛けての突進。俺もその突進に対し肺が悲鳴を上げ、足も腕もちぎれそうだ。


「うぉぉぉぉぉぉ!」

「グァァァァァァ!」


「ここだぁ!」

「ッ!?」


 狼王の噛みつきを魔法で躱す。そして地面を蹴りつけ、魔法を使い飛び上がる。そのまま斬りかかろうとして目を見開く。何と狼王の爪は確実に俺を捉えていた。何と奴はこの短時間で俺の魔法を見切りフェイントを仕掛けて来たのだ。本当に獣かと疑いたくなるほど知能。改めて2つ名持ちがどれだけ脅威かと言うことを思い知らされる。


「う、おおおぉああ!?」


 無理やり魔法を使って避ける。しかし空中では体の自由が聞かず鉤爪俺の右肩を貫いた。


「が!?あぁぁぁぁ!」

「ギャオン!?」

「まだ、まだ、まだぁぁぁぁ!!」


 痛みで視界が歪むが、俺も今更止まれないし止まる気も無い。幸いにも致命傷は避けた。アドレナリンに任せて無理やり爪を引き抜くと、魔法で跳躍し、剥き出しの首に思い切りナイフを突き立てる。


「ギ、ギャァァァァ!?」


 狼王の悲鳴が響き渡る。俺のか奴のかも分からない血を浴びながらナイフを握り直そうとするも、最早右手には殆ど力が入らないので左手で無理やり握る。そして、


「どぉりゃぁぁぁぁぁ!!」

「とっべぇ!!」


 魔法を使った。ナイフを持ったまま。狼王の首を足で蹴り、()()()()()()()()()


「ギャァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!?」


 狼王の首を斬り抉りながら高速で地面に向かって進む。さしもの奴も首を斬られればただではすまないはずだ。


「グゥ...がァァ...」

「が、はっ」


 俺は受け身も取れず背中から地面に落下する。狼王の巨体がふらつく。 それでもまだ奴の闘志は消えていなかった。目は血走り、何とか俺にトドメを刺そうと踏ん張っている。


(まだだ...まだ、)


 限界を超えた体を無理やり動かす。最早何を原動力に活動しているかも分からないが、根性だけで立ち上がる。


「...」

「ガ、ゴフ...」


 俺が立ち上がるとほぼ同時、狼王がついに倒れた。浅く呼吸をしているが、あの様子では長くないだろう。その姿が、何だかとても痛ましくて、気が付けばふらつく足で歩み寄っていた。



 熱い、苦しい、痛い。いや、それすらも感じなくなってきた。体を動かす事も出来ず、呼吸すらも億劫だ。まともに思考できない頭を回して考える。初めての敗北。そして最期になる。不思議と悔しくはなかった。悲しくも無かったしましてや後悔もなかった。一種の清々しさすら感じていた。今の数刻、自分は間違いなく、この生涯一の経験をした。


「ガ...」


 最早声も出なくなってきた。それでも必死に目を開く。自分を打ち倒した相手を見据える。周囲の全てがぼやけても、何も考えられなくても、何故かその姿だけは鮮明に捉えられた。




「...」


 言葉も発せず立ち尽くす。今の狼王に先程までの苛烈さは無く、弱々しく死を待っている。ふと、ベインに目を向けると、まだ胸が上下していた。生きてはいるらしい。ほっと一息をついて狼王に視線を移す。不思議な感覚だった。仲間を殺されかけたし、今まさに殺しあった相手に向けるべき感情を俺は知らなかった。恨みも怒りも憎しみと無い。憐憫や同情と違う。何とも言い表せない感覚だった。


「...なぁ」


 声をかける。


「お前、強かったよ」


 何故そんなことを言ったのか分からない。言葉は通じないのに。それでも、それでもこれだけは伝えたかった。初めて命を賭けて殺しあった相手に、ただ死ぬだけで終わって欲しくなかった。



 目の前の雄が何か言っている。意味は分からないが、少なくともこちらに対する敵意は感じられない。むしろどこか悲しそうな、寂しそうな声色だった。その姿に思わず声を出す。最期の最後、彼の意思が限界を超えた。


「ガウ...」



 狼王は一声鳴くと、そのまま目を閉じ、動かなくなった。最後の一声はひどく優しい声色だった。その声を聞き届けると同時に俺は地面に倒れ込む。もう指1本動かせない。早く眠ってしまいたかった。



「こっちだ!急げ!」

「ひとまず救出を優先しろ!」

「見えてきたぞあそこだ!」


 多くの声と足音、この感じは馬車だろうか?なるほど、増援が来てくれたらしい。しかし今の俺にはそれに答える気力もなく。


(あぁ、待ちくたびれた。これで、安心...)


 その声が耳に届く頃には俺の意識は暗転していた。



「急いでくれ!ファーストランクの冒険者2人では無謀すぎる!」


 メガロが急かす。彼はギルドに戻ってすぐに狼王出現の報告と2人のファーストランクが時間稼ぎをして自分達を逃がした事を伝えると、その時たまたまギルドにいた冒険者の中からセカンドランク以上の冒険者をかき集め援軍として出発した。


「なぁメガロさん、本当にまだ生きてるのか?そいつらはファーストランクなんだろ、言っちゃあ悪いがもう...」

「だから急いでいるのだ!こんな所で未来ある若者を殺すわけにいくか!まだ間に合うはずだ!」

「リーダー見えました!あれですよね!?」


 馬車の指揮を執る冒険者が叫ぶ。彼は今回主力となったパーティの新人で、ファーストランクながら本人の強い意志で参加していた。


「見えたか!」

「それで状況は!?今どうなってる!?」

「え?」


 彼は呆けてしまった。だって目の前の光景が信じられなかったから。冒険者になって日が浅いとはいえセカンドランクのパーティにいれば2つ名持ちの話は聞いた事がある。通常一体確認されただけで厳戒態勢。腕利きの冒険者達による討伐隊が結成され、返り討ちにあった話も聞いたことがある。そんな存在に自分より歴の浅い新人2人で立ち向かっているの聞いて、まっさきに思ったのはもう死んでいるだろう。だった。


「おいどうした!?何をぼーっとしてる!」


 リーダーと呼ばれた男が叫ぶ。彼は慌てて、目の前の光景を伝えた。


「あの...死んでます」

「なっ、くそ...」

「間に合わなかったか...!総員戦闘配置!相手は2つ名だ、気を抜くな!」

「違うんです!」


 彼の一言に慌てたようにパーティメンバーが武器を構え、メガロは目を伏せる。しかし、彼はすぐにそれを否定する。


「死んでるんですよ!その狼王が!」


 その言葉に皆が慌てて馬車から飛び降りる。彼らの目に移ったのは横たわった3つの影。救助対象の2人と、討伐対象の1頭。


「ともかく、救助だ、急げ!」

「まさか...たった2人分で2つ名持ちを倒したというのか...!?」


 パーティは慣れた手つきで2人を搬送する。両者ともに気を失っており、片や両足が粉砕骨折した上で全身を強打。片や右肩を派手に抉られている。


「なぁ、メガロさん」

「なんだね」

「あの2人、新人だったよな?」

「そう聞いている」


 リーダーは改めて溜息をつき、空を見上げ呟いた。


「全く、とんでもない新人が入ってきたもんだ」


 そして仲間に指示を出した。


「全員帰るぞ!ギルドへの報告も忘れるな!」

「すげぇ...かっけぇ...」


 その様子を見て彼、新人冒険者リヒター・シュテルンは呟く。この日王都は騒然に包まれる。たった2人の新人冒険者が、2つ名持ちの魔物を倒したと広まるのは、これから数時間後の話。

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