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クローバーをお前に  作者: 和知つばき
ムソウヤシキ
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12 【助っ人は瞬間湯沸かし器の二人⑤】

 きっちり七三に分けられた髪型に、背筋をピンと伸ばしたメイド服……この三人が屋敷の主人達であるなら、彼女は侍女?


 黒い髪に黒い目が写真を介して微笑んでくる。まるで幸せの絶頂にいると言うように。

 俺は身震いした。何がそうさせたのか、分からなかった。なぜだろうか。写真に切り取られた幸せの瞬間、それだけだというのに。


 緑萌える芝生に、レジャーシート。その上で赤色のギンガムチェックの布を被せた、ピクニックバスケットが置いてある。侍女を連れてピクニックに行った時だと、写真一枚から理解できた。


「みんな笑ってるね。いいなぁ俺も家族とのピクニック、てやつしてみたかったよ〜」


 片瀬は俺と同じ違和感を持たなかったようだ。ピクニックに行く一家を見て、羨ましそうに見ている。

 しかし、十代後半の男子が強請るには少し子供っぽさがあるな。


「あ!今度みんなでピクニック行こうよ〜。ほら、朝霧隊と和泉隊でさ!これも何かの縁ってことで、どう?愛葉さん」


「は〜?行くわけないでしょ!ツキコちゃんを近づけるわけないでしょ!!ていうかこの状況でよく予定立てようと思えるよね〜!私たち術中に閉じめられてるのに!」


「えーじゃあ脱出したらピクニックしようよ〜」


「だからそういうことじゃない!」


 これまで見たことがないほどに怒る愛葉は、片瀬の足を踏みつけるとプリプリしながら探索に戻った。


「貴様、揶揄うのも程々にしろよ」


「あらら、俺は結構本気なんだけれどな」


 片瀬は愛葉に踏まれたというのに余裕そうである。やはり軟派な奴というのは並大抵の精神を持たない。あれだけ拒否されてもめげないとはな。

 別に尊敬なんぞはしないが、謎の納得感はある。


「あたしは片瀬のこと別に嫌いじゃねーよ?モモに対抗できるのはお前くらいだからな」


 ポン、と片瀬の肩に手を置く朝霧は綻んだ顔を取り繕うこともしなかった。


 愛葉と朝霧はよく喧嘩をしている上に、朝霧には愛葉に言葉で勝てない鬱憤があるのだろう。片瀬にイラついた愛葉をニヤついて見ていた朝霧、それを俺は視界の端で捉えていた。


 つまり馬鹿共の連鎖を見てしまったのである。


「ところで朝霧、それはなんだ?」


「あ?これか?」


 朝霧は片方を片瀬に、もう片方は重そうな本を持っている。


「これアルバム。でもよ、ひっくり返しても鍵は見つからなかったぞ」


 パタパタとひっくり返して見せるが、確かに何も落ちてこない。しかし片瀬の言うように、鍵そのものがこの部屋を開けるカギになるかは不明だ。

 だから手掛かりになるのであれば、なんでも知っておくべきだ。


「それ、見せてみろ」


「?本当になにもないぞ?」


「いいから」


 不可解と言った感じの顔でアルバムをベッドに置く。赤く染めた皮表紙を開けば、保護フィルムに入れられた写真が見えた。


 写真はアルバムに入れることで整頓はできる。だがこの厚み……余程幸せな家庭だったのであろう。アルバムに入れられた枚数は、幸せを物語るのだ。


「これが最初の写真だな……」


 まだ子供の生まれていない夫婦の写真だ。婚礼衣装に身を包み、雛壇に飾られた人形のように並んで写真に写っている。

 その次の写真も、その次も婚儀の写真であった。ペラペラと何枚もページを捲っていくと、別の人物も登場してきた。黒髪に黒い目、メイド服を着た侍女だ。


 途中から写真に映っている……なるほど、この夫婦に昔から仕えてきたわけではないようだ。夫婦の結婚後、少しの経ってからということになる。


「ここから腹デカくなってんのな。じゃあ、あの写真立てにいた子供がこの腹にいんのか?」


 朝霧の指摘通り、妊婦となった女性が椅子に座っている。そのお腹に耳を当てる男性は嬉しそうに、笑って……。


 これが普通の家族か。

 俺には、こんな……。


「あ、生まれてる。うわ、手!ちっちぇ!」


 ぼんやりする俺を他所に、朝霧のページを捲る手は止まらなかった。いつの間にか出産日の写真にまで行っている。


 小さい、人間の赤子。名前の通り赤く色づいている姿は、皮膚の薄さがよく分かる。その下にある血が透けて見えるように。

 小さく弱々しい赤子の横で、満身創痍の母親が手を伸ばしている。目からは涙を流すも、慈愛に満ちた瞳で見つめていた。


 母親とは、誰しもがこうなのか。生まれた我が子を愛おしく見つめてくれるものなのか。俺には分からない。生まれて間もなく、母親が鬼籍に入った俺には。だが、母もこんな顔をしていたのならば、確かに幸せであったと思いたい。

 俺と母、二人で分かち合える幸せではなくとも、母は俺に会えて幸せであったと。この写真のように……。

 俺は気がつけば、慈愛に満ちた母親の写真に手を伸ばしていた。触れても指に保護フィルムが滑るだけだったが、それでも胸が熱くなる。


 キィ


 すると木の軋む音が聞こえて来た。


「ええ!?扉が勝手に開いた!」


「っ!?」


 騒ぐ和泉隊長の声に俺はハッとする。アルバムから手を離し、その声の元を見ると、和泉隊長は扉へ指を差している。

 それは隙間が空いたどころじゃない、俺たちを招くように開かれている。


「か、鍵なんて誰も差してねぇのに!なんだよこれ!」


 狼狽える朝霧は目を見張っている。俺も同じように驚いているが、先ほどの行動を思い出した。


「……写真に触れた瞬間、扉が開いた」


 もしかするとフィルム越しでも、その行動が“鍵”に?ありえないことではないのか?……いや、まずこの術中が不可解なのだ。鍵が“行動によるもの”であっても不可解が重なるだけで、不思議ではないかもな。


「たったしかに魔術で作られた異空間ですから、鍵そのものじゃあなくても変ではない……です、かね?」


 そう言う和泉隊長は、腰が引けながら恐る恐る扉に近づいている。そこへ情けない和泉隊長の背中を押すように、片瀬が歩いてきた。


「ちょっ待って!押さないでくださいー!!」


「いや〜なんかみんな怖がっちゃってるけれど、進むしか無いんじゃない?俺たち後退はできないからね〜」


「違います!怖がってるんじゃないです!僕は慎重なんです!!あっやめて!本当にもう入っちゃう!」


 騒いでもグイグイ押されていく和泉隊長に何度目かの情けなさに感じつつ、俺も後ろに続く。

 そうだ、俺たちには後退ができない。開いた扉を進むしか後は残されていない。慈愛の映る写真に名残惜しさはあるものの、立ち止まって停滞する道も俺たちにはないのだ。


「ひ!ひぇーーー!!!」


 三十路男性の叫び声は、俺も背中を押したことでより強まった。

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