11 【助っ人は瞬間湯沸かし器の二人④】
「で、次はどうする?」
靴も履いていない足袋の裏から、ひんやりとした床の温度が伝わる。地下なのだろうか、冷たい風が足元を抜けて行った。
「こっち〜!階段あるよ!」
愛葉が、檻から出て左の曲がり角から俺達を呼ぶ。近くにいるのにブンブン手を振るさまは、子供っぽい。
「さっさと行ってさっさと出るぞ!」
朝霧がズンズン歩いて行くのに倣って、俺も着いて行く。進むごとに、石畳の凹凸が足裏を刺激した。
屋敷に入った当初は、こんな牢屋があるとは思いもしなかった。そもそも貴族の屋敷に牢屋を作るとはどういうことなんだ。
梅花町は北区の中で、比較的治安が良い地区だ。にもかかわらず、牢屋?何のためなんだ。
いや、俺が一人で考えても仕方がない。ここはそういう事情に詳しい人物に聞くべきか。
「愛葉、黒坂の屋敷に牢屋はあるのか?」
「ええ〜?いきなりSMの話デスカ〜?キャっ!えっち〜」
こいつ、俺を愚弄する気か!
「そんなわけないだろう!……貴族の屋敷に牢屋が存在するものなのか聞いているんだ」
「アハッ嘘、嘘!う〜ん、貴族の屋敷に牢屋ってヤバいとこにはあるかもね〜。そうそう、例えば……前警務部総監のお屋敷とか、ね」
「……」
愛葉は揶揄ったかと思えば、俺に嫌な奴を思い出させてきた。
前警務部総監。それは父上が現職に就く前、貴族であることを笠に着て差別的ないびりを父上にしていた奴だ。権力を持った豚、それが前警務部総監である。
「えー?なんで愛葉さんはそんなこと知ってるの?」
「内〜緒」
「ヘ〜。秘密主義な女の子なんだね。俺、タイプかも」
「うっ、スケコマシ!近づかないで!」
つまり、普通の貴族は牢屋を作らないってことか。であるなら、ここは魔術によって作られた空間?
階段を登った先は木製の扉がある。先ほどの推測通りに考えるなら、作られた空間である牢屋、それに繋がるこの扉の先も、また魔術によって作られた空間かもしれない。
まだ後ろで軟派男とピンク髪が五月蝿いが、気を引き締めねば。
キィ
「っ!」
木製らしい軋む音が鳴ると、扉の向こうには俺の考えとは違う空間が広がっていた。
「何だここ……普通の部屋だ」
左手側にキングサイズのベッド、その傍らに花瓶の乗ったサイドテーブル。枯れ始まった紫と黄色の花が飾られている。右手側には陽が差し込む窓、何台かのチェストや化粧台……この部屋は一般的な寝室に見える。
「さっきの牢屋と違って人が生活してた感、あるな」
朝霧の言葉に俺も頷く。枯れ始まった花、チェストの上に置いてある写真立て、化粧台に置いてある化粧道具は人の営みを感じる。
「扉は二つですね。……あれ?」
ガチャガチャガチャ!
和泉隊長がベッドの向こう側にある扉のノブを回すも、音が鳴るだけで開かない。
「ここ開かないです!」
何、嘘だろ?
俺も近づきドアノブを回してみるが、裏にセメントを流したのかと思うほど全く動かなかった。
「おい、そっちは!?」
「こっちもダメだ。ドアノブは回るけれど、扉を押せない!」
いや、そんなわけないだろうと朝霧が体当たりを試みるが扉はびくともしなかった。ゴンッと聞いている方も痛くなる音をさせるのみで。
「ちなみに〜、戻れもしないみたいだよ〜」
俺たちがと思った牢屋に繋がる扉を、愛葉が開こうとしている。しかし言葉通り戻ることができないようだ。俺たち同様、押してもうんともすんともしない。
「僕達、また閉じ込められちゃいましたぁ〜!」
三十路を越えているはず男性の叫びが、この寝室に響き渡る。
やめてくれ、恥ずかしいから。
「おいどーにかしろよ!お前隊長だろ?」
やめろ、そんな恥ずかしい奴に詰め寄るな。
「無理です!僕隊長だけど、なりたくてなったわけじゃないですし!そもそもなんで北区に配属され続けるのかも分からないし、僕毎回、異動願い出してるんですよ!ああ〜、北区から異動できてたら今頃こんな屋敷に閉じ込められることもなかったのに〜!!」
「うわっうるせーな!つかお前が異動できてたとしても、あたしらここに閉じ込められたまんまじゃねぇーか!そういうのムセキニンって言うんだぞ!」
「キャ〜!リンネちゃんの語彙が増えた成長に、モモちゃん感動〜」
いつも通りの茶番が終わったところで、朝霧は胸ぐらを掴んでいた和泉隊長を放り出す。
「ヒィ!酷いです!」
投げ捨てられた和泉隊長はオーバーに被害者ぶる。本当に三十路を越えたとは思えない。
「はぁ……おい、おふざけは終わったな?この寝室から出なくては行けないんだ、さっさとこの部屋洗うぞ」
「ア、アラウ……?」
朝霧が眉間に皺を寄せ、何を言ってるんだこいつと言いたげな顔で俺を見る。
「……調べるってことだ」
こいつ、なんとなく思っていたが言葉を知らないんだな。
「最初っからそう言えよ」
口を尖らせ愚痴垂れるのを見るに、今は勉強中なのだろうか。居心地悪そうに言うのは、引け目の現れ……いや、考え過ぎか。
俺は余計な考えから寝室の観察に移る。チェストの隣にあるのはウォークインクローゼット。その中を見れば質の良さそうなスーツやドレスが数着ある。
この屋敷の主人達のものと考えるべきか。
「ま、確かにこういうのってさ〜、鍵がどこかに隠されているってオチあるもんね。映画とか児童文学とかで」
片瀬はそう言いながら、チェストの上に置かれた写真立てを手に取る。
「そうそう、こういうのが手掛かりになったりね」
「そういうのに詳しいんですね!」
「そー、俺って多趣味なの」
「飽きっぽいだけでしょ」
愛葉の厳しい一撃が入ったところで、俺は片瀬の手にある写真立てを覗く。
そこに写っているのは四人の男女。
いい身なりをした男女の間に、薄紫色のワンピースを着た少女が笑顔でこちらを見ている。そしてその三人から一人分離れて女性が写っていた。
きっちり七三に分けられた髪型に、背筋をピンと伸ばしたメイド服……この三人が屋敷の主人達であるなら、彼女は侍女?
黒い髪に黒い目が写真を介して微笑んでくる。まるで幸せの絶頂にいると言うように。




