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外観だけ見れば、ちゃんとしているんだよなぁ。だからこそ、魔術が屋敷内だけを変化させたと推測したいのに、あの空や淀みがその推測を否定してくる。
何にしても、屋敷に入らないと分からないってことだ。
「屋敷外の観察終わりました。……中、入りましょう」
チグハグで意味不明な屋敷に、少しの恐怖を持ちながら私は玄関扉に手をかける。
「やっぱり軽い」
想像通りだ。屋敷の中と外で違う玄関扉の大きさ、しかし、外から中にはいる際の玄関扉の重さは変わらない。
それはつまり、幻と現実が混ざっているということだろうか?目に見えるものが現実のものとは限らないのなら、それもあり得る?
……もしかしたら、屋敷内の広さも現実と混ざっている部分があったり、現実にある部屋がこの異空間にも存在していたりして。
私は新たな疑問を持ちながら、女中さんに案内された道を逆戻りする。赤い柱、組子障子、天井の高さはやはり屋敷の外観デザインとそぐわない。
その真っ赤な柱で区切られた部屋を通り過ぎると、曲がり角がある。「田」の字と同じだ。部屋と部屋の間に、廊下が四方に伸びている。
「曲がり角の廊下は続いてますね、奥が見えません」
ツキコが怖がりながらも報告する。
私も曲がらずに目視で確認すれば、真っ直ぐ進んでいるこの長い廊下と同じように奥が見えなかった。
これは曲がらずにいて正解だ。
「やっぱり広すぎだよね〜。横見ても前見てもこんなに広くってさ〜、女中達ってどうしてるんだろ?」
「どうしてる?」
屋敷内を観察していた私は、モモの言葉をつい復唱してしまう。考えることが多いと、復唱して頭に情報を入れようとするからだ。
「そ、私も黒坂家のメイドでしょ?だからさ〜、働きやすさって考えちゃうんだよね。玄関から入るとちょっとしたスペースがあるでしょ?ロビーでやつね。でもこの屋敷には無いんだよね〜。その代わり部屋も廊下も広い!なんなら部屋も空き部屋!こうも広いとさ〜、洗濯室もキッチンも従業員用トイレも遠そうじゃない?」
「なるほど、たしかに働く人目線で見たらこの屋敷は変だね」
「でしょ〜?お料理の途中でトイレ行きたいって思っても、この屋敷だと漏らしちゃうよ〜。ここって働くとか住むとか、そういう生活観、見えなくない?それにそれに!もっと変なのはさ〜ここの従業員っていうか、女中が仕事に対して真面目なとこだよ!」
「あ?何だよ、真面目じゃ悪りぃのか?」
どういうことだろう、と聞いている私とモモの間にリンネが顔を挟んできた。筋肉のついた腕が私の頭にずしり、とのしかかる。
お、重い……。
「いや、悪い悪く無いの話じゃなくてさ。チグハグな屋敷内に比べて、働く人がキッチリしているところが……うーん、なんか違和感がね」
まぁ言われてみれば、確かにそうかも?
屋敷の出鱈目さとは違い、女中さんの振る舞いは至ってシンプルだ。話しかけると無視するが、草むしりをさせるために私達を玄関まで送り届けた。
「それってなんかプログラムっぽくな〜い?」
「プログラム?……コンピューター、てやつか?」
「全く……本当にリンネちゃんって世を知らないんだね。モモちゃん泣いちゃうよ」
私はまたもや始まりそうな喧嘩の気を察して、二人から少し離れる。
ツキコの言っていた魔術。それが異空間に含まれる全てのもの……空や風景、建物、人物もだとすると、先程モモの言っていた違和感は……。
私が悶々と考えていると、キョウジ隊長が私達を腕で制した。警戒する様子で、ある一点を伺っている。
「左手側の部屋、あそこだけ部屋が空いてないか?」
「部屋?……あっ本当だ!今まで通り過ぎてきた部屋と違って障子が開いてます!」
キョウジ隊長の言う通り、前方左手側の部屋だけが開かれていた。そこから漂う花の香りが鼻を掠める。ふわっと流れるこの香りは甘い……蘭だ。
「何でこの部屋だけ?」
咽せ返るほどではないが、開かれた部屋に近づくたびに香りが強くなっていた。キョウジ隊長が一歩進むたびに、私達も進む。
コツ コツ
喉に残るこの甘さ、なんだろうか……嫌な予感がする。
コツ コツ
一歩歩くたびになる靴音は廊下に響いている。それを聞くのは私たちだけのはずなのに──身震いがする。もしかして、誰かに見られている?
「うわぁああ!!」
するとその瞬間、私の背後で叫び声が聞こえてきた!
この声って……!
「リンネ!」
急いで振り向けば、リンネが白い渦に吸い込まれる寸前だった。しかもモモと一緒にだ!
「モモっ!!」
慌てたツキコが茨の鞭でモモを巻き付けた。ヒュルっと巻き付く鞭がモモの腕に絡みつく。それを見た私とキョウジ隊長も、ツキコの持つ鞭を一緒になって掴む。
「お前達!手を離すなよ!」
嘘でしょ!?やばいよ!ここで白い渦!?どこに飛ばされるかも分からないのに!!
「っ!ツキコちゃん、手がっ!」
モモの驚いた顔が見える。目を丸くして余裕のない顔だ。自分が渦に吸い込まれそうになっているのに、ツキコの心配するなんて!……え?これって血?
ポタ、と頬に雫が当たる。吸い込まれる空気と一緒に血も流れるように吸い込まれ、前方にいる私の頬に当たっているのだ。
「っ!」
後ろにいるのはツキコだ。私は首を後ろに動かし、ツキコの様子を見た。すると、ツキコの手から血が流れているではないか!
「棘……そのまま掴んでる!」
彼女の真っ白い肌が赤く濡れている。傷ひとつなく大事に育てられてきたツキコが、痛みを感じさせずその手に棘を食い込ませて。
彼女は本気だ、本気でモモを助けようとしているのだ。
「モモっ!絶対離さない!!」
いつものツキコにはない、凄みが声から伝わってきた。離さないで、絶対大丈夫だからと自分に言い聞かせているように。
私だってリンネが吸い込まれているんだ!離さない!さっき助けてもらったんだから、次は私が!!
「……ごめん、ツキコちゃん」
「え?」
モモ、何をやって……!
モモは自分の方にまで飛ぶ、ツキコの血を親指で拭うと何か思案する顔をした。そしてそのまま茨の鞭を腕から離し始めたのだ。
「やめて!モモ!」
叫びに似た願いがモモにぶつかる。しかし当の本人は関係ないとでも言うように、離す手を止めはしなかった。
「従者は主人の迷惑になってはいけない、従者はどんな事があっても主人の体に傷をつけてはいけない」
あ、ダメ!ダメだよ!!リンネがモモの腰を掴んでいる以上、あの鞭が生命線なんだ!
やめて!!
ひゅるる ひゅるる
きゅー きゅー
ザザザザ ザザザザ
ああ、またあの音、吸い込まれた時に鳴っていた変な音だ。嫌だ、やめて!!こんな所で離れるなんて!
そんな私の願いは虚しくも散ることとなった。ヒューと一際大きい音がなった時、完全に腕から鞭が離れたのだった。
「リンネ!!」
「モモ!!」
私達の声は彼女達に聞こえていたのだろうか、それか声も一緒に吸い込まれたのだろうか。
二人は、さっきまで在った喧騒ごとなくなっていた。今ここにあるのは、残された三人の静かな息遣い。そして警報の如く鳴り止まない、動悸の音だけだった。




