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「草むしりってことはさ〜、このまま着いてったら外出られるね」
確かに、モモが言うように出口の確保ができるのはありがたい。この場所が何であろうとも、行方不明者を見つけ次第、脱出すれば良いんだから。
それにしてもこの空間を観察して分かったことは、チグハグであるということだけだ。
「見慣れた組子障子に異国感漂う真っ赤な柱、天井も高すぎるな……お前達、あちこち触るなよ」
あらゆる要素を取ってつけたチグハグさは、立体的なコラージュ。幼子の描く、落書きを思い出させる。
「うわぁ、何だか落ち着かないですね。全体がチグハグな感じで……そもそもこの空間自体が広すぎますし。これは何かの施設ですかね?」
と疑問の中、玄関が見えてきた。さっきまで奥が見えないと思っていたのに、案内されるまま歩くとすぐに玄関に着いたのだ。
見えた扉は天井の高さに比例するように、やはり大きい。あれから一言も発さないこの女の人は、その大きな扉に手をかけると片手で開けてみせた。
「っ!」
私は驚いた。彼女が片手で大きな扉を開けたことにではなく、その扉の向こうに見える風景に驚愕したのだ。
渦だ……空が、渦で覆われている。
そう、私たちが吸い込まれた渦と同様のものが空にあるのだ。ゆっくりと渦巻いていく白。風さえも吸い込むというのか、生ぬるい風が首をすり抜ける。
思わず身震いしたが、私たちが「異空間」に連れられた事実はまだ飲み込めない。
「……出口ねぇじゃんかよ」
リンネの声がぽつり、その場に残る。
一歩外へ出れば門の向こうが見えてきた。よく目を凝らすと、蜃気楼のようにゆらゆら揺れる淀みがこの場所全体を丸く囲っている。
「何これ、閉じ込められてる!?」
「っ皆さん、離れて!」
焦ったツキコが、茨の鞭でその淀みを裂こうとする。装備を失った今、ツキコの魔術は貴重な戦力だ。
しかしその貴重な戦力を、淀みはバチン!と跳ね返すと囲いを縮めてきた。
門の周りにあった淀みが、門を飲み込んで侵食しているのだ。
「ちょっとちょっと〜!閉じ込めらた上に狭まってきたんですけど〜!」
空は渦、周りは謎の淀み……これは何なんだ。空の渦から私達は落ちたのか?いや違う、起きたら室内にいたんだ。……じゃあ、この渦は?この淀みは?
渦を見れば巨大な目のように、中心がこちらを覗いている。まるで私達を監視しているかのよう。
「あなた方の仕事は草むしりです。新人」
異様な風景に全く驚かない女性は、私達にそう言う。眉一つ動かないどころか、目だって先ほどから合わない。目が虚という事ではなく、ロボットのように事務的だ。
「あの!ここは!?な、何で空が……!」
バタン
と私の言葉をついに聞くことも、応えることもなく、彼女は扉を閉めた。
残されたのは気味の悪い空と、外へ出られない門、芝生を踏む私たち五人。
「無視、されちゃいました」
「ああ、そうだな……」
何も分からない、ここが異空間であること以外は。私達の格好は変えられて、装備品は無くなっている。無視してどこかへ行った、恐らく女中であろう人物の言葉は「新人は草むしり」のみ。
何、この場所……?
「やべーな、これ化物の仕業なのかよ」
リンネの引き気味の声に私も同調するが、そもそも化け物にこんな芸当できただろうか……?
「場所の転移、異空間の創造、その空間に人物を配置、行動させるなんて、聞いたことないよ!」
聞いたことも……見たことも、ない。
というのに、なぜかツキコが少し戸惑いながら手を挙げている。
ツキコは何か知っているの?
「私、思い当たる節があります……」
「思い当たる節、とはなんだ?」
キョウジ隊長もそんな化物を知らないと、ツキコに怪訝な顔をする。特務部で経験の長いキョウジ隊長が知らない化物を、ツキコは知っているということだ。
「黒坂家の所蔵する歴史書に、千年前の対外来化物大戦について書かれた記述があるのです。そこには、私のように薔薇を生えさせられる物質的魔術師もいれば……暗示をかける非物質的魔術師もいたようなのです」
「じゃあ、これって!」
「はい……魔術師が絡んでいるのではないかと。現代にも暗示の魔術師が生まれているのだとすれば……この空間自体が誰かの創造物。私達はそこに入ってしまったのかもしれません」
ここが誰かの創造物?魔術師がいるかもしれないって事?
「暗示の魔術は紙を用いて使用するとのことでした。魔術師本人も、他人……人間も、その紙を用いれば魔術を使用できると。簡易魔術でも、使用数の多さが戦力になったそうです。歴史書に当時の功績者として暗示の魔術師の記載がありました」
「は!?他人も使えるとか、それズルじゃねーか!」
魔術師は謎が多い。それはツキコが以前言ったように、希少種である事も関係するが、人間の想像を超えた力を持っているから。彼ら自身が魔術師である、と公言しない限り見た目では人間とさほど変わらないのだ、隠し通せる。…….髪色や目の色が多様である以外。
だが、それらさえ隠せば魔術師だとバレずに暮らせるのだ。被差別か憧憬の煩わしさか、隠す理由は分からないけれど。魔術師ごとに異なる魔術は、本人が発現しなければ不明のまま……謎になる。これが“魔術師は謎が多い原因”だ。
この異空間に魔術師が関与しているのならば、まさに想像を超えている。原理も動機も、一切。
「化物にはできない芸当も、魔術師ならできるか……」
キョウジ隊長も“魔術師”という謎の種族に、面を喰らっていた。険しい顔でメガネを掛け直している。
当たり前だ。日の丸国に生きる魔術師は、ツキコとそのお婆様の二人だと思っていたのだから。
現代、魔術師は人間との交配により魔術の発現がしづらくなっている。魔術師の血が流れているからといって、必ず魔術が使える訳ではないのだ。ツキコのお父上は魔術師の血が流れているが、魔術の発現はしなかった。髪や目の色も、私達人間と同じ。
「現存する三人目の魔術師」
いるんだ。そして私達はきっと、その魔術師の術中にいる。




