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クローバーをお前に  作者: 和知つばき
ムソウヤシキ
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3

「和泉隊も行方不明に……?そうかぁ、うーん」


 支局長は連絡機の向こうで頭を抱えていることだろう。悩む声は私たちに届いている。


「いや〜やっぱり無断欠勤じゃなかったんだね。それにしても三隊目が和泉隊とは……内々に処理したいね」


 内々、とはきっとジン君のことだ。

 白峯ジン。その父親は現警務部総監、白峯セイイチ。唯一平民から総監にまで上り詰めた人物だ。

 自分にも他人にも厳しいと有名だから、支局長は内々に処理したいのかもしれない。


「これは事件だろうね、しかも人的じゃない……化物が関わっているとみて間違いない。うーん、本当は君たち新入隊員にはもっと易しい任務を任せたいんだけれど、ほら僕らって人材不足でしょ?だから君達に調査をしてもらうってことでいいかな?」


 思いがけない任務に、私は血が巡るのを感じる。行方不明の友人の調査、新人には荷が重いけれどやるしかないのだと。


「やります!やらせてください!」


 キョウジ隊長の持つ連絡機を手で引き寄る。私の懇願は焦りで叫びになっていた。


「うん、良い声だ。じゃあ頼んだよ……ではまずは状況説明から。三日前の中元隊は警ら予定区域、梅花町(ばいかちょう)へ行ってから連絡が途絶えた。二日前には三島隊が同区域に向かうも行方不明に。以降連絡が全くないことから、今朝方和泉隊に調査命令を出した」


 そして私とジン君が通話中に、連絡機の通信が途切れる。キョウジ隊長が和泉隊長に連絡するも不通であった。

 経緯を聞きながら自分でも整理していくと、落ち着きを取り戻す。


「通話が途切れたとの報告がある通り、恐らくこれは連続行方不明。何かに巻き込まれた可能性が高い。そして共通点は警ら予定区域が同じであること、だから朝霧隊には同区域で警務部三隊の手掛かりを見つけてもらいたい。懸念としては、大人数の犯行だと予想されることだ。警務部も特務部同様に護身、制圧はできる。しかしその警務部が三隊とも巻き込まれて今も連絡がない……キョウジ、十分に気をつけるんだよ」


 大人数の犯行かもしれない……そうだ、化物の中に特務部も警務部も恨んでいる者は少なくない。化物を捕獲、退治するということは、市民の化物に対する風当たりが強くなることに繋がるのだ。

 自分の家の隣にも化物がいる、あいつらは本当に安全なのか、今いい子ぶっていてもいつかは人間の肉を食べ始めるのではないのか


 偏見である。士官学校で化物学は必須科目であったから分かる。食人行為は限られた化物が起こすが、全種族が食人行為をする訳ではない。むしろ忌避するのだ。非食人化物に食人文化が元からないことは歴史を学べば分かる。そして非食人化物達は人間社会に馴染もうと、清廉さや善人さを示すのだ。当然人間よりも。


 だが同時に先ほどのような偏見は存在し、差別的な言葉を投げかけられる。その中で化物は清廉さや善行の結果に疑問を持ち始める。


 化物学による社会問題は「化物は清く生きることを求められる。しかし人間は清さよりも食人に興味関心や恐怖を感じる。そのため非食人化物と食人化物を同一視すると差別をし始める」。これが「化物差別」である。

 非食人化物は差別をされても清く生きることを社会に強いられる。

 その背景があるから化物の中に、特務部や警務部への反発が生まれていくのだ。化物が起こす事件が起こればニュースや新聞などで伝わっていく。それが化物差別を引き起こす一因であるならば、化物を取り締まる特務部やそれに近しい警務部は差別のきっかけ作りをしている、と一部に思われている。


 特に低所得者はその傾向が多いという。化物だからと職に就けず、辛うじて見つけた職は低賃金。その職場に化物差別者が居れば心は荒んでいく。

 特務部に所属する化物は、安全性を認められた才能を持つ一握り。それに憧れをもつか、裏切りと感じるのか……根深い社会問題だ。


 そのため一般市民の化物が、警務部に敵意を示し犯行に及ぶことは十分考えられるのだ。


「了解。梅花町の調査を進めます」


 強張った声のキョウジ隊長。化物からの襲撃が気がかりなのか。

 連絡機の通話終了ボタンを押すと、私達は無言で準備に取り掛かる。

 今日は休日だったが、愚痴を言う暇は無い。リュックに装備品を詰め込み、着慣れてきた制服に着替えた。この間切り裂かれた衝撃吸収チョッキは新品に変わっている。私の命綱だ、しっかり動作確認もして……


「すみません遅れました!行きましょう!」


 準備に時間のかかった私は、一刻も早く向かうため靴紐を素早く締める。その間も頭の中は、無事でいてほしい気持ちで一杯。


「よし、梅花町はここから近い。このまま歩いて行くぞ」


 掛け声と共に宿舎を出る。一歩外を出れば、化物の目線に警戒するよう歩く。今も見ているかもしれない、狙われるかもしれないのだ。



 気を張り続けて三十分歩けば、目的地の梅花町に着いた。ここは北区の中でも閑静な住宅街……特に高所得者層が居を構える地域だ。道路舗装は滑らかで、他地域と比べても税利用の優先度が高いことが伺える。

 また邸宅がずらりと並ぶ姿は壮観だ。門構えからして他とは違う。屋敷一つに何歩足を運べば端まで行けるのだろう。


「ここが梅花町?……なんか居心地悪ぃんだけど」


 うげぇ、と言いたげなリンネに少し同意する。私もこう言う場所は苦手だ。背筋をピンと張り詰めるよう、強制されるような感じが。


「……化物の気配は感じられませんね。それどころか人の気配もないです」


「ああ」


 ツキコに短く賛同すると、キョウジ隊長は歩くペースを緩めた。


「手がかりがないか探すが、隊全員で動く。別れた瞬間に行方不明なんてたまったもんじゃないからな」


 と、一歩進むと何か空気が澱む感じがした。まるで蜃気楼のように、目の端に映る門柱が


 ぐにゃり……ぐにゃり……


「え、何これ……」


「地面揺れちゃってる〜!」


 いや門柱だけじゃない、地面も空も揺れている。ぐにゃりと渦を巻くように、視界に映る景色が歪んでいく。


 うぅ、気持ち悪い……三半規管の異常で、目が回って立って……られない!


「っ、チカ……!」


 リンネが酷く焦った顔で手を伸ばしてくる。「私も手を伸ばさなきゃ」そう思うのに身体が動かない、伸ばそうとする右腕が重くて手を掴めないのだ。


 それよりも……何だろう、身体が何かに吸い寄せられるみたいに、足が後ろに引き摺られる感覚がある。


 私は何が起こっているんだ、と思い後ろを振り返る。するとそこには、私を吸い込もうとする白い渦が現れていた。


 あ、これ危険なやつだ。

 直感が脳に警報を鳴らす。


「リ、リンネ……!」


 手を伸ばさなきゃ!

 動け!動け!動いて!!


 リンネの手と指先が触れる。だが駄目だ、掴めない。きっとリンネが一歩踏み出したら掴めるけれど、彼女も吸い込まれそうな渦に、足を踏ん張って耐えているのだ。踏み出した瞬間、リンネの体勢は崩れ、それに押されるよう私も吸い込まれる。


 だからリンネが耐えているうちに、なんとかして……!


「……あっ」


 その時、足が浮いたと分かった。耐えていた右足の踵に地面の圧を感じない。


「え、わっわぁあー!!」


 足一本が浮けば、そこから身体が吸い込まれるのは早いものだ。掃除機に吸い込まれる埃のように、身体が白い渦に招かれる。


 ひゅるる ひゅるる

 きゅー きゅー

 ザザザザ ザザザザ


 白い渦に近づくと、何か変な音がする。物だろうか、生き物だろうか分からないその音に私は恐怖した。


 この渦の中に化け物がいたらどうしよう……私、今度こそ死んじゃうかも!


 恐怖に負けそうになりながら渦に飲み込まれていく。右足から背中、左腕……未知の物に身体の半分が埋まった。怖くて思わず目をギュッと瞑る。


 ああもう駄目だ!


 諦めたその時だった、私のバディの声が耳元で聞こえた。それに驚き目を開けば、あの青い髪が目に映る。


「チカ!!」


 え、何で……?リンネ!?


 吸い込まれる渦は、リンネの身体も飲み込んでいる。彼女が私を守るように頭を抱え込んだまま。


「ちょっとちょっと待った〜!!」


「きゃー!」


「お前達動くなって……っ!」


 しかしリンネだけではない、リンネの腰にいつの間にか巻いてあった茨を掴むようにモモやツキコ、キョウジ隊長までもが流れてくる。

 私達はその身体達に押されるよう、渦に入っていった。


「ええーー!!!」


 そんな!全員来ちゃうの!?



 渦は五人を収めると、ぱっと消える。元からそこに何もないと言うように、閑静な住宅街は鳥の鳴き声が聞こえるばかりであった。

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