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人狼と男女……アカネという女の怪しげな取引、リンネの告白から二週間経った。
私達はあれから、共有する秘密を抱えることでもっと親密になっていた。今だって私が通話中だというのに、後ろでわちゃわちゃしているぐらいに。
モモとリンネから離れていても拡声器の如く聞こえてくる。どうせまたモモがちょっかい掛けて、リンネが怒鳴っているんだ。見なくても分かる。
そしてキョウジ隊長もツキコも我観せずに、緑茶を啜っていることだろう。
「赤井?聞こえているか?……なんだ動物園にでもいるのか?後ろがやけにうるさいな」
「えへへ……ちょっとモモとリンネがね、えーと遊んでるのかなぁ?」
訝しげに聞く彼に、しどろもどろになる。その通話相手はジン君だ。
警務部と特務部、働く場は違えど同じ第一北区所属だからか、私を気にかけてくれているようだ。“力強き者が弱き者を助ける”その信条はやはり彼の核だ。
それよりもあの二人、動物って言われちゃったよ。
「何だあいつらか、赤井も大変だな。……何かあれば俺に言え、あいつらを叱るくらいはできる」
「いやいやいや!大丈夫だよ。でもありがとう。……そう言えばジン君、今日はどうして電話を?」
彼が通話をするなんて珍しい。思い遣りのある一面、誰とも群れない孤高の王様。それが白峯ジンだ。ましてや特定の誰かに連絡する姿は珍しい。
「ああ。この間の一色隊長との鍛錬や合同任務で赤井を見くびっていたことを謝罪したくてな。すまない……守らなければならないと理由をつけて、赤井の成長を俺は妨げていた」
「ええ!いや全然謝る必要ないよ!だって私、ジン君に甘えていた節あるし。戦えないからしょうがないとか思っていたし!それに、ジン君は戦えなかった私に戦う事を強制する事だってなかったよ……だから、その、ありがとう」
う、うわ気恥ずかしいー!連絡機越しなのに何でこんなに緊張しているんだろう!あ〜手汗まで出てきた!
「そ、それよりもさ!あの時の鍛錬どうだった?ジン君から見て何点?」
「っ、そうだな……百点じゃないか?以前の赤井は模擬戦中も足がすくんでいただろう。鍛錬では、一色隊長が手を抜いていたことを込みであそこまで動けたんだ。素晴らしい成長だ」
あ、やっぱり一色隊長は手を抜いてたんだ。何となくそうかと思ってたんだよ。二日そこらで隊長に追いつけるわけない、て。
何だろうか。そう気づくと一色隊長の蛇のような笑いが、私を見てニヤリと笑っている気がする。あの顔は鮮明に思い浮かべられた。
「へへ、お恥ずかしい」
「恥ずかしがることではない、誇ればいい。その誇りは更なる成長に結びつく、それが原動力だ」
原動力か……確かに誇ったままでいいのかも。
うわ〜口がニマニマしちゃうな〜!こんなに褒められて良いのかなぁ。
「おいおい、男前。任務前のイチャイチャタイムか〜?全く隅に置けないねぇ」
私が口元を抑えきれずにいると、連絡機の向こうから片瀬君の声がする。私たちを揶揄う冗談は楽しそうだ。
「違う、そういうものではない。それに赤井に迷惑だろ」
「おっとそう来るか〜」
ジン君の呆れ声もため息も、全て連絡機に乗って伝わってくる。きっとジン君は眉を顰めているだろう。そして面白そうに笑う片瀬君。
なるほど、このコンビ中々仲良くなれそうだ。
「あれ、今任務前なの?」
ところで先程、片瀬くんが任務前と言っていたけれどもしかして長く話し込んじゃったかな。これは揶揄われて当然かも……。
「ああ。調査のために目的地へ向かっている途中だ。実は三日前から警務部の中元隊や三島隊が、警ら中に」
──プツッ
ん?あれ?
「もしもーし!ジン君?」
どうしちゃったんだろう?通話切れてる……。電波が悪いのかな?
あれ?でも確か、連絡機は都の外にいてもストレスのない通信が可能、って入隊前パンフレットに書いてあったのに。
「もしもし?」
ダメだ、やっぱり繋がってない。うーん、支給された連絡機がもう故障しちゃったのかも。これはキョウジ隊長に報告しないと……。
私は茶の間にいるキョウジ隊長を、ガラス入りドアから覗き込んだ。
対象、現在緑茶を啜っております。リラックス中に新品の連絡機故障の旨、大変伝えづらいであります。
私は意を決してキョウジ隊長の元へ向かう。まさか物持ちがいいと自負していた私が壊してしまうなんて、と悲しみに眉が下がる。
「なんだ、どうしたチカ。お腹でも痛いのか?」
父親の様に気を遣ってくれるキョウジ隊長に、申し訳ないと思いながら連絡機を前に出す。
「壊しちゃいました。ごめんなさい」
「え」
「ジン君と通話してたら途中でプツッて音が鳴りまして、通話ができなくなってしまいました。申し訳ございません」
「待て待て、それ本当に壊れたのか?」
ハの字眉の私とは変わって、片方だけ上げたキョウジ隊長が自分の連絡機を取り出す。ジジジと鳴らせると、私の連絡機もジジジと鳴り返す。
「え?直ってる!」
「ハハ、それ壊れてないぞ。良かったな」
「良かったです!本当に!壊しちゃったかと思ってヒヤヒヤしました!」
ん?でもなんで連絡が途切れたんだろう?ジン君の連絡機の故障?
「それよりも今、白峯と通話してたと言ったか?」
「え、はい。そうです……どうしたんですか?」
キョウジ隊長が何か考え込んでいる。うーん、と言いながら剃りたての顎を撫でて。
「うーん……一応伝えておくが、警務部で行方不明問題が起こっていてな」
……え!
「え〜!なにそれ職務放棄〜?やっぱり警務部ってブラックなんだ!」
「モモ、滅多なことを言わないのですよ」
「でもあたしら特務部もブラックだしな」
「ゴホン……あいつらの事はさておき、警ら予定の隊に連絡が取れなくなった、と支局長から聞いたな。確か……ああ、そうだ中元隊と三島隊だったかな」
!?
それ、さっきジン君が言ってた名前じゃない?
「ジン君、その人達の調査に向かう途中だと言ってました!でも、その途中で通話が途切れちゃって!」
「やはり……チカはその瞬間、連絡機越しに居合わせたんだな?」
私は頭がもげそうなほどブンブンと縦に振る。緊張が身体に走って焦ってしまう。
ど、どうしよう!行方不明ってあんないきなり……!
「おい落ち着けチカ、えっと、こういう時は一一〇番か?」
「いや、うちらがその一一〇番だよ!」
「じゃあどうすんだよ、てかなんだよ行方不明になるって。あいつら強ぇんだろ?誘拐じゃ……ねぇよな?」
まさか……誘拐!?でも、成人済み男性一人に十七歳男性二人を誘拐って……あるのかな?は、犯罪に巻き込まれてたりして!!
「おいお前ら落ち着け、俺からも和泉に連絡する。繋がれば何もないんだ……──で、出ない」
緊迫感の増す空気に、私達は粟立つのを覚えた。
これ、やっぱり行方不明!?誘拐!?犯罪!!犯罪を取り締まる側が!?
「皆さん落ち着いて……これは私たちが騒いでも仕方がないです。取り敢えずは支局長に連絡を!」
ツキコの声もいつもより荒立っている。当然だ、ツキコにとってのジン君は初等部からの幼馴染、片瀬君に至っては会話のできる数少ない友人なのだ。
私は無事でいてほしい、と願いながらキョウジ隊長が連絡する姿を眺める。
警務部三隊の行方不明、それは新しい事件の幕開けを私たちに知らせた。




