1
「もし、ここは夢売りのお店でお間違えないですか」
濡羽色のテントに七三分けの女が入った。少し緊張した面持ちで、広い額を汗で湿らせている。一歩、また一歩と小股で歩く姿は、上品で教養が身についていることが分かった。
「ああ、そうであるが。如何した」
テントの中は一本の蝋燭で照らされている。灯が心許ない、テントの奥……影の中から別の女の声がした。彼女は何枚かの紙をペラペラ、と指で滑らせている。
「夢を、……夢を買いたいんです」
「ほう」
話を聞いてやる、言外にそう言われたと思った七三分けの女は身の上を話し始めた。影の中にいる女はたまに相槌を打ち、共感してやると手元で遊んでいた紙を一枚取り出した。
二人の女は蝋燭を挟んで対面している。影の中にいる女が、取り出した一枚の紙を蝋燭の向こう側に置いた。
「こ……これは?」
「其方の望む夢である」
「では、これが……!!」
七三分けの女は手に入れたのだ。それこそが夢、夢売りの夢。
では、対価は何であろうか?
「お、お金あります。私は真面目に働いてきました!ただあなたの望む額に足りるか、どうか……」
七三分けの女は肩掛けのバッグの紐を握りしめ、その中を見る。
彼女の全財産がそこに入っていた。コツコツと貯め、老後の資金に充てようとしていたのもの。
「ふむ、大変素晴らしい心がけだ……しかしこの夢売りの対価は、金なんぞではない」
影の中にいる女は冷たく切り捨てると、自らの背後にある何かを七三分けの女に見せた。
「我が望むは──だ。この紙に願いをしてみろ、──が対価である」
七三分けの女は“その何か”に目を奪われた。あまりに巨大な──に。それと同時に恐怖した。始めから冷やかし目的ではなかったが、恐ろしい場所に来てしまったとやっと理解したのだ。
「……私は対価を、払います」
「そうであるか……ならばゆめゆめ忘れることなかれ。叶うは一つであるぞ」
叶うは一つ。影の中にいる女は、その冷たい声で忠告した。それを聞いた七三分けの女は、生唾を飲み込むと頷き返す。
ペラ、と自分に向けられた薄い紙を持つ。その紙には綺麗な模様が描かれていた。一見すると唯の紙だが、この紙一枚でどんな願いも叶えられるという。
ここは夢売りの店。当たり前のように商いをしているが、それが違法だと二人とも分かっている。それでも抗えぬ欲、それが夢だ。
影の中にいる女は、ゆっくりと口角を上げる。今日も夢が売れた、と。
「これで、もう一度……!」
そして、七三分けの女は恍惚の表情でテントを後にする。一つの夢を叶える為に、彼女は屋敷へと帰っていった。




