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「え?……化物、てさ。肩章に藤、付けてないよね」
「……」
固まるモモの顔に、言葉も出ないツキコ。そうなるのは当然だ……だから私が味方になってあげなきゃって、この嘘を守らなきゃいけなかったのに。何もかも思い描くような物語にならない。所詮は私がやろうとした事は空事で、都合よく進んではくれない。
私が何をするまでもなく、彼女は言った……言ってしまった。
「化物を誘き出す目的でアカネはあたしと出会ったんだ。全てただ一人の欲望の為に」
「……それは、どなたなんですか?」
恐る恐るツキコがリンネに問いかける。“全員が関わる事だ”、そうキョウジ隊長は言っていた。つまり人間関係が希薄なツキコは、それが自家の……黒坂に関係あるものだと踏んだのだ。ということは、モモも。
「ソイツの名前は──久世マコト、久世グループの代表……アイツは狂ってる!化物を、あたし達を、里の皆んなを誘拐して……痛ぶって……あたし以外を全員殺した……!」
「っ!」
こ、殺した?どういうこと!?理解が追いつかない。リンネはアカネという女に誘き出されて、久世マコトに痛ぶられ……それで、仲間を殺された?
そもそも久世マコトと言えば、一代で富を築き複数の事業に着手、好調な経営で名を馳せる敏腕経営者。慈善活動にも積極的で、この特務部にも資金援助をする清廉な人物、そろそろ政界にも進出するとか言われているはずなのに。
そんな人物が本当に?
「それほんと?」
モモはいつものふざけた態度を見せず、間延びした喋り方もしない。黒坂に関係ある事だ、真面目になるのだろう。
「黒坂家は、久世様がまだ名もない工務店だった頃から付き合いがあるの。今もその関係は良好で、家の催事にはいつも招待するほどにね。だから正直信じられない……リンネちゃんが化物かもしれないって、確かに手合わせした時に思ってたけれど。でも、だからって久世様が……」
「そりゃあ、いきなり聞いたんだから信じられないよな……でもお前らだって聞いたことあるはずだ!藤都を出て、人狼達が住処とするあの森の向こう側……山を何座も超えて、隠れるように建てられた研究所のことを!」
研究所、この山を飲み込んだ森にある研究所……ってまさか久世製薬炎上事故?
あまりニュースにならなかったけれど、何故国境近くに研究所を建てたのか、何によって炎上したのか不明なままな流されて行ったニュースだ。
幼いながらにあれは化物が引き起こしたと思っていたけれど、それがリンネの話に関わっているの?
「久世製薬の炎上事故。あの事故は、特務部に発覚される前に久世が全てを焼き尽くすことで証拠隠滅を図った事件だ。俺はその調査隊にいた」
「では……本当なんですね。久世様が関わっている事は」
「ああ。あたし達、里の皆んなはその研究所で監禁されて実験体になっていた。衰弱してっ死んだ友達もいた、あたしより幼い子供も!……それが化物の生体実験がバレそうになったからって!……実験から殺しに変わったんだ。みんな死んだ!あたしは……あたし、母さんを置いて走って、走って!……クソッ!!」
リンネの瞳から涙があふれる。声は絞り出すように苦しそうで、聞いていられない。震える肩を抱いてあげたいのに、私の身体は縫い付けられたように動かない。余りにも悲しく、衝撃的だ。
リンネが隠していた秘密が、まさかこんなにも凄惨な過去とは思わなかった。彼女以外が全員死んだって……だからリンネは、誰と血の繋がっていない朝霧に?
「走って、国境を越えて隣国の錦国まで逃げた。研究所から国境は近くても、山を越える足には雪が刺さるみたいに痛くて、あの時はもう助けての声も掠れて出なくて……雪道で倒れたところを、人間の爺ちゃんに助けられた。あたしはそこで半年間面倒見てもらって……その後におっさんと出会った」
「あの時は特務部で調査の任務が出てな、燃えた研究所に化物が襲撃したと言われていた。しかし調査してすぐ、普通じゃないと分かった、焼けて煤が付着した柱に弾が埋まっていたんだ。──製薬会社の研究所に弾丸、そりゃあ可笑しいと思うだろ。……だがすぐに任務の取り消しが伝達された、俺達調査隊が弾丸を定期報告書に同封してからすぐにな!」
私は驚きのあまり目が見開く。何故ならそれは、特務部にも久世の息の根がかかっていると示すからだ。
じゃあ特務部に圧力がかかっているって事!?でもそんなの久世の悪事を握りつぶせる、役職持ちしかできない……!
「俺は怪しんだが、支局長が慎重に動けと命令してきた……だが俺には殺しがあの研究所で起きているとしか思えなかった。だからその一件を知る者がいないか単独で探し回った」
役職持ちは朝霧支局長もだ。でもキョウジ隊長の話を聞く限り、多分握りつぶしたのはもっと上の人物。慎重に動け、それは朝霧支局長にも強く出られない程の役職なのかも。
だがそうなると、私には一人しか思いつかない。
「リンネと出会ったのは、錦国の村で新しい住民はいないかと聞いていた時だった。生き延びた証人がいればここに流れ着くと考えてな……そしてその村はには人間しかいないはずだが、青い髪の女の子が爺さんと婆さんと手を繋いで歩いていた。俺にはとても孫と祖父母の関係には見えなかった。あんな田舎で髪の色が違うなんて、染髪ではないと」
「あ、じゃあリンネちゃんのその髪は地毛なんだ。いやそうか、化物だから……」
「こいつを見た時は、研究所唯一の生存者だと思った。何故ならリンネは、村の人間じゃない俺を見て酷く怯えていたんだ。俺はそれを見て、研究所の殺しは化物に向けてのものだと分かった。……それでリンネと話をして、そこにアカネも関わっている事を聞き、久世という人間が引き起こした事を話したんだ」
きっと地獄のような擦り合わせだったのだろう。キョウジ隊長を見て怯えているリンネは想像できない。だがそんな中でキョウジ隊長が根気強く、話しかけたのは想像に難くない。
なんて数奇な巡り合わせだろうか。キョウジ隊長が兄弟のように親しかったアカネという女、その女がリンネと出会って里の皆んなを誘拐する為に誘き出した。その後研究所で監禁、実験体に。だが証拠隠滅の為にリンネ以外の全員が殺される。リンネは逃げた先でキョウジ隊長に出会って、そして十年後にツキコやモモ、私達と隊を組んでいる。久世に関わりのある黒坂家の二人、久世と組んでいるアカネという女が持ってきた強化剤、それは私の父を殺した薬。
醜悪な因果だ。
「おっさんは……あたしに戸籍をくれた。あの時の生き残りが生きていると知られたら、また久世に目を付けられる。だから今の戸籍は人間……あたしが肩章に藤の花を縫い付けていないのは、自分を守るため。……でもッでも、いつか必ず」
リンネの橙の瞳、今まで太陽のようだと、陽だまりのようだと思っていたが違う!……これは憎しみの炎だ。
キラリと輝く瞳は、火花の散る炎のように燃えている。憎悪の瞳が虚空を見つめて。
「──あたしはあいつを!」
復讐心が肌を伝ってピリピリと痺れる。これが殺気だろう。背筋にナイフを滑らされるように、体が震えた。
リンネ、
怖いよ……人間を殺してしまいそうな、その顔が……
久世マコト
ホテル業から医薬品業界まで、幅広く手をつけて実績を出した人物。児童養護施設に定期的な寄付をすることから、クリーンなイメージを持たれている。




