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アイスを食べ終わり、談笑をしながら待っていると支局長の部屋に呼び出しがかかった。
私は重厚な扉を前に緊張する。護衛任務は成功したものの、私が決行した囮作戦は向こう見ずだった。それを怒られるかもしれないと思うと、手に汗が滲む。
コンコンコン
「支局長、朝霧です」
「はーい、どうぞ」
キョウジ隊長が慣れた手つきで金のドアノブに手を回す。ギギギ、と立て付けの悪い音が鳴り、私は恐る恐る中に目を向けた。
まず目に付いたのは真っ赤な絨毯だった。その塵一つない綺麗な真紅の上には応接セット、その奥には支局長のデスクが鎮座する。右手側はファイルや本の敷き詰められている棚が、天井高くまで続いていた。
余計な装飾のないシンプルな部屋だ。
「はい、みなさんご苦労様。どうぞそこ座って」
支局長はデスクに深く腰掛け、私たちをソファに座るように誘導した。キョウジ隊長は、報告書を支局長のデスクに置くとソファに座る。私は彼が座るのを見てから、恐る恐る高そうなソファに腰を下ろした。
「朝霧隊。三体の人狼捕獲、収容所前で護送車の援護。うんうん、よく頑張ったよね〜……強化剤の作用について推測、『食欲の増進、ホルモン誘発による筋肥大、および痛覚の鈍麻』。いや〜素晴らしいよ。これが当たっているかはともかく、推測を立てて作戦実行する胆力……不確定な中で行動に移すことは勇気がいることだからね、本当によく頑張りましたね」
手元の報告書から目を離した支局長が、私を見て最後の一言を発した。
よく頑張りましたね、と言われるなんて思いもしなかった。作戦というにはお粗末な囮、そして結局一色隊に助けられた。あの後もずっと自己嫌悪に苛まれていたのだ。だからまさか褒められるなんて。
嬉しい……。ただただ嬉しい。
私はニヤける顔が抑えきれず口角が上がる。すると、それに気がついたキョウジ隊長が「良かったな」と言うように少し笑った。
「フフ、それではそんな朝霧隊にやってほしい任務があります。収容所の人狼と取引完了してアジトの居場所は分かったんだけれどね、あいつまた、何やらきな臭いこと言い始めたんだよね〜。第一北区の北部に廃港があるのは知ってるよね?」
嬉しい感情とは反対に、次の任務について話が始まる。私は笑みを抑えて、支局長の言葉を頭に思い浮かべた。
廃港……あの地域は元々栄えていたらしいが、第三北区や西区に設備の整った港が出来たことで利用の激減、廃港になった。
「数十年前から廃港になっている羽柴港ですよね。人狼はなにを?」
「そう、その羽柴港に強化剤があるってさ」
「は?」
「……強化剤はアジトに置いてなかったようでね。だからその羽柴港に行って、強化剤を探すのが次の任務」
え、強化剤はアジトにあるんじゃなかったの?私はてっきりそうだとばかり……じゃあアジトには人狼のみか。
支局長は足を組み替えると、私達に目を見据える。ゆったりとした動作は、やはりこの人が大物だと知らしめるように。
「人狼捕獲は別隊と偵察部隊に任せるから、君たちには強化剤を見つけてほしいんだよね」
「もし、強化剤だけではなく人狼も見つけた場合は?」
「あぁ、強化剤の守人してるかもって?うーん、その時は交戦しなくていいよ。機動部隊をこっちで派遣するから」
人狼と交戦なしの任務。
私は気が楽だけれど……なんだろう、少し嫌な予感がする。この間も感じた予感ではなく、何か全てが変わるような胸騒ぎ。
「はい、分かりました」
私の心情とは裏腹に、キョウジ隊長は任務を受ける。安全な任務なら、と思ったのだろう。
「よーし、では羽柴港のコンテナを探してきて。人狼曰く、夕方のコンテナに“ある”らしいから」
「?、時間指定されているんですね」
「そうなんだよね〜、だからちょっと慎重に行ってきてね。あの人狼も、どこまで信用していいのか分からないからね」
念を押すような言い方に、キョウジ隊長はうなづく。
護衛対象だった人狼は、身の安全が確保されたら虚言を振り撒くかもしれない。元より人間を食べている種族だ。食べ物だと認識している人間をおちょくる可能性は、十分にある。
もしかしたら、私のイヤな予感もそれなのかな。だとしても注意して任務に当たらないと!
するとキョウジ隊長が了解、の意を伝えるために立ち上がった。つられて私たちも立ち上がって、朝霧隊は支局長の前に横一列に並ぶ。
うわ〜、上官の前に立つのってこんなに緊張するんだ……支局長の顔は優しそうなのに足が震える。膝、お願いだから今はカクカク言わないで!
「では強化剤の捜索、発見後は連絡機で伝えます」
「はい、待ってますね」
「……それでは失礼します」
横一列に並んだ私たちは、キョウジ隊長が礼をするのと同時に頭を下げた。若干、リンネの頭の下げ具合が緩い気もするけれど。朝霧支局長からすれば孫だ。だから許されるのだろう。
私たちは真紅の絨毯を踏みながら、支局長室を後にした。
「いや〜緊張しちゃった〜。てかリンネちゃんって頭下げられるんだね〜」
支局長室を出て伸びをするモモが、またもやリンネにちょっかいをかける。
「は?頭ぐらい下げられるっつの!」
「え、プライド高そうなのに〜?」
「っお前なぁ!」
きゃー、と言いながら局内で追いかけっこをする二人を眺めながら、私はキョウジ隊長に話しかける。
「あの、支局長はキョウジ隊長の父なんですよね?ということはリンネの祖父……ですよね?」
「ああ、それがどうした?」
「いや、その、すごく失礼とは思いますが似てないなーとか思ったりして……」
ずっと聞きたかった。キョウジ隊長が三十六歳、リンネが十七歳、支局長が四、五十代。ちょっと年齢の間隔が狭いのだ。ただ似てないし、そもそもリンネとキョウジ隊長は親子ですらないし……この家族はどういう関係なんだろうか。
私は気まずさから声が先細る。
「ハハハ、そうだな言ってなかったな。俺とリンネは血が繋がっていなし、俺と支局長も血が繋がっていないんだ。俺は二十二年前に支局長の養子になって朝霧姓を貰った。そして十年前にリンネを養子に貰って朝霧姓を付けたんだ。だから全員血は繋がってない」
意外と複雑じゃないだろ?、とキョウジ隊長は付け加えるけれど、いや結構複雑です。
支局長がキョウジ隊長を養子にして、そのキョウジ隊長が今度はリンネを養子にしたということか……だから全員似てないんだ。
化物により親を亡くした孤児救済措置、養子制度。養子が養子をとるなんて初めて聞いたが、親と子になるための条件は確かに緩い。
「リンネは支局長と仲良いんですか?」
「あの二人か……いやリンネがなぁ」
頬をポリポリかくキョウジ隊長は眉を下げる。これは仲良くなさそうだ。
「リンネは中々手強くてな。ケーキやおもちゃ、ゲームを買っても興味を持たなくて。支局長が根気強く話しかけ、顔を見せに行ってようやく話す仲なんだ」
「へぇ、リンネって誰にでも物怖じせずに話す子だと思ってました」
モモのように誰にでもフランクとは言えないけれど、自分のペースで話しかける姿はこれまで何度も見た。だからキョウジ隊長の言っていることがしっくりこない。何回かチャレンジしてやっと話すリンネか……うーん想像できない。
「……そうだな。苦手な年代と性別があるから、アイツは」
「おい!おっさん聞けよ!モモがあたしのこと、世間知らずとか言いやがってよぉ!」
何かをキョウジ隊長が言いかけたけれど、モモに虐められたリンネが間に入って聞こえなかった。
苦手な……何?
全然聞き取れなかったけれど、キョウジ隊長はリンネとモモの仲裁に入ろうと向かっている。どうやらここで話は終わりのようだ。
モモとリンネは支局の大きな柱を挟んで、鬼ごっこでもしているようだ。
「いやいや、世間知らずでしょ〜?シケツって何、てこの間言ってたじゃーん」
「もう覚えたっての!」
「大船も間違えてたしな〜」
「お前いつまでその話すんだよ!」
「え〜?ずっとかも〜!」
ああ、見事に揶揄っている。だがこれこそがうちの隊である。そしてこれこそがリンネだ。だからやはり先の“手強い”の意味が分からない。
「モモ、そんなに揶揄ってはダメですよ。ですがリンネには、国語辞典をあとで用意しましょう」
「余計なお世話だ!」
「ちょっと〜、ツキコちゃんがくれるって言うんだから貰いなよ!失礼でしょ!」
「お前らこそ失礼だろ!」
喧しいこの隊は、北区支局を出るまでずっと騒いでいた。このマイペースさが私達なのだと、一歩後ろを歩く私はそれを見ながら口に弧を描く。
この後の任務で、嫌な予感が当たってしまうのを知らずに──。




