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藤色の縦巻きロール、ふんわりと厚みのあるパニエ、そして大斧……!人形のような姿形の彼女は、私たちを飛び越えるように斧を横薙ぎにする。
ブゥン!
巨大な斧が風を切ると、低い音が空気を裂いた。横薙ぎの勢いのまま、地面に刃を突き刺す!
「グゥルルル!」
私達は人狼と大斧で隔たれた。走り疲れたリンネがその勢いのまま、地面に倒れ込む。上下する肩に、ゼェゼェという喉はもう限界だというみたいだ。
私は急いでリンネから降りて、彼女の上体を起こす。
ありがとうリンネ。あなたがいなかったら、きっともう死んでたよ。……こんなことに巻き込んでごめん。
私がリンネの背をさすっていると、あの高飛車な女の子が口を開いた。全く変わらない口調に、私はさっきまでの恐怖が薄れていくのを感じる。
「わたくしが来たからには、もう大丈夫ですわー!お〜ほっほ!」
「お嬢様、ナイスアシストです」
「当〜然よ!一色、もっと褒めなさい!」
本当にいつも通りだ。安心して逆に笑っちゃうくらい。
「全く、姫サン達が走ったと思ったら何君?人狼連れてきたンすか?」
「でもでも、これで僕が間違えて、捕獲器具しか持ってこなかったのもチャラ……だよね?」
「……犬丸は、家を出る前に装備を見直した方が良い」
続々と出てくる一色隊に胸を撫で下ろす。どうやらここは捕獲器具も余っているらしい。犬丸ユタカのリュックから、今日は捕獲器具がボロボロ落ちている。流石ドジっ子……君は救いのドジっ子だ。
「リヒト!麻酔薬はまだ残っているのよね、貴方も戦いなさい!」
「いやいやオーバーワーク……なんすか、一色隊長」
「いえ、ただお兄様のユズル様にそろそろ挨拶しに行こうか悩んでおりました。リヒトさんにはいつもお世話になっていると……」
「それパワハラすよ……はぁ、だる」
彼らのまとまりのなさは、私たちと張れるくらいにマイペース。一色隊長と榊リヒトが話している間は、ずっとユリと㷔硝岩コタロウが人狼と相手をしている。
彼女らは重量の武器を扱う、完全な前衛アタッカーである。そして㷔硝岩コタロウの使う武器は、ユリと同じく変形武器の大槍。それは彼の背丈よりも大きいが、変形すると大楯になり今度は横に広くなる。
扱いが困難な上、相当重いので利用者は数少ない。
「まったく、……そのままっすよー」
そう怠そうに構える、榊リヒトが使用する銃はライフル型である。キョウジ隊長やモモ、和泉隊長や片瀬君のようにハンドガンではない。特務部では唯一、麻酔薬を装填することができる銃だ。あくまで麻酔銃であるため実弾は撃てない、完全に後衛の武器である。
これにも壬生重工の技術が使われており、スコープを覗くと照準が自動追尾をしてくれる。もちろんある程度の技量が必要になるが、この扱いやすさが売りなのだ。
ポシュッポシュッ
彼が引き金を引くと掠れるような音が鳴った。それは大槍と大斧で戦う二人をすり抜け、見事に人狼に当たる。よく見ると太い注射針が人狼の腕や胸に突き刺さっていた。なんの躊躇いもない射撃……。
「じゃあ後は姫サン達が相手してれば終わるっすよね。もう疲れたんで、見学ってことで」
正確に二発を人狼に当てた彼は、地面に座り込んで頬杖をついている。もう仕事は終わったと言わんばかりに。
私は舐めた態度で終始行動する彼を、少し羨ましく感じた。
一色隊は人狼を相手にしても余裕なんだ。犬丸ユタカが装備品を捕獲器具のみにしてしまっても、前衛が止めを刺さなくても、後衛である彼が麻酔を打ち込めば、その内薬が効いてきて制圧態勢をとらずに捕獲できる。
やっぱり非戦闘員が一人いるだけで、こんなにも差がある。私も彼みたいに銃が撃てたら良かったのに……それなのに私には才能がなかった。
自らの手を見て士官学校を思い出す。あの時の私は今よりもひ弱で、銃を構えるたびに震えていた。引き金を引けば正面の的から外れて、隣の的に当たっていたのだ。
「ここまで戦えない生徒は初めてです」「本当に戦闘能力も才能ないね」……そうだよ、私は非戦闘員。皆んなが軽々持てるものも持てない。振り翳すこともできない。銃を渡されても的に当たらない。
「……」
羨ましい。怠いだなんだと言いながら、隊に貢献できるなんて。……私も本当は戦えるようになりたい。
戦えないコンプレックスを補うように武器について学んだ。それでも劣等感は拭えない。
私にもできることがあるはず、と思って実行した囮作戦は、もう少しで仲間も死ぬところだった。
前を向こうと考えて、進んでも……上手くいかない。成長が形になるのを拒むように、私には何もなかった。無力で無鉄砲だ。
「……赤井さん。僕の隊は結構スパルタです」
「え……?」
いつの間にか私の隣に立つ一色隊長が何やら話しかけてきた。私の方を向かず、目の前のユリ達を見守るように目線は真っ直ぐに。
「キョウジ君はキョウジ君なりの育て方をしたいのですよ。君は何も焦る必要ありません。それに……もし一年経っても成長に満足できなければ、それは隊長の責任。貴女は伸び伸びと学んでいけば良い。まだ子供なんですから」
驚いた。
一色隊長は私の方を向いて話しかけてはいないけれど、私の心に向き合って言葉を紡いでくれたのだ。
割り切れない気持ちは、今は見なくていいと言われた気がした。
「え、チカは一色サンのとこに入りてぇの?やめとけこの人怖いから」
「僕は怖くないでしょう」
「こえーよ、ロンリがなんだとかセーゴーセー?とか意味わかんねぇ事ばっか!」
「……なぜキョウジ君はリンネさんに国語辞典を与えないのか」
私は気がつくとフフ、と笑みが溢れていた。
コンプレックスはきっとこのままだけれど、焦らずにもう少しやってみよう。いつか形になる日が来るかもしれない、彼女達を見ているとなんだかそんな気になる。
「二体の捕獲完了でーす!」
「皆さんお疲れ様でした。よく頑張りましたね」
犬丸ユタカの足元に捕獲された人狼達が転がっている。笑顔でブンブン手を振る彼とはアンバランスに、捕獲器具の金属がギラリと光った。
やっと、やっと護衛任務が終わったのだ。




