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私たちが少し休憩をしていると、大通りの向こうから一台の護送車が走ってきた。
「……一台?」
護送車は三台あったはずで、ジン君達警務部がそれぞれ乗っていたはずじゃ……
「グルルルル!」
「グアァァ!」
しかもその護送車に、二体の人狼がへばり付いている!爪を車体に引っかけて、離れないようにしているのだ。
「このままでは収容所には入れられないですよ。拘束されていないと大手門を開けてくれません」
「でももう捕獲器具無いよ……応援部隊が来るまで、私たちが食い止めないといけなかったのに二体って!」
でも……リンネの腕は怪我してるし、モモのハンドガンには弾が少ないし、ツキコだって消耗しすぎで魔術が使えない。
「もしかしてだけど〜これやばい?」
モモが同意をとるように目を見てくる。頷くしかない。
「うん、やばいかも……」
緊張しているのか口角が上がってくる。喉も渇いてきた。
少しずつ近づく護送車に、胸が警報を鳴らした。ドクンドクン、耳に響いて五月蝿い。
私は戦えない、他三人も万全の状態じゃ無い……捕獲器具も無いなんてどうすれば!
するとキョウジ隊長が階下から声を掛けてきた。
「お前達は上にいろ!」
彼が相手をしていた人狼はもう腕も潰されている。頭を振り翳して、どうにかしてキョウジ隊長の足下に噛みつこうと動く。それをキョウジ隊長が頭にひと蹴り入れてから、護送車の人狼に発砲する。
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
弾丸は人狼に当たる前に車体に当たってしまう。入射角が浅い角度なのだ、少しの車体の揺れで弾道は外れてしまう。
するとジジジ、と連絡機から音がする。
「待ってください、待ってください!朝霧先輩!僕ら乗ってますから弾なんか撃ったら僕死んじゃいますよ!いや僕だけなら良いけれど、白峯総監のご子息も乗っているんですよぉ!あれ?もしかしてこれって僕も撃たれてジン君も撃たれたらどうなるんですかね?これも僕の責任ですか!隊長の監督責任になるんですか!?僕だって朝霧先輩に撃たれたのに!」
何かがギャーギャーと喚いてきた。これは和泉隊長の声……?
「てことは、あれに乗ってるのはジン君達!?」
どう考えてもそうだ、白峯の名字も聞こえたしジン君って言っていたし!
「和泉落ち着け、運転席には撃ってないだろう」
「運転席から見ると僕を狙ってるように見えるんですよ!今のでサイドミラー粉々ですし!」
「車に人狼がくっ付いているのは分かっているんだな?……俺のハンドガンも残り少ない。お前のは弾あるのか?」
「はい持ってます!ハンドル握ってるだけなので全く使ってません!僕片手運転なんかできませんし!どうしましょう、どうしましょう!このままじゃ収容所入れませんよ〜!」
「ハンドル変われないのか?同乗している片瀬と白峯は免許……まだだよな。まだ十七かそこらだもんな……」
「うーん」と唸るキョウジ隊長にワーワー騒ぐ和泉隊長。時間はただ過ぎるだけで、どんどん収容所への距離が近くなっていく。
収容所はお堀に囲まれている。お堀には橋が架けられており大手門に続く。そこを通り迷路のようにくねらせた塀を進むと収容所の正門が待ち構えるのだ。収容所はその奥にある。
収容所職員以外が大手門を通るには、事前に許可を取らなければならない。そしてお堀のすぐそばに建ててある多聞櫓には監視がついて望遠で確認をする。
今回の場合で言うと、特務部と警務部の任務があると周知がされている。だから確認次第、護送車を大手門に通すため開門してくれる。
……のだが、人狼が引っ付いていたら大手門が開門されない!当然だ。捕獲対象の化物は捕獲器具のついている場合により通す、これが規則なのだから。
「……もう護衛対象を入れれば終わるのに」
どうすればいい、考えろ、考えろ!
みんなの体力、捕獲器具、装備……全部絶望的だ。
私なんか戦えないのに……
……いや、違う。私にできることあるじゃないか。
ガタッ!
衝撃吸収チョッキの紐を勢いよく引っ張り、私は覚悟を決めて屋根から飛び降りる。すると薄かったチョッキが膨張し始めた。
どんどん膨らんで、床に落ちる時にはスーパーボールが地面に当たるようにポヨン!と飛び跳ねた。さながら人間ボールである。
後は自分でチョッキの襟口にあるボタンを押すだけで、萎んでいく。
「チカ!上にいろと言っただろ!」
「キョウジ隊長……すみません!でも、私にできることがあるかもって」
「……できること?」
私ができることはこれくらいしかない。でもそれって今できる最善手かもしれない。
「囮です。私、人狼に狙われやすいみたいで……多分近づけたら私を追うはずです。今の人狼は強化剤の影響なのか、理性よりも本能を優先しています。つまり食欲です。だから、私が近づけば……美味そうな食べ物が近づけば、追うはずです!」
「……それは危ないだろ」
「でも護送車には運転手が必要で、対象の監視兼護衛も必要ならもう私たちしかいないですよ。それに時間もないです!」
迫る護送車はもう目と鼻の先だ。
少し考えたキョウジ隊長は顔を歪ませると、大声を出した。
「クソ!……リンネ!!」
「おいおっさん、あたしに向かってクソとはなんだ!」
「お前にじゃない!いいから降りてこい!」
な、何をする気なの隊長……
するとリンネが屋根から軽く飛び降りてきた。足に装備しているブーツは武器の一種であるが、高所からの飛び降りには対応してないはずで、足を痛めると思うのだけれど。
やっぱり装備よりも、身体能力で戦っているのか全く痛がっていない……
「リンネ、チカを背負って護送車が近づいたら人狼を引きつけろ。チカを囮にする」
「は?何言ってんだよ」
「リンネの足なら人狼くらい逃げられるだろ。チカを背負って逃げろ」
「え、でもリンネの腕は怪我が……」
何を言い始めたのだろうか。処置をしたのは私だ、血が流れている腕も見た。そんな腕で背負うなんて……
「大丈夫だ。こいつは」
「まあもう痛くねぇけど……分かったよ」
……やっぱりそうなんだ。やけに冷静に提示したと思ったら、キョウジ隊長は分かっているんだ。
そんな怪しむ私に気がついたリンネが焦って言い訳をしてきた。
「えっと……チ、チカの手当てが早かったからじゃねぇか?」
私に誤魔化しの声掛けをしているリンネ、少し目線を逸らしたキョウジ隊長……これは一色隊長が心配するのも分かる。
この人たち嘘が下手くそだ。しょうがない、この嘘に乗ろう。
「じゃあリンネ、お願い」
「お、おう」
私がリンネの首に手を回すと、恐らく本当に痛くないのであろう腕が私の足を持ち上げる。
おんぶなんて、初等部以来でなんだか恥ずかしい。
「しっかり捕まっていろよ」
「うん!」
ぎゅ、とのし掛かっても全くぶれない身体はやっぱり頼もしかった。
「いや〜私も筋肉あればね、やれたんだけれどね〜。これはリンネちゃんにしかできないかも……」
「私達は邪魔にならないように上におりますから、頑張って!」
二人の言葉により一層決意が固まる。
囮として動く、追いつかれるかは分からない。でも一番大事なのは護衛対象から遠ざけること。そして護衛対象を収容所に入れること。
少し震える指先がリンネの首に触れてしまう。人狼から見た私は“食べ物”だ、背中を晒すのは危険が伴う。
自分で言っておいて、やっぱり怖い。
「……チカは弱いからな、あたしが守るよ」
私は彼女の声へ応えるように、もう一度腕を絡ませた。




