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「結局今日は、一度も避けられませんでしたね」
「ハァハァ……ハァハァ」
一色隊長の動きを注視したものの、出す手全てに当たってしまう。出鱈目に動き回っても気がつけばすぐそばまで移動して来る。アドバイス通りに動きの癖や得意技を観察して、今わかっている事は全て裏ビンタで当てられているという事。
けれどもこんなものは癖でも得意技でもない。私がそれほど弱いからその手ばかり使っているのだ。まるで彼自身が戦闘で縛りを決めているかのように。
「お前達、もう日が暮れた。明日のために今日の鍛錬は終了だ」
当たり前だが隊長との力量の差に気落ちしていると、キョウジ隊長が駆け寄って来る。背後には屍のように倒れ込んでいる皆んなが見えた。明らかに汗のかき方が私とは違う。一度風呂でも浴びたかのように濡れている。
あんなにも汗をかくほど、鍛錬のレベルは私とは違うんだ……。私はまだこんな初歩で足踏みをしている。
みんなにとっての準備運動だった二キロのランニングも、私はそれだけで疲れ切ってしまっていたというのに。私は何をしているんだろう……。
「……」
キョウジ隊長の声かけも答えず下を向く。皆んなを見ていると段々自分が駄目なやつに思えてきて悲しくなる。これじゃ一色隊長との賭けも絶望的だ。期限は明日、できもしない賭けに乗ってしまったのか。
「おい一色、お前何した」
「疑わないでくださいよ、鍛錬です。キョウジ君が言ったんじゃありませんか」
「本当にそれだけか?」
「ええ、それだけですよ」
不意に一色隊長がこちらへ微笑む。賭けの話は秘密だと言わんばかりに、薄い唇が弧を描いた。
「チカ、今日は疲れたろう?支局内でシャワー浴びたら、夕飯は全員で外に食いに行こう」
「へぇいいですね、僕鍋食べたいです」
「鍋じゃない。和泉がぶどう亭予約してくれたからな」
隊長達の会話も心ここに在らずで、ぼんやりと聞いている。痛む頬を摩りながら、私は支局内のシャワー室へと向かった。
「……一色、チカに何言った?」
「まさか僕が何か言うとでも?僕とキョウジ君の関係は、連帯責任ですよ。フフ、安心してください。……何も言ってませんから」
だから私が去った訓練場で二人がしていた会話を、私は知る由もなかった。
汗も嫌な気持ちも全てを流してシャワー室から出ると、モモを待つツキコがそこにいた。ツキコは支局内のアイスを買おうかと迷っているようだ。
「アイス買うの?ご飯前だけれど私も買おうかな?」
「チカ……」
彼女の指は自販機のボタンの前で浮いている。アイスのフレーバーはバニラ味だ。でもさっきから押しそうで押さない状態から動かない。
「チカは、……喧嘩した時に仲直りはどうしてますか?アイスは仲直りに良いと片瀬君から聞いたのですが、本当ですか?」
「え?喧嘩?」
どうしたんだろう、ツキコの顔がやけに真面目だ。いやいつもツキコは真面目な顔をしているけれども。
「モモはよく“従者だから”と私に距離を置くような言葉を言うのです。以前それで喧嘩をしてしまって、それから暫くはモモから聞かなかったのですが、また今日も言われてしまって……。私は、主人と従者ではなく家族や姉妹、と、友達……だと思っているので、モモの言葉が悲しくて……」
ツキコの眉が垂れ下がっている。きっとモモの言葉が何度も反芻したのだろう。私にも経験があるから分かる。聞きたくない言葉は何度も心で呟いてしまうのだ。それが自分の意思でなくとも。
私はツキコを安心させようと笑顔を作る。頬が痛むが気にしない。
「片瀬君も良いこと言うね。アイスはね、食べる前に相手へ言いたいこと言うんだよ。ほら、溶け出すまでの時間が限られてるでしょ?だから言いたいことを正直に言うしかなくなるんだよ。言葉を尽くしても、本心が伝わらないと仲直りってできない。アイスが溶けちゃう前に、ありのままの気持ちを伝えるの。」
「ありのままの気持ちを……」
ツキコは確かめるように言葉を復唱した。今度は聞きたくない言葉を繰り返すのではなく、自分がするべきことをだ。
「あれ、早いね〜二人とも」
「チカ聞いてくれよ、モモが…… 」
二人がシャワー室から出てきた。ツキコは隣で自販機のボタンを押したようだ。もう迷いなく二つ分買っている。バニラ味と桃味がガタンという音と共に落ちてきた。
「モモ、話したいことがあるの……アイス、食べる前に」
バニラ味をモモに差し出したツキコが真っ直ぐな言葉で誘う。私は邪魔になってはいけない、とリンネの手を引いてその場から離れた。
頑張れ、ツキコ。
「あたしもアイス食べたかったんだけど」
むくれる顔のリンネがボソリと呟いた。
「え、ごめん!……じゃあ今度食べよう?」
その時は私もツキコみたいに誘えるかな。正直な気持ちを言葉にして、聞きたい言葉をリンネから聞けるのかな。
自分ではできないことをツキコに託した私は、卑怯者なのかもしれないと心のどこかで考えながら私は引いた手を握ってロビーに向かう。
リンネは私の手を振り解かないんだな。今日も引かれた手は抵抗の気も感じない。まるで親鳥について来る雛のようで、なんだか可愛らしいと私は静かに思った。
鍛錬終わりで口数少ない皆んなとロビーで待つと、うっすら目を赤くしたツキコとその半歩後ろを歩くモモが見えた。どうやら言いたい事は言えたらしい。ロビーで待っていた私たちは何も言わずに支局から出る。片瀬君をチラっと見ればツキコとモモを気にかけるように見ている。
そうか、彼が誰に似ているか分かった。モモだ。軽薄な言葉の裏に誰かを気にかける本心が隠されている。モモに似ている人がモモを助けるとは、なんとほっこりする皮肉だろう。
「おっさん何食う?」
「ん?ミックスグリルだな」
「ふーん……」
「分かった人参のグラッセだろう。お前は昔からあれが苦手だなぁ」
どうやら正直な言葉を口にしなくとも伝わることはあるみたいだ。私はくすりと笑いぶどう亭へと歩いた。




