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「赤井さんは非戦闘員、装備は簡易救急キットと化物制圧時に使用する捕獲器具。これらは合わせて約二キログラムです。最初は装備無しで始めましょうか?」
「結構です!人狼と戦う際はこれが私の装備ですから」
「フフ、そうですか」
完全に舐められている。
私だって一応、士官学校卒業実技試験は突破したんだ、お情けなんていらない!
一色隊長は手袋の手首部分をギュと引っ張り戦闘態勢に入る。優雅な所作で足を肩幅程に開いた。私との距離は三メートルちょっと。もう少し距離を取りたくてジリ、と左足を後ろに運んだその時だった。私が動くのを待っていたというように、右手を伸ばして飛びかかってくる。
真っ直ぐに動いた、と私は後ろに動かしていた左足を更に後ろに下げて、半身になって避けようとする。だがそれを読んでいた一色隊長は右手を振り上げるのではなく手を払うように動かす。
「っ!」
ペチ
頬に一色隊長の右手甲が柔らかく当たった。私の歩幅よりも長い腕のリーチが、頬に当たった原因だ。
「動きが遅いです。歩幅も腰が引けて短い距離しか動けていない。もっと距離感を掴んでください」
そんな事は分かっている、でも実際に隊長を前にすると思う程の動きができないのだ。
一色隊長が動いたと思ったら、もうパーソナルスペースまで踏み込んでいる。まるで私と一色隊長ではフレームレートが違うみたいに。
「赤井さんは戦闘時に大切な事を知っていますか?」
「……相手の動きをよく見る、ですか?」
手の甲で当てられた頬を摩りながら答える。
「ええ、そうです。特に腰、どこに向かうかは腰を見ればある程度分かります。先ほどの赤井さんは左足を後ろに下げましたね。私が圧をかけに飛び掛かると更に下げた。これにより腰は半身の態勢へと変わると思い、僕は腕の間合いで勝負した。だから裏ビンタを食わされたんですよ」
腰の向き……。
「そして赤井さんに大切なのは相手の間合に入らない事です。相手が動いたら同じだけ動く。前に飛びかかられたら、同じ距離を後ろに飛ぶ。ですが成人男性の歩幅と貴女の歩幅では追いつかれてしまう。だからこそ予測のために相手の動きを見るのです。それらを踏まえてもう一度やりましょう」
的確な指示だ。私が全く戦えない事を理解して間合に入らない為にすべき事を教えてくれる。さっき単純にも苛ついて申し訳なく思った。
「はい!」
腰の動きを見る、歩幅を大きく取る!
頭では分かっているものの、やはり初速が遅れる。相手が一歩動いた時に私も一歩分距離を取らねばならないのに、なぜか近付かれる。
ペチ
「駄目」
ペチ
「駄目」
ペチ!
「駄目」
通しで一時間が過ぎた。私は優しく叩かれるのみだが、同じとこを叩かれたため頬にジンジンと痛みが出てきた。
「ハァ、ハァ……全然避けられない」
「赤井さんは本当に戦闘のセンスがありませんね」
「うっそれは、士官学校に通っていた時にも言われました」
疲労が溜まって地面に大の字で倒れ込む。痛む頬を冷たい地面に当てると心地良い。ダラっと広げた足が地面に吸い込むくらい重くなったきた。
戦闘は気を張り詰めなければならない。緊張続きで神経まで疲れる。
ふと皆んなの方へ向くと模擬戦をしているようだ。キョウジ隊長が教えている前衛タイプではモモとユリが刃を交えている。
小刀を持つモモがユリの懐に入ると、柄で鳩尾に一撃入れようと動く。それをユリは小刀を持つ右肘に、左手の掌底で防御。ユリの利き手である右手は、身丈以上はある重厚な斧を持っている。
斧は壬生重工の特製品なのだろう、その特徴的な変形武器はユリの操作で瞬く間に盾へと変わる。
片手で盾を振り回し、モモを吹き飛ばすと追撃をする為に押し出そうと体重をかける。
地面を見ると白い円が描かれていた。どうやら二人はこの中で戦っているらしい。
「あ〜、出ちゃったか〜」
線からはみ出たモモが落胆の声を上げた。
「お〜ほっほっほ!私の勝ちですわ〜!」
「え〜今一勝一敗、まだ引き分けだよ」
「フン、では次ですわ!次でどちらが相応しいかの決着をつけましょう!」
何やら彼女達は彼女達で勝負事をしているみたいだ。二人でバチバチと火花を散らし合っている。
モモは小刀を構え直し、ユリはまた盾から斧へと武器変形をする。
「やはりお嬢様は素晴らしい!……因みに赤井さんはあの戦闘を見てどうでしたか?何かヒントは得られましたか?」
「えっと、ユリの防御が的確だった?……ですかね。モモがユリの懐に入った時点で、左手が掌底の準備をしていたように見えました」
モモの仕掛けた小刀の柄を使った鳩尾への攻撃は、ユリの掌底によって崩されていた。
「そうですね、お嬢様は愛葉さんと幾度も模擬戦をしておりますから、次の一手が分かるのでしょう。勿論それは愛葉さんもですが。戦闘相手の戦い癖、得意技を学ぶという事は次の一手の防御や受け流しを先手で打てる可能性を高めるのです」
相手の癖や得意技を学ぶ……。一色隊長の癖は何だろうか、先程から私は初速がついていけない。そのせいで間合いを詰められて攻撃が当たってしまう。
「僕の癖、教えましょうか?」
私が眉間に皺を寄せ考えているのに気がついた一色隊長は甘言を弄する。
「いいえ!結構です。聞いたらさっきの取引を無効にされるかもしれないですし」
「フフ、頑固ですね。君たちは全く似たもの同士だ」
軽く笑われると私はまた一色隊長と鍛錬を続けた。何度も何度もペチンと叩かれ、日が暮れる頃には私の頬はちょっと腫れていた。




